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第10章 シレンティウムの一年 夏・南方大陸篇

 初夏、南方大陸帝国領・サウシリア州、ウティカ市


 ウティカ市は西方諸国人が興した町であり、南方大陸と西方諸国との交易で栄えた町であるが、帝国がセトリア内海沿岸を制するに至って、自主的に帝国の支配下へ入った町。

 セトリア諸国の共通的な特徴を持った町ではあるが、帝国の都市とは若干趣が異なる。

 そして未だ初夏と言って良い時期なのだが、照りつける太陽は既に陽気を通り越している。


 市場には市民達がそれなりに集っているが、どこか怯えたような、落ち着かない様子でせわしなく買い物をしている。

 市民達の暑い気候に適した隙間の多い服装や、大ぶりな目鼻立ち、浅黒い肌からは陽気そうな印象を受けるが、全員が一様に視線を地に落とし、用が済むとそそくさと立ち去っているのだ。

 開放的な店構えや看板にそぐわず、店主や店員達もあまり商売に集中できていない様子が窺えた。


 その原因は直ぐ明らかとなる。


「おら、どけどけ!」


 先触れの兵士が槍を振り回して道行く人々を威嚇すると、買い物をしていた市民達は一斉に街路や店の中へと逃げ散る。

 後方に続くのは軍旗を先頭に隊列を組み、狭い市場や椰子の木が植えられた街路の中心を我が物顔で行進して来る帝国兵たち。

 かつては南方諸族も来訪し、活気に満ちていたウティカの市内であるが、その町中を闊歩しているのは今や帝国の将官や兵士達ばかりであった。

 





 南方大陸に足掛りを持たなかった帝国が、60年程前に西方大陸伝いに小さな砦を築いたのが南方大陸帝国領、サウシリア州の始まりである。

以来本当の足掛り以上の役目を果たさない時代が20年弱続いたが、そこに赴任してきた若き平民将軍アルトリウスがこの状況を一変させた。

 度々押し寄せてきていた南方諸族の軍勢に対し、それまでの将軍は金品や食料を譲って南方諸族の攻撃をしのいでいた。

 わざわざ交渉料という名目での予算が組まれていた事実から分かるとおり、帝国軍は砦の守備兵として1000余りしかおらず、万を超える南方諸族に対する術が無かったのである。

 しかし、アルトリウスは赴任すると軍を増強し、3000余りに兵士を増やすと、南方諸族で最も帝国に友好的な遊牧民のサウシリア族を帝国側に寝返らせた。

 そしていつもどおり砦へ押し寄せた南方諸族。


 アルトリウスはサウシリア族と連絡を取りつつ、頃合いを見て砦から打って出、援軍に現われたサウシリア族と敵を挟み撃ちにして打ち破ったのだった。

 いつも通り交渉の末、金品を貰って引き上げるだけと油断していた、3つの部族の首長はことごとくアルトリウスの持つ白の聖剣の餌食となり、部族軍は壊滅、余勢を駆ったアルトリウスは、自軍とサウシリアの部族軍を率いて3部族の本拠地へ傾れ込む。

 最後に3部族の応援に現われた南方の大部族、ゴーラ族の大軍を潰走させた所で帝国の上層より停止命令が届いた。


帝国は平民出身で派閥に属さないアルトリウスの躍進を嫌ったのである。

 現に最大部族を破ったアルトリウスに抵抗する勢力は周辺に無く、彼にそのまま全てを任せていれば、南方大陸のセトリア内海沿岸地域はことごとく帝国の手中に収まっていたはずだった。

 しかし帝国内の政治がそれを許さず、アルトリウスは召還される。

 アルトリウスが制した僅かな領土はそのまま帝国領に編入されて帝国領サウシリア州となり、現在に至るのである。

 



