表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/129

第16章 戦乱の風 シルーハ蠢動篇(その3)

 ユリアルス城


 帝国第3軍団軍団長は、恥も外聞も無く逃げていた。

 剣や兜、盾はとうに捨てている、そんな物はあの相手に何の役にも立たないからだ。

 本当は鎧も脱ぎ捨てたいが、時間が惜しい。

 今は一刻も早くこの事態を帝都へ伝えなければならない。

 滝のように流れる汗を拭いもせず、軍団長はひた走った。


 時間は数刻遡るころ、事は起こった。

 シルーハの大軍が迫っていると聞いた帝国軍第3軍団は、ユリアルス城において直ちに臨戦態勢を取り、国境守備隊へ連絡を取り、更には帝国への報告を試みた。

 しかしどこからともなく現れた騎乗の盗賊団にそれらは尽く阻止され、失敗に終わる。

 それでも帝国第3軍団は動じること無く迎撃準備を粛々と進めていたのであるが、そこで開かずの間に封じられてここユリアルス城を百年にわたって守ってきたリキニウスの亡霊が裏切ったのである。

 立ち向かった兵達は皆砂になるか、身体の一部を崩されて死んだ。

 残った兵達は余りの出来事に恐怖し、逃げ散ってしまった。


「く、リキニウス将軍が…裏切りとはっ!」

『裏切ったのは私では無い、君たち帝国だ』


 突如目の前に現われたリキニウスに驚いて踵を返すが、その手が軍団長の肩に触れた。


「ぐああああああっ!」


絶叫すると同時にたちまち枯れ木のようになり、最後は砂となって崩れ落ちる軍団長の姿を見て、リキニウスは眉根を寄せたが、すぐに顔を上げると城門へと向かう。

 生者の精気を吸うことは出来ても鉄や石はどうにも出来ない。

 門を開けるには、シルーハ軍の兵士達に第3軍団が壊滅したことを伝え、城門をよじ登って貰うしか無いのだ。



 帝国第3軍団壊滅後、しばらくして到着したアスファリフは、すぐに歩兵の数名をユリアルス城へ入り込ませ、城門を開けさせて城を接収した。

 守備の兵や指揮官を決め、食料や馬糧、予備の武器を運び入れると、アスファリフはリキニウスの居る帝国側の城門へと向かったのだった。



『…貴様達の望みは叶えたぞ、私を解放しろ』


 アスファリフが城門の最上段へ到着すると、帝国東部諸州の沃野を眺めていたリキニウスが振り向きもせずに声を掛けてきた。


「まあ、焦るな将軍、過去のとは言え英雄を前にして話してみたいと思うのは人の性だろう?」

『…知らぬ、私は人をやめて久しいからな』


 努めて陽気な声を出すアスファリフに、リキニウスは素っ気なく答える。

 しかしアスファリフはめげずに言葉を継いだ。


「ははは、英雄は洒落も良いな!」

『…色々と画策していたのは全て貴様か、大したものだ…』

「俺は臆病でね、何かをやるのに人より多めに、そして念入りに準備をするだけの事さ、少し考えれば誰にでも出来る事を誰がやっても同じようにやるだけ、少しは考えるがね…どうだ、俺に興味が湧いたか?」


