表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
82/129

第12章 シレンティウムの一年 冬・北の戦い(その8)

 フレーディア城、王の間


「ようやく、ようやく帰ってきたぞ…!」


 ダンフォードは王の間の玉座をなでさすりながら感慨深げに言うと、ゆっくり肘掛けに手を置きながら腰掛けた。

 自然にわき起こる愉悦の笑みと衝動。

 寒気に似たその心地よい感覚に身を任せるダンフォード。


「……くくく、ようやくだ、ようやくフリードの王位が我が物に!!」


 目の前に広がる血だまりと、累々たる宮廷官達の死体は目に入らないのか、ダンフォードは黒い箱と血まみれの剣を手にしたまま両手を広げ天を仰いで叫ぶように言い放った。


「王は俺だっ!!!」


 その足下、玉座の直近に倒れ伏す若い宮廷官の目が涙で光る。

 胸元から脈打つようにどす黒い血が溢れ出している。


「……アキルシウス王が敬意を払って…一度も掛けたことの…ない、玉座に……申し訳ありません……」


 ダンフォードの着座を阻止出来なかった無念さを込め、絞り出すようにそう言い残して事切れる。

 力なく伸ばされていた手が、ぴちゃりと血だまりに、落ちた。

 それと同時に湧き起こる哄笑。


 ダンフォードの口から発せられた笑声は、誰も居ない王の間に何時までも響くのだった。




 ダンフォードは戦端が開かれる直前、予てからの計画通りフレーディアへと先行した。

 率いるのは1200名のフリード戦士と伯父であるグランドルから借りていた1300名のフリンク戦士。

 合計2500名の戦士を率いたダンフォードは、ハレミア人が見向きもしなかったポッシア族とセデニア族の軍馬を集め置き、バガンが臨戦態勢に入るとその隙を突いてエレール川を騎乗で渡り、フレーディアへとひた走ったのである。


 見立てでは、ハレミア人の蛮勇と数の力と帝国辺境護民官の軍力は拮抗しており、いずれが勝つにせよ、勝者も大きな痛手を負う事は確実で、その弱った勝者を自分が叩いて最終的な勝利を得れば良いと考えたのだ。

 



 ハルは、折角発展の基礎が整いつつあったフレーディアの閉鎖を命じなかった。

 それ故にベルガンは普段通りの体制で都市警備を行わせていたが、さすがに2500名もの戦士が近づいていることについては警戒を行う。

 その当時フレーディアには800名前後のフリード戦士が残っていて城下町を守っていたが、守備隊長はダンフォードらの進行方向から味方だと誤認した。

 そしてその堂々たる開門要求に応じてしまったのである。

 城下町へ雪崩れ込んだダンフォード率いるフリード戦士とフリンク戦士は、油断していた守備側の戦士を馬で踏み殺し、城門を守っていた守備隊長やその配下の戦士たちが応戦態勢を整える間もなく一気に殲滅した。

 そして驚く街の住民を撥ね飛ばしながらフレーディア城へ駆け込み、城と城下町を一瞬で乗っ取ってしまったのである。


 城に残っていた宮廷官や戦士達は激しく抵抗したが、多勢に無勢。


 立て籠もっていた王の間において先程全員が討たれてしまったのだ。

 普段剣を持つことのない文官的役割を持つ宮廷官までもが自分に抵抗したことにダンフォードは激しく怒り、その後情け容赦ない殺戮を命じた。

 王の間に居残ったダンフォードを余所に、配下の兵士達はフレーディア城の宮廷官や戦士達、果ては配膳係や掃除係に至るまでを探し出し、片っ端から首を刎ねる。


「たった1年で帝国の辺境護民官ごときに懐きやがって!貴様らはフリードの恥だ!」


 また、ダンフォードは半分の戦士達を街に派遣し、帝国の治政に協力的だった者達を摘発し、あるいは帝国から来ていた技師や官吏達を相次いで逮捕させ、またシレンティウムへ計略を仕掛けるべく西方郵便協会の支所を制圧させた。



 西方郵便協会、フレーディア支局


「……シレンティウムへ戦勝報告と祝賀祭の知らせを送れ?」

「そうだ、たっぷり食い物と酒と女を寄越し、主立った者は皆出席するように言え!」

「………」


 西方郵便協会のフレーディア支局長は、剣を片手にそう脅しつけるフリンク族の戦士長の蛮族的な要求に呆れた視線を向ける。


「お断りだな。我が西方郵便協会は、通信の信頼性を損なうその様な謀略や奸計に協力出来ないことになっている。宣戦布告や降伏勧告ならいざ知らず、その様な信に悖る文書の発送は出来ない」


