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第12章 シレンティウムの一年 冬・北の戦い(その5)

 左右に向かったハレミア人達は、地面に巧妙に隠されたリリウム(杭入り落とし穴)とスティルムス(鈎爪付杭)の罠に嵌まったのだ。

 ハレミア人が左右に展開した場合に威力を発揮するよう工兵隊が陣地の左右に大量に設置しておいたのである。

 偵察などと言う概念を持たないハレミア人であったからこそ、ぎりぎりまで作業をしていてもばれることなく、工兵隊は無事設置作業を終えることが出来た。


 ハルは陣地中央へハレミア人を集約させることを狙ってこの罠を仕掛けたのだ。

 足の止まったハレミア人には矢がよくあたり、ハレミア人も罠と矢の両方には対処出来ず次々と射貫かれ、ある者は足を傷つけられて転ぶ。

 矢を気にしすぎて落とし穴に嵌まる者、転んだまま矢に射貫かれて絶命する者など、ハレミア人の左右は阿鼻叫喚の地獄と化した。

 一度は慎重に罠を探りつつ進もうとしたものの、仕掛けが幾重にも張り巡らされている事に直ぐ気が付いたハレミア人は、しつこく矢を射掛けられる事もあって左右への展開を諦めると、陣地正面へと戦士を集中してきた。

 相変らず雨のように矢や手投げ矢を放ってくるシレンティウム軍に対抗してハレミア人側も矢を放ち始めるが、高低差がある上に頑丈な柵に阻まれて思うような効果はない。


 普通ならそこで一旦立て直しを図るところであるが、そこは蛮族である。


 ハレミア人は獣じみた怒声や絶叫と共に突撃を止めない。

 それどころか行き場を失った獣のような苛烈さで一気に陣地までの距離を詰めようとしてきた。

 しかも最後には味方の死体を盾にしてシレンティウム側の陣地に迫って来る。

 味方の死体がボロボロになるまで盾代わりにし、それが使えなくなるとまた新しい死体を担ぎ上げる始末。


 正に蛮族の真骨頂たる戦い振りで、蛮勇と狂気に彩られた戦いが続く事になってしまった。

 さすがの北方軍団兵も、余りの惨さと酷さに顔をしかめている。

 そして、ハレミア人の蛮勇と数の力が、シレンティウム軍の投射攻撃をしのぎ始めた。

 どんどんとハレミア人の大群が陣地に迫ってせり上がってきたのである。


 必死に矢を撃ち、手投げ矢を投げつける北方軍団兵。

 次第に気圧され、積極的攻撃から、防御的な戦闘に移るシレンティウム軍。

 それまでは自在に狙いたい敵を狙って矢を放ち、投槍や手投げ矢を撃ち込んでいたが、今は柵に取り付きそうな戦士を撃ち、逆茂木を抜こうとしている者に矢を放つ。


 つまりは戦いに余裕がなくなってきたのである。

 今まで以上に激しく矢を射て槍を投げるが、すさまじいまでの敵の数と死をモノともしない蛮勇に対処が追い付かない。

 手の皮が剥けるのを我慢して矢を射、肩の痛みに歯を食いしばって槍を投げる北方軍団兵達。


 一旦飲み込まれてしまえば後はない。


 ハレミア人の圧倒的な数にもみくちゃにされ、擂り潰されて肉片すら残らないだろう。

 しかし、そんな懸命な防戦もむなしくついに正面の門や柵へハレミア人が取り付き始めた。

 よじ登ろうとした1人のハレミア人が横合いから突き出された槍に脇腹を突き通されて転げ落ちるが、直ぐに数名のハレミア人が門に取り付く。

 数名を何とか叩き伏せると今度は数十名のハレミア人が柵に取り付いてきた。


 間に合わない!