 からかうようなアスファリフの言葉にも、リキニウスは寂しそうに頭を左右に振りながらゆっくりと言葉を紡ぐ。


『…いや、もう私は疲れた。世界のありように興味を持つこともないし、干渉するつもりも無い。私の望みは、ただ此の世にあらぬようになることだけだ』

「そうかい…それは残念だな…では、さらばだ豪腕将軍」


 リキニウスの言葉を聞き終わるやいなやアスファリフはそう冷たく言いつつ、腰の剣を目にもとまらぬ速さで抜き放ってリキニウスの胸に突き立てた。

 柄や鞘だけでなく、剣身まで真っ黒の長剣が、リキニウスの幽体に刺さる。


『ぐおっ…貴様…幽体の私を何故…?』


 剣が刺さった場所からすさまじい勢いで霊気が放出され、透けていたリキニウスの身体がより一層薄くなり始める。

 驚愕に彩られるリキニウスの顔を冷徹に見ながら、アスファリフは剣をそのままに口を開いた。


「聖剣だ、英雄ともなれば聞いたことぐらいあるだろう?」

『…ぐむう、まさか…本物が……ああぁ』

「そう、最近じゃ平民の英雄アルトリウスが持っていた白の聖剣、西方帝国建国の英雄皇帝マルスが振るったという朱の聖剣、西方諸国統一を夢見た僭主ローキオンの橙の聖剣、東照帝国中興の名宰相、黎昭光が手にした碧の聖剣、そしてナイショで俺が持っているのがこれ、黒の聖剣だ」

『これは…これは昇天や解放では無い…消滅ではないかあぁぁぁぁぁぉぉっ…』


 絶叫しつつアスファリフを道連れにしようと手を伸ばすが果たせず、消滅するリキニウス。

 リキニウスが完全に消滅したことを確かめてからアスファリフは剣を戻し鞘へと収めた。


「上手くいったか…ま、悪いが死霊のあんたに何時までも居座られちゃ動けるモノも動けないからな」


 リキニウスが見ていた帝国東部諸州の沃野をちらりと見遣り、アスファリフは踵を返す。


「さて、邪魔な副皇帝サマは遙かセトリア内海の西の端、辺境護民官は蛮族の王子様が牽制してくれるし、副皇帝以外味方が居なけりゃ国境を越えられない、東照は今頃本国との連絡で躍起、帝国軍は南で半減、ユリアルス城の帝国軍と死霊は消えた、俺の配下にはシルーハ軍5万に傭兵3万…良い、実に良い感じだ」


 にいっと口を笑みの形にしたアスファリフは、階下に勢揃いしたシルーハ軍を眺めつつ叫んだ。


「はっ!東部と言わず帝都までイける陣容だな!」





 シレンティウム行政区・行政庁舎、大会議室


シレンティウムに相次いで入ってきた至急の知らせを一瞥し、ハルはアルトリウスを呼び、直ちに行政府の主立った者達を集める。

 ハルが手にしたのは、秋瑠源継からもたらされた帝国南方派遣軍大敗の報と、東照城市大使の介大成経由で東照の黎盛行から寄越されたシルーハの動向に関する物である。


 戦争が近い。


 シッティウス以下行政府の面々に続いて、クイントゥスら軍の指揮官達も集まってくる。

 それに加えて今回は都市参事会の会長を務める事になったアルキアンドと情報収集をしている楓とプリミアも会議に加わった。

 シレンティウムの街区代表を元に、都市参事会は以前より準備されていたが、ようやく人口が10万に達した事を機に正式発足したのである。

 ハルはいつも通り集まった面々に報せの内容を簡単に伝えた後、その手紙そのものを回覧させた。


「…これは、まずい事になるでしょうな…シルーハの狙いは、状況から見るに帝国領東方の占拠ですかな?」

『まずいどころでは無い、恐らくその意図でシルーハは帝国に戦をしかける。我々の身の振り方をしっかり考えておかねば徒に巻き込まれ、背負わなくとも良い物まで背負う羽目になろう。シルーハの狙いは交易路である。あの商人国家の成り立ちを考えれば至極簡単である、おそらくシレンティウム経由の交易路を支配下に置きたいのであろう』


 手紙を全員が読み終えると、早速シッティウスとアルトリウスが意見を述べた。

 それについてルキウスが質問する。


「でも何で攻めるのはここじゃ無くて帝国なんだ?シレンティウム経由の交易路が欲しいんだろ?」

『うむ、それはシレンティウムはあくまで経由地であるからである。シレンティウムを経由しようがシルーハを経由しようが、最終的に帝国と東照の間で流れる物品が一番価値がある上に、量も多いのだ、故にシレンティウムと帝国の出入り口をシルーハで塞いでしまえばシルーハが交易を独占出来る。シレンティウムを通して商人達が交易している一番の理由は関税が無い事とシルーハの強欲商人共に中間利益を搾取されないことであるが、シルーハが間に入ればその旨味も消せるのである。さすればわざわざ陸路を取らずとも、シルーハ経由の海路に交易路が戻ると言うわけである』