そのサウシリア州はウティカ市の都市参事会議場には、帝国南方派遣軍の首脳陣が勢揃いしていた。

 軍総司令官スキピウスを筆頭に

副総司令官ヒルティウス

国境守備隊南方管区司令官マロー

第2軍団軍団長マキシムス

第16軍団軍団長カルトー

第17軍団軍団長ラベリウス

第18軍団軍団長シアグリウス

第19軍団軍団長ウルソー

新設第101軍団軍団長カトゥルス

新設第102軍団軍団長ティティウス

新設第103軍団軍団長スラ

がいる。

 第2軍団は帝都守備を主任務とする最精鋭、第16軍団と第17軍団は元々南方に配置されていた軍団である。

 第18軍団は東北のコロニア・リーメシア、第19軍団はその南にあるポートゥルス・リーメスがそれぞれ本来の駐屯地で、今回の作戦によって引き抜かれた。

 元々は北方と東部国境でシルーハに備えている軍団である。

 そして、新設の3個軍団は、北東管区国境守備隊から転用された兵士達で編制されており、軍団司令部がいち早く最前線へ移動してきた。

 アダマンティウスの素早い手配で兵士達も既に編制が終わり、今は帝国本土から船での輸送を待つばかりとなっている。


「ふうむ、集まりが悪いな!」


 冒頭からスキピウスが不満を爆発させた。


「仕方ありません、第6軍団と第7軍団、第10軍団は帝国北西辺境の守備が主任務です。少なくとも到着に半年以上はかかります。第4軍団はリーメシア州で盗賊団と交戦中で遅れるとの連絡が来ております。」

「たるんどる!!気合いが足らん!」


 ヒルティウスの合理的な説明にも納得せず、があんと鉄鋲の入ったサンダルで大理石でできた床を蹴りつけたスキピウスは苛立ちを隠そうともせずにそうがなり立てた。

 スキピウスが予定した開戦期限はとうに過ぎていたが、そもそも政策決定から半年での開戦など土台無理な話であり、ヒルティウスにとってこの遅延は織り込み済みであった。


 むしろ、北方辺境からこれ程早く兵士や軍団が送られてきた事に驚いている位である。

 引退間際とは言え、帝国軍最古参の将軍であるアダマンティウスの非凡な実力を今更ながら思い知り、ヒルティウスは感慨無量であった。

 それなりに栄達を望めば、今スキピウスが座っている椅子にはアダマンティウスが座っていた事だろう。

 そうなれば自分も今の地位にはいないだろうが、帝国や帝国軍にとってはその方が幸せだったかも知れない。


「遅い遅い遅い遅い!何をやっているのだ!!?」


 ヒルティウスが感慨にふけっていると、スキピウスがいつものかんしゃくを暴発させた。

 げんなりした軍団長達を余所に、スキピウスは好き勝手に遅れている軍団の悪口を言い立て、後方支援役の官吏達の不手際を呪い、明確な阻害行動を取ってはいないものの、非協力的な貴族に罵声を浴びせる。

 現在この地に実際ある軍は、5個軍団2万5千に補助兵1万。

 それに国境警備隊の1万が自由に動かせる。

 アダマンティウスから引き抜いた3個の新設軍団は未だ兵士達は到着していないが、これが到着して1万5千が加わり、ようやく6万の帝国軍が揃う。

 予定では後4個軍団2万に補助兵8千が加わって、8万8千もの帝国軍が南方大陸の奥地に向かって進撃する事になっていた。


 スキピウスは今春に戦端を開くよう命令したが、それは諸事情から到底無理な事である為、開戦は来春末を目算していたヒルティウス。

 今のところ糧秣や馬匹、馬糧に武具、消耗品の集積も順調ではある。

しかし未だ開戦に足る程の量では無いし、国境警備を行いつつの侵攻である為今の兵数では十分とは言い難い。


 当初10万の兵を予定していたが、執政官から補給や兵士補充の目処が立てられない事や、予算の都合から随分と兵数を削られてしまった。

 これは貴族達が金銭や物資の提供を渋ったからで、帝国の予算だけでは確かに10万の兵士を賄いきれない。

 軌道修正を余儀なくされたヒルティウス。

 彼の目算では現有兵力で実行可能な作戦はセトリア沿岸地域制圧が限界であったが、スキピウスはそれでも当初の南方大陸北部地域制覇を諦めていない。

 確かに創意工夫とやり方によってはそれも不可能では無いが、残念な事にスキピウスはその創意工夫や、やり方が出来る将官では無い。

 真っ正面からぶつかり、叩き伏せるしか能が無い将官であるため、副官であるヒルティウスは常に敵に倍する兵力を揃える事に腐心してきた。

 逆に言えば、前線指揮官以上の能力はないのであるが、それでも勇敢で敢闘精神は人一倍ある為、群島嶼制圧戦争では華々しい活躍をし、その戦功でスキピウスは遂に総司令官の地位にまで上り詰めてしまった訳である。


