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第17章 決戦(その3)

すいませんが今日は更新だけ…眠いです。

 帝国領リーメシア州、コロニア・リーメシア郊外


 残暑の強い陽射しが残る、帝国東部はリーメシア州、コロニア・リーメシア郊外の平原には、まさに世紀の一戦となるべく2つの軍勢が集結していた。

 南側に陣取るのは鈍色の帝国風の鎧兜に青を基調とした大楯を並べたシレンティウム軍の北方軍団兵、背中には今や彼らのトレードマークとなったクリフォナム風の青いマントが翻っている。

北側には砂色の丸盾を構え、ばらばらと短い槍を突き出して居並ぶ南方歩兵に、白を基調とする円形の大楯を構えた、重装歩兵傭兵が長槍を立てて整然と並んでいた。


「ほう…騎馬を温存するのか?」


 アスファリフがシレンティウム軍の陣構えを見てつぶやいた。

 アスファリフの言うとおり、シレンティウム軍は各軍団から抽出した重装騎兵と騎兵団の騎兵併せて1万全てを本陣に配置している。

 翻ってシルーハ軍は2万余の騎兵を左右に振り分けて配置する基本的な西方陣形を組んでいた。



「おい、軍使を出せ、敵の辺境護民官とやらの面を拝んでやろう」

「…危険ではありませんか?」

「あん?ああ、そりゃ大丈夫だ、卑怯もんじゃねえよ、あいつは」

「どこかで面識がおありですか?」

「はは、あると言えば有るが、無いと言えば無いな!」

「はあ、そうですか…」

「英雄は英雄を知るってやつだ…まあ、良いから出せ…て言うかまだるっこしいな、俺が直接行く」

「それは!」

「大丈夫だ、さっきも言ったが俺たちみたいに卑怯もんじゃねえよ、あいつはよ」



『…軍使であるな』


 シルーハ軍の陣営から3騎の部将と思われる者が進み出てきたのを望見したアルトリウスがハルに声を掛けた。


「今更何でしょうか?」


 3人の部将はハルの目にも映るが、特に何かをするというわけでも無く、じっと両軍の中央でこちらを見つめている。

 その様子を見たアルトリウスが面白がるような声を出した。


『ふふふ、面白い…ハルヨシよ、あやつらはお主の顔を拝みに来たのである。全く持って面白みのある奴らである!応じてやるが良い』

「いや、それは危険だ…罠かも知れない」


 アルトリウスの言葉に、すかさずベリウスが反対意見を述べる。

 しかしハルは少し考えた後に一つ頷くと、ベリウスを始めとする将官達に告げた。


「先任の言う通り、ここは会ってみようと思います…何か交渉の糸口がつかめるかも知れませんし…それに、どんな人物か見てみたいっていうのもあります」

『それでこそ我が見込んだ後継者よ!ではいざ行かん!』

「あれ?先任も?」


 てっきり居残るとばかり思っていたハルは、アルトリウスの言葉に驚いて質問を返すが、アルトリウスは全く悪びれるところ無く答えた。


『当然であるっ帝国をここまで追い込んだ人間を我は外に知らぬ。是非とも一度会っておかなくてはならないのである、正に冥土の土産である!』

「え…冥土へはもう行かないのではないですか?」


 ハルが思わず言葉を返すと、一瞬怯んだアルトリウスであったが、力強く言葉を継いだ。


『…モノのタトエであるっ』



ハルがベリウスと護衛のレイルケンを伴ってシルーハの部将が屯する場所に近づくと、中央の男臭い髭面の部将がにかりと笑みを浮かべて声を掛けてきた。


「おおっ?あんたが噂の辺境護民官か…思っていたより若いな!」

「そういうあなたは…まさかアスファリフ将軍ですか?」


 驚くハルに、アスファリフは破顔して言い返す。


「おう、そういうお前も直に来ただろうが、お互い様だ。ま、堅苦しいのは抜きにして少し話そうじゃ無いか…お前、北へ引き上げる気は無いか?」

「…どういう事ですか?」


 アスファリフの突然の言葉に警戒心も露わに聞き返すハル。

 その様子にふっと口角を上げてアスファリフが言葉を継いだ。


「何、簡単な話さ、あんたが占拠したシルーハ領のルグーサはくれてやる。但しユリアルス城は俺に渡せ…そうだな、コロニア・リーメシアと元の関所の周辺もくれてやろう…ポゥトルス・リーメスと帝国東部諸州はこちらに貰う」