「なるほど…」

『それに、今帝国は弱体化しておる上に屋台骨にガタがきている、ガッチリ固まってこれから飛躍しようとしておる我らに攻めかかって滅ぼすより、帝国の一部をかすめ取った方が効率が良かろう…それに、いかな衰えたりとは言え帝国は大国、何か良い攻め口が見つかったか、あるいは手引きしている者が居るやもしれんのである。未だ帝国の半分にも満たない我等を攻めるより、帝国を相手取った方が効率が良いし成功の見込みもあると踏んだ理由があるのであろう』

「…貴族共ですかな、ありがちなことですが愚かなことですな。自己の利益に固執する余り物事の本質を見誤るとは…ま、それ故に我々がここに居るわけですが」


 シッティウスの言葉に会議に出ている全員が苦笑を漏らす。

 ハルがクイントゥスに向かって質問した。


「クイントゥス、訓練が終わっているのはどのくらいの兵数になる?」

「シレンティウム駐在の軍であれば、第21軍団、第23軍団、シレンティウム軍団、フェッルム軍団、アルトリウス軍団、の3万5千に、第1騎兵団5000です。それ以外に現在1個軍団が訓練中です。また、コロニア・メリディエトの第22軍団、フレーディアのフレーディア軍団がそれぞれ7000ずつの1万4千」

「よし、シレンティウム駐在軍をすぐに動かせるように準備させてくれ。訓練中の軍はそのままで良い」


 すらすらと答えるクイントゥスに頷き、ハルは指示を出すと次いでルルスらに向き直る。


「サックス農業長官、備蓄食糧で軍へ回せる分量は?」

「はい、およそ5万ほどですから…補給体制を確立出来れば1年は大丈夫かと」


「スイリウス工芸長官、矢や投げ槍なんかの消耗品の生産は?」

「…体制は確立している、原料もすぐ手に入る…いつでも大丈夫…」

「ではすぐに生産に入って下さい」

「…分かった」


「カウデクス財務長官、資金は?」

「埋蔵金も随分使っておりますが…まだ3分の1は残っていますわ。存分に戦って下さって結構ですわ」


「オルキウス長官、商人を通じて戦時物資と食糧、馬糧の購入をお願いします」

「承知しました。早速買い集めましょう」


「ルキウス、シレンティウムの治安と間諜対策は頼んだぞ」

「ああ、任せとけ」


戦いの下準備を各部署長官に命じるとハルは正面に向き直った。


「では…残念ではありますがシレンティウム同盟は只今より戦時体制に入ります。各部族に戦争の概要を通知し、協力内容の確認を行って下さい」

「承知しました」


 シッティウスが分厚い資料へ何事かを書き付けながら応じる。

 その時、大会議室の隅から遠慮がちな声が上がった。


「あの…宜しいですか?」

「プリミア?どうぞ」


 発言を求めたプリミアにハルが承諾を与えると、プリミアは席から丁寧に立ち上がり、ぺこりとお辞儀をしてから話し始めた。


「すいません、多分関係があるんじゃ無いかと思って…実はシルーハの商人さん達が慌ててコロニア・メリディエト経由で帰っています。その他にも…ヘオン経由で入ってくるシルーハの人達が途絶えたみたいです」

『…なるほど、それは臭いな、恐らく本軍では無いだろうが、我等を牽制せんとして南から軍が入り込んでこよう。大きな帝国を攻めるのに我等にまで手を出す余裕は本来無いはずであるからな』