「なにっ!?貴様この剣が怖くないのかっ!」

「やりたければやるが良い!西方郵便協会はその様な脅しには屈しない!!」


 剣を突きつけすごんだ戦士に支局長が眦をつり上げて怒声を発すると、周囲にいた局員達ががたがたと椅子の音を立てて一斉に立ち上がった。

 制圧に訪れた戦士達がその気迫に圧倒される。


「殺したければ殺せば良い、我々は人を繋ぐ西方郵便協会!人を損なう者達には断固不服を貫くぞ!」



 フレーディア城、王の間


 未だ血だまりの残る王の間で、玉座に就いたダンフォードが鼻を鳴らした。


「……まあ、良い。今敢えてシレンティウムへちょっかいを出すこともないしな。しばらくは睨み合いになる事は承知の上だ」


 西方郵便協会の利用に失敗したことを告げる戦士に鷹揚に頷いたダンフォードはそう言いつつ、下がらせた。

 既に帝国の技師や元兵士、ハルの治政に協力していた街の有力者達は逮捕し、あるいは抵抗の激しい場合は殺して街の浄化は着々と進んでいる。

 奇麗に整備されていた街路や排水溝は直ぐに石畳を引きはがし、セメントを打ち壊して元へ戻すよう街の住民へ通達も出した。

 街路樹は切り倒すよう手配し、公設された学習所は閉鎖させ、薬事院は薬草を取り上げて壊してしまった。


 しかし、僅かな期間で随分とフレーディアは帝国臭くなったものである。

 憤懣やるかたない様子で元のフリード族らしい街へ戻すべく次々に指令を出すダンフォード。

 指示を受ける人が途切れたその時、黒い箱からどす黒い煙と共に不気味な声が響く。


『首尾良く運んだようであるな?』

「ああ、あんたのおかげだ、まさかあんたの作戦がこうも上手くいくとは……」

『心外であるな、我のことを信じておらんかったのであるか?』

「……元はと言えば敵だろう?」


『……いかにも、しかし我は帝国に裏切られた。裏切りにはそれ相応の報いを受けて貰わねばならん、そして我が報いる先は帝国、敵の敵は味方。つまり帝国の敵はお主の味方であろう?』

「……違いない、まあ、あんたの知恵や知識は十分役に立つ、これからも頼む」

『ふむ、まあ、我の意に適う限りは協力してやるのである……それはそうと、ちと息苦しいな、人がおらぬのであれば少し外へ出してくれんであるか?』

「……蓋ぐらいなら開けてやろう」


 ダンフォードはいささか躊躇したが、その声の要求に応じてやることにした。

 ダンフォードの手によって黒い箱の前蓋が開かれる。

 中から現われたのは古い帝国将官の兜を被った黒いしゃれこうべ。

 古くも美麗な装飾が施されてはいるが、あちこちに刀傷の入った兜は房も途切れ途切れでしゃれこうべの色や禍々しい雰囲気と相まって不気味さを一層激しくしている。

 その口がカタカタと動いた。


『ふうむ、外の世界はいつも心地よい怨嗟と腐臭に満ちておるな!』


 感慨深げな声を出すしゃれこうべにダンフォードがいささか辟易した声を掛ける。


「……帝国の英雄アルトリウスも堕ちたものだな」

『抜かせ!英雄など片腹痛い、我こそは帝国に仇為すモノ“災厄の首”アルトリウスである。帝国とそれに連なる者にこそ不幸あれ!我が為すのは復讐であるっ』


 ダンフォードの言葉に抗議した後吐き捨てるように言うしゃれこうべ。


「…その意見には賛成だが…」

『であろう?帝国に敵対している限り貴様は我の協力を得られようぞ』


 ダンフォードの同意に満足そうな回答を返すと、しゃれこうべの目が赤く光り、口からは黒い煙が吐き出される。


『希望など此の世にはない、それを思い知らせてくれるわ…貴様を含めてな…』


 呪詛にまみれた言葉が密やかに紡がれるが、ダンフォードには届かなかった。




 イネオン川北岸、シレンティウム軍兵営


 伝令によってダンフォード王子が奇襲でフレーディアを乗っ取ってしまったことを知ったハル達シレンティウム軍。

 ハルは驚きつつも冷静さを取り戻すと、直ぐにガッティやランデルエスを呼び、悔恨の表情も著しいベルガン、アダマンティウス、クイントゥス、ベリウスと共に急遽作戦会議を開いた。

 ベルガンは自分が預かる城塞での手配りの足りなさを悔い、今にも憤死しそうな表情でその知らせを聞いていた。


「申し訳……いや、謝罪の言葉もありません……」

「いえ、これは明確に封鎖の指示を出さなかった私の甘い判断が理由です。頑張ってくれた皆さんをこのような窮地に置いてしまう事態を招いてしまった責任は私にあります。すいませんでした」


