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第18章 帝国内戦 帝都制圧直前篇

 帝都中央街区、ルシーリウス卿邸宅


 ユリアヌスが帝都軍港を制圧し、帝都への進撃と無頼兵士の排除を開始したその頃、白亜の邸宅に急を知らせる使者が入った。

 闇の組合に属するその人物は、ルシーリウス卿と結託し、帝都を牛耳っていた闇の組合長。

 しかしその顔は青ざめ、引きつり、とても帝都を恣にしていた者とは思えないほどの焦りを含む悲壮なものであった。

 顔をフードで隠したままでも私兵に礼を送られ、特段の制止も無いまま奥の広間へと向かう闇の組合長は、程なくルシーリウス卿が貴族派貴族達を集めている広間へと到着した。


「これは組合長…いま卿は会議中ですが…」

「緊急の用件だ、すぐに取り次いでもらいたい」


 さすがに会議中とあって、広間の前で警備を行う私兵長に制止される闇の組合長であったが、すぐに用件を告げたところ私兵長が頷いた。

 私兵長もおそらく帝都で騒ぎが起きている事を、薄々察しているのだろう。


「…分かりました、ではこちらへ」


 私兵長に案内され、闇の組合長が広間へ入ると、貴族派貴族の主立った者達が一斉に開いた扉の入り口に立つ闇の組合長に注目した。


「…貴様が何故ここに居るのだ?私兵長!何故この様な卑賤の輩をここへ通したっ」


 ルシーリウス卿に代わってタルニウス卿が怒声を私兵長に浴びせたが、闇の組合長は動じた素振りも見せずに理由を説明しようとした私兵長を制して口を開く。


「緊急事態でございます…帝都で兵乱です」

「な、なにっ!?」

「何だと!」


 闇の組合長の言葉に色めき立つ貴族派貴族達。

 流石のルシーリウス卿も動揺を隠しきれない様子で直接問い質した。


「誰が攻めてきたのだ?辺境護民官軍はヴァンデウスが相手取っているはずだ!」

「…ユリアヌスで御座います」


 闇の組合長の答えに息を呑む貴族派貴族達。

 ルシーリウス卿が悲鳴じみた声を上げる。


「な、何?ユリアヌスが攻めて来ただとっ!?一体どうやって!」

「…はい、帝都軍港から戦艦にて帝都へ侵入したものと思われます」

「何だと…」


 その回答に絶句するルシーリウス卿。

 帝都艦隊の提督には金を積んで寝返らせており、港湾側の守備は万全と思っていたからである。

 しかしあの時ぎこちない追従の笑みを浮かべていた事をよく考えてみると、金を受け取って寝返ったというのは表向きのことだけであったのだろう。

 ユリアヌスの手で正常化されていた帝都艦隊は寝返ってなどいなかったのだ。

 しかも、辺境護民官軍と一緒に進軍して来ていると思っていたユリアヌスが帝都を急襲したとあっては、帝都に残した私兵だけでは心許ない。


「ぐ、くそ!私兵共はどうした!」

「それが…ユリアヌス軍に不意を突かれた上に市民派貴族と帝都市民が蜂起し、ほぼ全滅の状態です」

「うぬぬぬ…」


 それで無くとも軍としてはまとまりに欠ける無頼兵士達である、同数程度でまともに正規軍とぶつかっては蹴散らされるのが関の山であろう。

 しかも、無頼兵士達は治安維持のために帝都中に散らして配置してしまっており、直ぐの集結は無理であった。

 そうした配置にするよう命じたのは他ならぬルシーリウス卿本人であり、誰を責めることも出来ず闇の組合長の報告にも唸る他無い。


「き、貴様ら闇の組合は何をしているんだ!」

「…我々もユリアヌス軍の内、傭兵隊の襲撃を受け、現在貧民街で戦闘中ですが状況は全く芳しくありません。既にいくつかの組合に属する組織が潰され、副首領級の幹部も数名討ち取られています」