 プリミアの言葉にアルトリウスがすかさず反応した。


「…また、ダンフォード王子の手引きですか?あそこにいるんですよね」

『分からんが、いずれにせよ敵の規模や作戦意図がはっきりつかめぬ事には対処も限定的になってしまう。ただ、我等への攻め口は分かった。これは大きい』

「楓、至急陰者をシルーハとの境へ派遣してくれ」

「うん、分かった」


『…ハルヨシよ、お主は如何するつもりか?』

「そうですね、コロニア・メリディエトからアダマンティウスさんの第22軍団と合流して東部諸州へ展開するのが早いと思います。ただ、これですと誰かの要請が無いと…」

『うむ、副皇帝陛下は何処で何をしているのか知らんが、近々にはおらぬようであるしな…戦端が開かれてからでは遅いが…』

「…困りました」

『…まあ、一つ手があるのであるが…聞くか?』

「………お願いします」


 にんまりと笑うアルトリウスに、全員が興味津々でその策について聞き入るのだった。





 帝都中央街区・元老院議場


「それは…本当なのか…」


 皇帝マグヌスがそれだけを言って絶句する。

 静まりかえる元老院の白亜の議場に、マグヌスの発した陰鬱な声だけがやけに遠く、そしてはっきりと響き渡った。

 それは皇帝だけでは無くこの議場に居る者全ての共通した思い。

 嘘であって欲しいという願望を多分に含んだ思いがそこには込められていた。

 しかし、ボロボロの軍装を纏い、顔に大きな刀傷を付けた百人隊長の声がその思いを打ち砕く。


「…間違い御座いません。帝国軍南方派遣軍は壊滅に等しい打撃を受けました」


 動揺の声すら出せず、軍部、貴族、官吏の別なく元老院議員達が固まる。

 元老院が一致した、それはここ百年来で初めての光景だったかもしれない。




 先程東部国境がシルーハの大軍に破られ、ユリアルス城が既に落ちているという凶報を第3軍団の敗残兵達から受けたコロニア・リーメシア市長の報告で知ったばかりである。

 普通であればユリアルス城から早馬や伝送石通信で為される緊急通信が遅れ、後手に回った帝国。

 すぐにマグヌスの命令でリーメシア州にて作戦行動中の第4軍団と帝都警備の第1軍団に、南方派遣予定で帝都に駐屯中の第10軍団併せて2万1千が派遣されたが、遅きに失した感は否めない。

 それでも打てる手は打たなくてはならなかったマグヌスが、その事後承認のために開いた元老院へ、更にとんでもない凶報がもたらされたのである。




 しばらく身じろぎ一つしないで静まりかえっていた元老院議場は、やがて皇帝のゆっくりとした質問によってその静寂を破られた。


「…説明…せよ……」

「はっ…スキピウス総司令官率いる我が帝国軍6万余は、ウティカ市を進発し、周辺部族の連合軍を撃破した後、ゴーラ族の本拠地であるモースラ樹林地帯へと入ったのですが、ここで不正規戦をしかけられて消耗。その後樹林地帯での決戦にて大敗を喫し、実に3万以上の兵士達が討たれてしまいました…総司令官のスキピウス将軍をはじめ、副官のヒルティウス将軍らは軒並み戦死し、現在はカトゥルス将軍が臨時の総司令官として南方戦線を辛うじて維持しております。我が軍の敗戦を受けて周辺諸部族の離反も相次ぎ、根拠地であるウティカ市も攻囲されており予断を許しません。敗残兵は一時群島嶼へ退避させておりますが…群島嶼の貴族…かつての大氏達が不穏な動きを見せており、押さえに置いてある第20軍団からは応援を求める報告書が届いています」