「…お断りします」

「悪い条件じゃ無いと思うんだがな」


 肩をすくめるアスファリフ。

 しかしそれ程残念そうにも見えない。


「こちらの要請は帝国領からの撤兵と3国講和です。であればルグーサとシルーハのこちら側の占領地は返しましょう」


 アスファリフの提案をにべもなく断わったハルが提案を返した。

 しかしその提案を聞いたアスファリフが今度は怪訝な表情になって質問を返す。


「3国講和って、帝国とシルーハは分かるが、後はどこの国だ?お前んとこかよ?」

「東照に決まっています」

「………なるほど、使い捨てにはしないって事か」


 感心したような声色のアスファリフに、ハルは逆に何を言っているんだと言わんばかりの様子で答えた。


「当然でしょう」

「…面白いな…実に面白い、俺がシルーハの実権を持っていたならその話に乗ってやっても良いが、生憎俺はシルーハの商人共に雇われたしがない傭兵なんでね、それは雇い主の意向では無いので応じられねえな」


 しかし、アスファリフはそう言うと早くも馬首を返した。


「…では?」


 ハルの言葉に馬を進めながらアスファリフが応じる。


「おう、俺に勝てばお前の要求も通るかも知れないが、今この時においては交渉決裂だ。言っとくが俺は強いぞ?」

「それはそっくりお返しします」

「はっ!違いない、じゃあなっ」




 自軍の本陣へ帰ったアスファリフは心底愉しそうに口を開く。


「くくく、いや、面白いっ俺は絶対あいつに吠え面をかかせてやりたくなった!」

「…基本戦略は変えなくとも良いですか?」

「ああ、このまま行く」


 斥候頭の言葉にそう返したアスファリフは配下の兵士達を眺めた。

 歩兵はシレンティウム軍が北方軍団兵3万に対し、シルーハ軍は当初よりだいぶ減ってしまったが未だ南方歩兵3万と重装歩兵傭兵1万5千がいる。

 しかしアスファリフは弱兵である南方歩兵の数を勘案しても歩兵については互角と踏んでいた。

 正直北方軍団兵の実力は未知数で有るものの、帝国兵と同等の能力はあるだろうと考えていたアスファリフは、先頃帝国軍を破った時と同様に正面を傭兵に受持たせて北方軍団兵を包囲するつもりである。


 騎兵の数がシルーハの半分程度と帝国よりかなり多いのが気になるが、それでも半分は半分であり、騎兵の用兵に自信のあるアスファリフは正面から敵騎兵を討ち破るつもりでいた。

 敵の陣容を読み取り素早く戦術を組み立てたアスファリフは、陣内を馬で駆け回り兵士達を鼓舞する。


「色々煩わしい事もあるが、今はこの時、戦いを存分に楽しむとしようっ!貴様ら負けんじゃねえぞっ!!指示を聞き漏らすな!同輩を見捨てるな!勇気を保てっ!俺たちは最強だ!」


うおっ!


 アスファリフの檄に呼応する兵士達。


 シルーハの召集南方歩兵、シルーハの正規騎馬兵、重装歩兵傭兵、騎馬傭兵など、兵種やその出自、成り立ちに大きな違いは有るが、等しくアスファリフの指揮下において敵地で戦ってきた歴戦の兵士達の気力が漲る。


「いくぞっ、北の護民官!」


 アスファリフが黒の聖剣を抜き、前へ振ると同時にシルーハ軍が動き出した。






「先任はどう見ますかあの人を?」

『…アスファリフか…まあ、時代の寵児ではあろうな、英雄の資質はある、油断せぬ事だ』

「それは分かっていますが…」


 少し考えるように下を見るハルに、アルトリウスの声が響く。


『ハルヨシよ、敵が動いたのである』

 

 シルーハ軍が動き出したのを察知したアルトリウスに促され、馬上のハルは静かに顔を上げる。

 シレンティウム軍の布陣は左翼に第21軍団、右翼に第23軍団を配置し、正面にシレンティウム軍団、フェッルム軍団が並び、そしてその後方正面第2陣にアルトリウス軍団が控えている。


「では、手はず通りに…」

『うむ、まずは正面衝突であるな!』


 アルトリウスの言葉にこくりと頷くと、ハルは進み来るシルーハ軍をきっと睨み付けて大声を発した。 


「兵士諸君!只今から我等は最後の決戦に赴くっ!敵はシルーハの傭兵将軍こと雷撃のアスファリフ率いるシルーハ軍7万!数には劣る我々だが、諸君達の士気と練度は敵とは比ぶべくも無く、真に軍として機能するのはアスファリフの傭兵3万とシルーハ騎兵1万のみである事を考えれば、その数に遜色は無いっ!奮え、勇めっ、この一戦こそ歴史に残る一戦となろう!行くぞ!!!」


 おうっ!!