 次々と明らかになる兵乱の規模と形勢は圧倒的に不利。

 ルシーリウス卿はうなり声を上げることしか出来ない。


「ぬぐぐぐ…」


 切羽詰まった帝都の情勢に貴族派貴族の腰が早くも砕け始めた。


「ル、ルシーリウス卿っ、い、如何なさいますか?」

「に、逃げましょう!」

「最早これまで…早急に帝都を脱出しなければ…」


がたがたと落ち着き無く腰を浮かし始めた貴族派貴族達に、ルシーリウス卿が一喝する。


「落ち着け!!」


 一瞬動きを止める貴族派貴族達を睨み回し、自分にようやく注目が集まったことを確認すると、ルシーリウス卿は徐に口を開いた。


「心配せずともヴァンデウスが15万もの兵を持って辺境護民官と対峙しているのだ。程なくあの成り上がりの罷免辺境護民官を討ち破り、蹴散らして帝都へ戻って来るだろう。我々はそれまでここで粘れば良いのだ。15万の兵が戻って来さえすれば、ユリアヌスとて何ほどのことも無い、蹴散らしてくれる。ただ、我々が帝都から落ちればユリアヌスに帝都を固められてしまう。そうなればこの帝都を奪還するのは容易ではない。今は兵を集めこの邸宅に立て籠もってヴァンデウスの帰還を待つのだ!」


 ルシーリウス卿の言葉にようやく落ち着きを取り戻す貴族派貴族達。

 その様子を確かめてからルシーリウス卿は次に指示を下す。


「直ぐに周辺に駐屯している無頼兵士をかき集めろ、貴族派貴族に属する者はあらん限りの物資を持って警備兵を率い、この邸宅へと集まれ!」


 慌てて動き出す貴族派貴族達。

 自邸へ使者を派遣する者もいれば、ルシーリウス邸から近い為自ら邸宅へと一旦引き上げる者もいる。

 またルシーリウス卿の私兵長は周囲の私兵を集めるべく指示を出し始めた。

 次いでルシーリウス卿は知らせをもたらした闇の組合長へと視線を移す。


「組合長、貴様らの拠点はどのぐらい保ちそうだ?」

「…ユリアヌスめが派遣してきている、不正規戦に慣れた傭兵は厄介な相手でございますので、それほど長くは保たぬかと…」

「では、貴様は直ぐにこの邸宅を拠点とせよ、以後情報収集や…暗殺の指示は貴様に私が直に出す」

「…心得ました」


 ルシーリウスの言葉に頭を垂れる闇の組合長。

 その表情は未だフードに隠れて窺い知れないが、ルシーリウス卿はひとまず打てる手を全て打ち終え、再度闇の組合長へ向き直った。


「…元老院に監禁している中央官吏派の元老院議員を始末しろ、市民派貴族はここへ連行して来い、抵抗するようなら腕の1本2本は構わん、それから皇帝の遺骸も忘れるな」

「…心得ました」




 闇の組合長が配下の者達を率いて元老院へと入った。


 もちろんルシーリウス卿から依頼のあった件を果たすためである。

 闇の組合長は直ぐに元老院控え室へと向かい、警備の私兵を押し退けてその扉を何の前触れも無く勢いを付けて開け放った。


「な…っ!?」


 しかし、そこにあるのはいくつかの寝台に毛布、食事後の食器が乱雑に置かれているだけで、目当ての、本来この部屋に閉じ込められていなければならない人物達は誰1人として存在していなかった。