 あちこちで槍の突き出される風切り音と剣戟の音が響き始めた。

 攻城兵器など持たないハレミア人達は素手と素足で血まみれになりながらも逆茂木の上を走り、柵へよじ登り、そこを守る北方軍団兵と剣を交え始めたのである。

 まるで動物のような荒い息づかいと奇声が間近に迫り、うなり声と悲鳴、怒声と絶叫が戦場を支配し始めた。


 ちらほら柵を乗り越えられて内側での戦闘が始まっているようであるが、しかしハルはまだ秘密兵器に待機を命じる。


「もう少しだ、もう少し待て……」


 どんどん後から後から現われるハレミア人が自然と中央の凹部へと誘導されて、重なり合うように走り込んでくるのを見て取り、ハルが大声を発した。


「よし今だっっ!!旗を揚げろっ」


 ハルの号令で真っ赤な旗が揚がる。

 まだかまだかとハルを注視していた工兵達は、赤い旗が上がったことを確認すると手押しポンプを力一杯漕いだ。


ぶわっ

ごうおっっ


 何条もの火炎の帯が門の脇や柵の上から長く長く噴出し、その道筋にいたハレミア人達を炎の舌で舐め尽くし、更に後方から走り込もうとしていた戦士達をも飲み込んだ。

 若干の時間差で陣地のあちこちから火炎の舌が伸び、ハレミア人達を飲み込んでゆく。

 陣地へ取り付こうとしたハレミア人の群れが瞬時に消し炭と化した。

 飛び火を受けたハレミア人の老人が世にも怖ろしい叫び声を上げて地面を転げ回るが、火は消えずその身を焦がす。


放たれた火は周囲に飛び散り、その老人だけでなく相当数のハレミア人が地面をのたうち回っている様子が見受けられた。

 やがてその全員が動きを止める。

 一瞬で数千人のハレミア人が絶命したのだ。


 そして呆気に取られた柵の内側へ入り込んだハレミア人も、北方軍団兵の手で次々と討たれ、シレンティウム軍は防衛線を持ち直した。


「スイリウスさん……威力強すぎだろう。配合を変えたって、何を入れたんだ?」


 ハルが冷や汗を額から流して驚く以上に火炎放射を行った工兵達がびっくりしている。

 もちろん、事前に兵器の仕様と使用を聞いていた北方軍団兵や帝国兵までもが驚愕していた。

 そしてそれは火炎放射器の存在自体を知らなかったハレミア人にとっては驚愕などという言葉が生ぬるいぐらいの衝撃を与える。

 正に青天の霹靂ならぬ真昼の火炎放射。


 戦場の雰囲気が、変わった。




 火炎放射器自体は西方諸国で発明され、防御兵器として城壁を登る敵兵をなぎ払うのに以前から使用はされている。

 スイリウスはその火炎放射器に使用される燃料の配合を変え、強力な手押しポンプでそれを噴射することで射程距離を伸ばし、威力を高めたのであった。

 芸術的ともいえる竜の装飾が施された火口は鉄製で、2人がかりで押す大きく強力な手押しポンプが燃料タンクに装着されているその火炎放射器は、小型の荷車に乗せられて移動可能な仕様になっており、随所に色彩豊かな浮き彫りが施されている。


 ハルは今回その改良された火炎放射器を使用することを思いついたのであったが、敵兵が散開していては効果が薄い。

 そこで中央部に敵が集まるよう、左右にスティルムスとリリウムを設置した上で、陣地を逆扇状に構えて敵を集めたのである。




ごうわっ


 気を取り直して攻め寄せるハレミア人の群れが再びの火炎放射で薙ぎ払われ、後ろで様子を見ていた者を巻き込んでまた数千名のハレミア人を焼き焦がした。

 算を乱し、河原へ逃げ戻るハレミア人。

 その背に容赦なくシレンティウム軍の矢が撃たれる。

  




 一方、シレンティウム側の後衛陣地では、門から行われた火炎放射を合図に、クイントゥスが重兵器の準備を開始させていた。

 左右交互に付いたオナガー(投石機)の梃子を工兵達が前後へ力一杯動かし、拗り発条へ力を貯めていく。

 やがて限界まで巻き上げられた発条は、鉄製の頑丈な鎹でその強大な力を留められた。

 そして装填係の手によって受け皿へ特殊火炎弾が慎重に装填される。

 クイントゥスの場所からは高低差がないために火炎放射の威力は目に出来なかったが、黒煙が上がったことで火炎放射器の使用されたことは確認出来た。


 手はずでは川岸に逃げ戻って密集したハレミア人に火炎弾をお見舞いすることになっており、既に数基のオナガーで試射を終えて射程や着弾位置は確認済みである。

 そしてクイントゥスが工兵隊に装填させている火炎弾もスイリウスの発明による物で、丸い陶器製の弾に硫黄と獣脂、松脂などを混合した消えにくく燃え広がりやすい燃料がたっぷりと詰められていた。