「まずは歓迎の矢を浴びせろっ。一斉射開始!」


 ハルの号令で、シレンティウム軍の矢が一斉に引き絞られる。

 そして、すさまじい弦音と共に空が黒くなるほどの矢が放たれた。

帝国東部平原の戦いの火ぶたが切って落とされたのである。





「おっ、早速来たな…頭上防御態勢!そのまま進め!」


 シレンティウム軍から矢が放たれた事を見て取ったアスファリフの命令で、前線を進む歩兵たちが一斉に丸盾を頭上にかざす。

 しばらく進んだ所で次々に落下してきたシレンティウム軍の矢が丸盾に炸裂し始めた。

 がんがんがんと乾いた音と共に矢が丸盾に突き立つ。

 中には簡素な盾を貫かれて手や胸に矢が突き立ち、絶叫して倒れる南方歩兵もいるが、主力である重装傭兵はその上質な盾で概ねシレンティウム軍の矢を防ぎきった。

 シルーハ軍にも弓矢の部隊はいるが軽装弓兵であるので、ガッチリ鎧兜で身を固めた北方軍団兵の弓装備隊と撃合いをしてしまうと、どうしても撃たれ弱い分損害が大きくなってしまうし、同じく軽装備の南方歩兵も投射兵器には弱い。

 それであれば盾で矢を防ぎつつ接近戦に持ち込んでしまった方が良いとアスファリフは判断したのだ。


「騎兵、左右から展開開始!」


 アスファリフの命令で、左翼に配置されていたシルーハ騎兵と右翼に配置されていた騎兵傭兵が動き出す。

 両翼に騎兵が配置されていないシレンティウム軍を包囲する為の行動である。

 シレンティウム軍は左右に北方軍団兵を分厚く配置して騎兵対策を取ってはいるものの、アスファリフからすれば機動力のある騎兵に対しての配置としてはお粗末であった。


「さあ、どうするかな?」





 ハルは弓矢による攻撃を続行させながら、シルーハ騎兵が左右に展開し始めたのを見てとった。


「先任…」

『うむ、騎兵が動いたのであるな。シルーハ…というか敵将アスファリフお得意の包囲攻撃であるな』


 ハルの声にアルトリウスが素早く反応した。

 シルーハの騎兵は装備的には軽装であるが、白兵戦を得意とする軽騎兵と、弓矢を装備した弓騎兵がおり、いずれも素早さに定評がある一方防御力や突撃力には若干難がある。

 その為、クリフォナムの東部諸族を真似たシレンティウム軍の重装騎兵や帝国の重装騎兵といった装備に勝る相手に対して正面からあたる事はしない。

 大体は歩兵の後方攪乱や腹背攻撃、追撃戦などに使われるが、厄介なのはその数である。

 ざっと見ただけでも左翼だけでシレンティウム軍の騎兵と同数、右翼を併せれば2倍になるだろう。

 そこでハルは基本的には北方軍団兵に騎兵の対処をさせ、その隙に片方の騎兵を討ち破ろうと考えたのである。

 左右どちらかだけであれば同数である上に、こちらは装備で勝っている。

 大きく回り込まれてしまえば挟み撃ちをされる恐れがあったが、そこは北方軍団兵に頑張って貰う他無いが、その為にわざわざ歴戦の第21軍団を左翼に、そして第23軍団を右翼に配置したのだ。

 間もなく左翼の第21軍団とシルーハ騎兵が衝突する。


「ルーダ、がんばれよ」

『おう、あのアルマールの小僧か…まあ、あ奴であれば大丈夫なのである』




 シレンティウム軍左翼


「よしっ、騎兵が来るぞ!各人対騎兵攻撃準備!」


 アルマール族の小僧こと、ルーダは現在第21軍団軍団長代行の地位にある。

 第21軍団は辺境護民官であるハルが直接率いる部隊であるが、今回に限ってハルは騎兵団を直卒しているため第21軍団の指揮は軍団長代行であるルーダに回ってきたのである。