 ハルは謝罪の言葉を絞り出したベルガンを擁護し、まずは全員に謝罪をする。


「今回の仕儀は無理ないことじゃ、だれもあの馬鹿王子がここまでやれるとは想像しておらんかったからの。今はこの事態をどうやってひっくり返すかじゃ、わしは引き続き辺境護民官殿に指揮を執って貰いたいが如何かな?」


 ガッティが場を取りなした後にそう言うと、全員が頷く。


「異議ははない」

「…無論だ、他には居ないだろう」

「……王に代わる者などいません」

「言うまでもありませんね」


 責任は全員にこそある。

 今はガッティの言うとおり、この事態をどう改善するかである。

 クリフォナム式の戦地信任を取り、ガッティは笑顔で大きく頷く。


「では決まりじゃ、以後も辺境護民官殿が総指揮を執られよ」


 ハルは一度礼をすると、徐に口を開いた。


「ありがとうございます…では早速、直ぐにシレンティウムへ早馬を派遣して事態の報告と補給隊の停止を通知しましょう。アダマンティウスさん、念を入れて数騎派遣して貰えますか?情報さえ入れればシッティウスさんや先任が居ますので、シレンティウムは大丈夫でしょう」

「そうですな、差し当たってダンフォード王子は兵集めと諸族に対する寝返り工作を始めるはず。すぐにシレンティウムが危険にさらされることはないでしょう」


 ハルの指示に頷いてアダマンティウスがそう言い終えると、従兵に伝令騎兵の派遣を命じる。


「それから…物資の残りですが、どの程度ある?」


 ハルの質問にクイントゥスが渋い顔をしながら報告書を手に報告を始めた。


「はい、食糧については持久戦も予測していましたので、およそ25日分あります。矢と手投げ矢は著しく不足していまして、おそらく1回戦う間もなく尽きるでしょう。また、重兵器の通常弾は2回戦分、特殊火炎弾はなし、火炎放射器も燃料が底を突いています。かき集めてようやく2台分と言ったところです。保護した難民の食糧などはハレミア人が持っていた物を充てれば十分以上ありますし、我が軍への転用も可能ですが…?」

「それはやむを得ない場合以外は使わない」

「了解しました」


 ハルの回答にクイントゥスが応じる。

 略奪品は相当数確保されてはいるが、元はと言えば味方とも言うべきクリフォナムの民の物である。

 下手に転用して恨みを買う事は無いと考えたハルは、食糧については取り敢えず確保出来ていることもあり、使用しないことにした。


「矢玉は随分使ったか……致し方ない、このような事態は想定していなかった……」


 クイントゥスの報告内容にベリウスが唸る。

 何せ40万の大群を相手取ったのである。

 帝国の軍団操典にある5倍の量の矢玉を用意したにも関わらず、既に弾切れの状態なのだ。

 補充を受けたいのは山々であるが、シレンティウムと今のハルの間にはフレーディアが正に山のごとく立ち塞がっており、容易ではない。


「仕方ない、回収出来る矢や手投げ矢は出来るだけ戦場から回収して再利用しましょう、兵には3日程休息を取らせたかったですが…交代で回収作業に当たります。併せて剣の研ぎや盾の補修、重兵器の修理を行わなければなりませんし……軍が再起動するまで5日程度はかかりますね」


 幸いにも40万の蛮族を殲滅した割に味方の損害は軽微であり、兵士達は戦勝に意気盛んである。

 フレーディアが陥落したことは既に伝えたが、兵士や戦士達はやる気十分で、次はフレーディア攻略戦だと息巻いている。

 士気が下がっていないのが唯一の好材料であるが、これも手をこまねいていては一気に覆る恐れがあった。

 何せ今は補給を受けられないのだ。


「それから、ガッティ族長、ランデルエス族長」

「なんじゃ?」

「……なにかな?」


 ハルの呼びかけに2人の族長が腕組みを解いて返事する。


「至急クリフォナムとオランの各部族にイネオン川の戦いの顛末を伝達して下さい。ハレミア人40万が全滅したと知れば、シレンティウム軍を敵に回してダンフォード王子の呼びかけに応じようとする者はいなくなるでしょう」

「なるほどのう…よし!北部諸族を含めてクリフォナムの民にはわしが一族の者から伝令騎兵を派遣するわい」

「分かった、オランの民は任せてくれ」


 ハルの依頼にガッティとランデルエスが即座に応じた。

 身内から伝令を派遣することで各部族に対する説得力と信用度を高める事が出来る。

 2人の族長はハルの指示に頼もしいものを感じ取り、笑顔で応じると早速従兵に一族の若者を呼びにやらせた。

 ハルはふうっと大きなため息をつくと口を開く。


「楓と陰者をフレーディアへと派遣しておきましたので、詳しい情報はおって届くでしょうが、差し当たっては…こんな所ですかね?あとは兵をなるべく休息させて攻城戦に備える他ありません」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