 一緒に入ってきた警備の私兵も目を丸くする。


「こ、これは…」


 続いて入ってきた配下の者達も部屋の様子を見て絶句した。

 闇の組合長は無言のまま部屋へ入り毛布や食器に触れていく。

 そしてふと壁の窪みに気が付いた。

 そこには何気なく毛布が被せられ、その上には汚れた食器とぶちまけられた食べ残しが異様な臭いを放っていたのである。

 部屋の他の場所も似た様子ではあるのだが、言葉に表せない違和感を感じた闇の組合長が、恐る恐るその汚れて腐臭を放つ毛布を取り去った。


「……ここか」


 果たしてその毛布を取り除いた場所の壁から、石を外されてぽっかりと開いた穴が現れたのである。


「…長…他の部屋にも議員達が居ません」


 別の部屋へと向かっていた配下の者がそっと報告する。


「皇帝執務室は見てきたか…」


 ぼそりとつぶやくように言った闇の組合長に無言で頷きつつ、今報告したのとは別の配下が口を開いた。


「遺骸は毛布ごと持ち出されてしまっておりました…」

「そうか…」


 闇の組合長は配下の者達に目配せを送ると、自分の横で呆然として部屋の中を眺めている私兵の喉元へ短剣をあて、すっと横へ引いた。


「ぐぼ?」

「ぐえっ?」

「な、何を貴様ら…うげっ?」


 たちまち周囲で似たような光景が繰り広げられ、私兵達は闇の組合員に全員が瞬殺されてしまった。

 血の泡を吹き、喉から息を笛のような音と共に漏らしてどさどさと床へと倒れる私兵達を尻目に、闇の組合長は踵を返す。

 皇帝執務室でも今頃同じ光景が繰り広げられていることだろう。


「…帝都を抜ける」


 短く言い放った闇の組合長は、足音を消したまま配下を率いて帝都の闇に紛れていった。





 帝都中央街区、貴族街


 帝都を掃討し終えたユリアヌスは、ルシーリウス卿が立て籠もる白亜の邸宅を取り囲んだ。

 既に市民派貴族と中央官吏派の元老院貴族は、ハルが派遣した陰者達の手によって救出され、その後方で監禁によって痛め付けられた身体と精神を癒やしている。

 しかし、その傍らには最早身体を癒やすことすら出来ない者が安置されていた。


 粗末な毛布にくるまれたマグヌス帝の遺骸を目の当たりにしたユリアヌスと元老院議員達は、言葉無く立ち尽くす。


「よもやこの様な事になろうとは…」


 大クィンキナトゥス卿ら元老院議員は、てっきり自分達同様に助け出されたと思っていた皇帝が、変わり果てた姿となっていたことに落胆し、がっくりと膝をついた。

 毛布にくるまれたまま陰者に背負われ、最後にユリアヌスの居る本陣へと運ばれたマグヌス帝の遺骸は急遽作られた簡素な棺に納められ、大盾を並べた祭壇へ安置された。


「…じじい…死ぬなと言ったろう…」


 ユリアヌスは歯を食いしばり、絞り出すようにそう言うと白くなる程強く握りしめた拳を棺の縁に叩き付ける。

 軽くも大きい、痛ましい音がむなしく本陣に響いた。


「副皇帝陛下…陛下の手にこれが」


 陰者が跪いたまま棺の傍らに立ち尽くすユリアヌスへ書を差し出す。

 マグヌスの手にしっかりと握られていたのだろう、握りつぶされた草茎紙は蝋で封が為され、その蝋の上にマグヌスの印判が型押しされている。

 下水道を通る時に万が一が落下させて汚損させたり、散逸させてしまうような事があってはならないと思い、マグヌスの遺骸を運んだ陰者が気を利かせて取り外していたのだ。

無言で陰者から陰者より書簡を受け取ったユリアヌスは、元老院議員達を呼び集めた。


「皇帝陛下の遺書と思われる、これから開封するので見て欲しい」

「承知しました」


 ユリアヌスの固い言葉に大クィンキナトゥス卿が元老院議員を代表して答えると、ユリアヌスは封印を外し、くしゃくしゃになっている小さな草茎紙を開いた。

 そこにはただ

    皇帝位を副皇帝ユリアヌスに譲る。

                西方帝国皇帝マグヌス

とだけ記されていた。


「…らしいと言うか、何と言うか」


 大クィンキナトゥス卿がその文章を見てぽつりとこぼす。

 ユリアヌスはしばらくその文字を食い入るように眺めた後、顔を上げてその遺書を示し静かに宣言した。


「…先帝であり我が養父であるマグヌスの遺志により、今日この時をもってこのユリアヌスが西方帝国皇帝となる、元老院の承認や如何?」

「議員達よ席に着け」


 ユリアヌスの言葉を受け、手を広げた大クィンキナトゥス卿が言うと、中央官吏派と市民派貴族の元老院議員達が用意されていた床几や椅子、敷物に座る。

 着衣は薄汚れ、くぐり抜けてきた下水や2月の監禁生活の成果である体臭が入り混じった酷い臭いを放ってはいるが、その志が曲がっていないことはその顔や目を見れば分かった。

 老いも若きも議員達の目は意志に満ち、その瞳は強い輝きを放っている。


「では…只今為されたユリアヌス殿下の帝位継承を当元老院にて承認するか否かじゃが…賛成の者は起立せいっ」


 大クィンキナトゥス卿の言葉で、蝿を手で追い払いながらゆっくり立ち上がり始める議員達。

 程なくして全員が立ち上がった。

 その光景を満足げに眺め、大クィンキナトゥス卿はぱんと手を打ち鳴らして宣言する。


「ここに当元老院はユリアヌスの帝位継承を承認する…ただ、西方帝国史上最も臭く、汚い元老院じゃが…構わんかね?皇帝陛下」

「構わないでしょう」


 大クィンキナトゥス卿が悪戯小僧のような笑顔で言うと、ユリアヌスも苦笑で応じた。


「では、西方帝国史上最も臭く汚い元老院は、西方帝国史上最も気高く高潔な意志においてユリアヌス帝を認めるっ」


 笑顔を浮かべた大クィンキナトゥス卿の宣言で拍手が本陣に満ち、ユリアヌスは歴代皇帝がそうしたように鷹揚な笑みで議員達に手を振り、両手を広げて帝位継承の承認を得たことに謝意を示すのだった。


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