 ルーダの命令で北方軍団兵は盾の裏から手投げ矢を取り外す。


「対騎兵亀甲隊形取れ!」


 ルーダの号令で大楯を並べ、その隙間から槍を突き出す第21軍団の北方軍団兵達。

 今回新たに考案された対騎兵亀甲隊形は、槍装備の兵を前面に置き、騎兵突撃や乗り崩しを掛けられないように、盾壁の合間合間から槍を前に突き出すのだ。

 シルーハの騎兵達には弓騎兵が混じっており、盛んに矢を撃ってくるが固い大楯の壁に阻まれて矢は北方軍団兵までは届かない。

 一頻り矢を放った後、シルーハ騎兵が喊声と共に突撃してきた。


「手投げ矢用意!」


 そして怯んだ騎兵相手に、手投げ矢を雨霰と降り注ぐのがシレンティウム軍の基本的な対騎兵戦法である。


「まだまだ…」


 ルーダが生唾を飲み込みながら迫る騎兵を凝視する。

 遠すぎては威力が減退してしまうどころか届きさえしないかもしれない。

 逆に引付け過ぎてしまえば矢を投げる前に突撃されてしまう。


「まだだ…」


 地響きの音を立てて迫るシルーハの褐色の騎馬戦士達。

 歯を剥き出して喊声を上げ長剣を振りかざし、あるいは槍を突き出して迫る。


「まだだっ…」


 ルーダの声にも焦りが含まれるが、北方軍団兵達の手投げ矢を握る手にも汗がにじむ。

 シルーハ騎兵の歯の一本一本、顔のしわが見えた。

 馬のたてがみが、蹄の筋が、浮き出た血管がはっきり視認出来る。

 最前列の北方軍団兵が歯を食いしばって迫るシルーハ騎兵の恐怖に耐えきれなくなったその瞬間。


「撃てええええええっ!!」


 待ち望んでいた命令がルーダの絶叫となって北方軍団兵達の耳に届いた。


 ぶわっ


 渾身の力を込めた手投げ矢が3列目以降から放たれ、斜め前方から降り注ぐ手投げ矢がシルーハ騎兵に襲いかかる。

 手投げ矢に額を射貫かれて馬に乗ったまま絶命するシルーハ兵。

 馬の首筋に手投げ矢が刺さり、絶命した馬の下敷きになって死ぬ騎兵。

 肩口に手投げ矢を受けてバランスを崩し落馬するシルーハ兵に、後方の騎兵が突っ込んで撥ね飛ばす。

 別の場所では数本の手投げ矢を撃ち込まれて馬諸共騎兵が絶命していた。

 たちまち混乱の渦に巻き込まれるシルーハ騎兵。

 足が止まった騎兵達に更なる投擲兵器と矢の嵐が降り注ぐ。



 シルーハ騎兵にとって歩兵とは蹂躙の対象であり、絶対優位の兵科のはずであった。

 歩兵が騎兵に対抗する術と言えばせいぜい槍を並べて突撃を牽制する程度である。

 西方諸国のように密集方陣を組まれれば厄介ではあるが、それでも側面に回り込んでしまえば運動性の無い歩兵など鎧袖一触に出来たはずなのだ。

 数騎は乗り崩しを掛けられたようであるが、それも余りに少数過ぎてすぐに北方軍団兵の槍玉に挙げられてしまった。

しかも残った騎兵達は足が止まったところを狙われて手投げ矢と弓矢の攻撃でばたばたと討ち取られている。


「なっ、何だと…!くそ、さがれさがれっ!立て直すんだ!」


 シルーハの騎兵隊長が余りの惨状に思わず後退を命じるが、その命令が遅かった事はすぐに知れた。


「突撃!」


おおおお!


 ハルの号令で本陣にいたシレンティウムの重装騎兵が一気呵成に突撃を開始する。

投擲兵器の攻撃がぴたりと止んだ事に安堵していたシルーハ騎兵の表情が再び引きつった。

 北方軍団兵と同様の鎧兜に身を包み、槍を手に突っ込んでくるクリフォナム人の重装騎兵に次々と血祭りに上げられ、シルーハの騎兵達は恐慌状態に陥る。

 槍で正面から胴を突き抜かれて落馬するシルーハ騎兵。

 振り上げた長剣もむなしく、槍を顔に突き込まれて落馬する者。

 シレンティウムの重装騎兵の波状突撃を受け、シルーハの軽装騎兵がみるみる数を減らす。


 そしてついに騎兵隊長が落馬し、重装騎兵の槍に突き倒されると、シルーハの右翼騎兵は潰走状態となった。


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