「我が西方帝国が世界制覇を為す為には、この南方大陸の資源と土地がどうしても必要なのだっ!!直ぐに開戦だ!兵を揃えろ!!」


 長々と誰もが聞き流す演説をぶったスキピウスは、これまた何時ものようにそう締めくくったが、真剣に聞いている軍団長は正直誰もいない。

今や誰もが世界制覇などは夢物語である事を理解している。

 そのような機会が帝国にあったのは100年も昔の話。

 英雄が競って現われて活躍し、帝国に世界を呑む気概と勢いと運があった輝かしき時代はとうに過ぎ去ったのだ。

40年前に現われた帝国最後の英雄アルトリウスは政治闘争に敗れた挙げ句左遷の憂き目に遭い、一時の成功を経て最後は北方辺境で果てた。

以来、帝国は停滞と衰勢の中に有り、覇権は徐々にシルーハ王国や西方の新興諸国へと移りつつある。


「いざ行かん!!帝国の明日の為に!!!」


しかし、ここに自分を英雄と勘違いしてしまった男がいたのである。

 いつも通りの主張ではあるのだが、ずっと周囲からやり込められて自分の意見を取り下げさせられている為、どうやらスキピウスは随分と不満を溜め込んでいた様子。

 今日は今までにも増して迫力があり、声の調子も一段高い。

 ヒルティウスが諫言を躊躇していると、1人の軍団長が立ち上がって意見を述べた。


「総司令官、未だ準備の整わないまま開戦に踏み切ったところで、大部族には太刀打ちできません、ここは物資の集積を待ち、十分な兵力を揃えてから臨むべきです。」


「・・・貴様!敗北主義者は立ち去れ!士気が下がるっ!」


「いいえそれは違います、私は敗北を望んでいるのではありません。敗北する可能性が高い事を指摘しているだけです。敗北する可能性はそれこそ可能な限り低くしなくてはいけません。きっちり戦う準備をしないまま開戦し、物資不足や兵力不足になれば、かえって士気を下げる結果となります。」


 すさまじいスキピウスの叱声をものともせず、呆気に取られるヒルティウスや他の軍団長達を余所に、その軍団長、新設第101軍団軍団長フラウィウス・カトゥルスは極々冷静に言葉を継ぐ。


「それが敗北主義だというのだ馬鹿めっ!!世捨て人ぶってるアダマンティウスの糞爺はいけ好かんが、教えを受けた貴様も気に喰わん!賢しらに意見するなど100年早いわっ!!」


「アダマンティウス将軍は私の師とも言うべき人ではありますが、何と言われようとも今開戦をする訳にはいきません。」


「なああんんだとうううっっ!!?」


ぴしゃりと言い捨てられ、怒り心頭に発したスキピウスが青筋を額全体に浮かせ、顔面を真っ赤にして拳をぶるぶると震わせる。


「お待ち下さい総司令官、真の英雄とは部下の意見を聞き入れるものです。」


 剣に手をやりかけたスキピウスを見て咄嗟にヒルティウスが言うと、ぴたりと動きを止めるスキピウス。

 そしてそれまでの怒りの表情もどこへやら、にたっと笑うと、浮かした腰を椅子へと戻す。

 手はもちろん、机の上で組まれており、剣に伸ばした素振りを微塵も感じさせない。


「うむっ!そうだな、英雄は寛大なものだなっ!!よし、兵が揃うまで開戦は延期とするっ!」


 ヒルティウスと軍団長達はほっと胸をなで下ろすが、カトゥルスら北からやってきた軍団長達は互いに顔を見合わせた。

 しかし、兎にも角にも、これで帝国軍の準備がきちんと整うまで開戦は見送られる事になったのであった。


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