 蜜蝋で封をした口に火が付けられ、その他の投石機にも火炎弾の装填が終わったことを示す白い三角旗が掲げられる。


 クイントゥスが持ち込み設置したオナガーは全部で30基。

 その全てに火炎弾が装填された。


「よし、目標は河原とその付近!放てっっ!!」


がしいいいん


 工兵隊の発射担当兵が鎹をハンマーで鋭く打ち外すと、蓄えられていた拗り発条のエネルギーが一気に解放される。


どんどんどどん


 弾を載せた腕木が支え木に衝突してすさまじい音を発すると、30発の火炎弾は薄く煙を引きながら飛翔し、河原の周辺へくぐもった炸裂音と共に黒煙と火炎を噴き上げた。

 火炎放射器の射程外でようやく一息ついていたハレミア人が火炎弾の着弾で恐慌状態に陥る。

 パニックになって左右へと逃げ惑うが、そこにはスティルムスとリリウムが鋭い穂先を天に衝き上げて待ち構えているのだ。

 先頭を行く者が次々にその餌食となって倒れ伏すと、それを見て逃げ場を失ったと感じたハレミア人が気が狂ったようにイネオン川へと走り出した。


「よし良いぞ!後は装填出来次第に発射し続けろ!!」


 クイントゥスの号令で、工兵達が汗を垂らしながらオナガーの巻き上げ装置に付いた梃子を動かして拗り発条を巻き始める。

 それ程特殊火炎弾の数はないが、あとは従来通りの石弾や焼き玉でも構わない。

 とにかく今この時に大打撃を敵に与えるのだ。


「急げ!今が好機だぞ!」


うおう!!


 クイントゥスの檄に工兵達は力強く応じるのだった。






「なっ、何だあれはっ!竜がいるなんて聞いてねえっ」


 バガンの側を固める戦士が圧倒的な火炎放射器の威力を見て叫ぶ。

 そしてもう一度行われる火炎放射。

 バガンのいる場所まで炎は届くはずもないが、その余りに圧倒的な威力に思わずのけぞるバガン達。

 鮮やかな火炎のオレンジ色が熱風と共に陣地へ攻め寄せたハレミアの族民戦士達を黒い塊へと変えていく様は正に古代の伝承にある竜炎そのものであった。


「竜だ……敵には竜がいる…!」

「竜だ」

「竜だぞ…!」


 火炎放射器の原理どころか存在そのものを知らないハレミア人達は、シレンティウムには竜がいると思い込んだのである。

 誰かが発してしまったその言葉に反応して、連鎖的に竜が居るとの言葉が広まり、ハレミア人は遂に総崩れとなった。


「おい、落ち着きやがれっ、くそっ逃げるな!」


 バガンの怒声で、前線から逃げ帰ってきた戦士や族民達の何人かを切り殺して収拾を図ろうとする戦士や戦士長達だったが、今度はオナガーによる特殊火炎弾が炸裂し始めると、その戦士長達が泡を食って逃げ惑う始末で、混乱は収拾されるどころかより一層酷くなる。


 ハレミア人は真性の蛮族であるが故に衣服をほとんど身に着けない。


 それ故に火には心理的な面で極めて弱い。


 少しでも火を受けると裸に近い彼らは衝撃を受けてしまうのだ。

 落下すると爆発音と共に周囲に炎をまき散らし、しかも容易には消火できないとあれば火に弱いハレミア人達は逃げ惑う以外に術がなく、特殊火炎弾が自分の周囲で炸裂し始めると瞬く間に恐慌状態へと陥った。


 一旦南へ渡ったイネオン川を今度は逆に北へ渡って逃げようとするハレミア人。

 そこに突如矢が、背面からではなく側面から襲ってきた。

 矢を受け、川面を血で赤く染めながらばたばたと倒れるハレミア人達。

 驚愕して川岸を見上げると、そこにはいつの間に現われたのか、クリフォナムとオランの部族連合戦士団が待ち構えていた。


 膝を立て、こちらを狙う部族戦士達の鏃は狙いを過たずに次々と命中する。

 ハレミア人達は川の真ん中で為す術無く討たれていった。



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