 一気に詩を読み上げるかのような朗々たる報告を為した百人隊長。

 しかしそれを聞いた元老院議員達の衝撃や恐怖による行動は、最早滑稽ですらあった。


「……げ、現在南方に残っている兵数は如何ほどか?」

「…傷病兵含めまして約1万7千」


 執政官のカッシウスが詰まりながらも尋ねると、百人隊長は見向きもせずに答える。

 しかしその無礼をとがめる者は誰も居なかった。

 その報告内容が余りにも衝撃的であったからである。


「……い、1万7千だとっ!」

「何と言うことだ……ああっ」

「スキピウス、あの愚か者が…!準備も整わぬ間に…くそっ」


 口々に悲鳴じみた声を上げる元老院議員達。

派遣された時の半分以下に減った帝国兵は、帝国各地から無理を重ねて抽出した掛け替えのない重要戦力である。

 一朝一夕には補充の出来ない貴重な兵士達が一気に失われてしまったのだ。

 この結果が外交や国内統治に与える影響は計り知れない。


「その他に群島嶼にて手当を受けている兵士達は約5千名ですが…重傷者が多く使い物にはならないでしょう」


 百人隊長の補足説明を聞き終え、マグヌスが言葉を発する。


「第6軍団と第7軍団は予定では既に群島嶼近海であったな…では、第6軍団は南方大陸へ派遣せよ、但し!敗残兵の撤収と南方領の維持を主任務としそれ以上の交戦は認めない。それから第7軍団は群島嶼へ派遣し、現地の治安維持と敗残兵の収容にあたれ。何としても大氏どもに反乱を起こさせるな、そして群島嶼に逃れた兵達を必ず連れ帰れ、良いな?」

「はっ」


 百人隊長が喜色を浮かべて立ち去る。

 皇帝は兵士達を見捨てない意思を示した。

 軍では無く、兵士達を、である。


「それから…カッシウス、行政府で至急軍再編の計画を立てよ、シルーハに対抗せねばならん、退役兵達を臨時招集するのだ」

「…し、承知致しました」


 腰を席から上げ、周囲の官吏達と打ち合わせを始めるカッシウス。

 マグヌスが矢継ぎ早に指示を出し、その施策が動き出そうとしたその時、横合いから声が飛んだ。


「お待ち頂きたい、いったい今の指示は誰の権限で為されておりますのか?我等元老院を蔑ろにするのはやめて頂きたいっ!」


 議場の動きが止まる。

 見れば声を飛ばしたのは貴族派貴族のプルトゥス卿であったが、その背後にはルシーリウス卿が不敵な笑みを浮かべて控えている。

 マグヌスの白いこめかみに血管が浮き上がり、骨張った拳が強く握りしめられた。


「この非常時に貴殿らと言葉遊びをしている暇は無い!皇帝の権限で事を為すのだ、何か不都合があるのか」


 怒鳴りつけたい気持ちを抑え極めて平板な口調で告げるマグヌスに、今度はタルニウス卿が立ち上がる。

 その顔にはいやらしいとしか表現のしようが無い笑みが浮かんでいた。


「陛下、陛下は勘違いしておられる。陛下の権限は元老院あってのもの、元老院から負託された権限を行使するのが皇帝のはず、今の言葉はその根源たる元老院を軽視していると言わざるを得ませんぞ」


 その言葉を待っていたかのように、一斉に貴族派貴族から罵声やヤジが飛んだ。


「元老院軽視は許されぬ!」

「そうだ横暴だ!」

「皇帝陛下は元老院に謝罪せよっ」

「元老院あってこその帝国と皇帝であろう!」


 騒然となる議場に呆気に取られ、カッシウスは動くことが出来なくなってしまった。

 呆然とその様子を眺めるマグヌス。

 惨憺たる有様の議場を満足そうに眺め、ルシーリウス卿がゆっくりと立ち上がり、徐に口を開いた。


「陛下、残念ながら陛下におかれましては此度の敗戦の責任をも取って頂かなくてはなりません…無謀な南方大陸作戦を承認し、軍の弱体化を招いて帝国に危機を呼び込みましたる事、これは陛下の責任で御座います。我等は反対致しましたモノを…当時これを主導した軍総司令官は既に戦死致しましたので、特に問責することはしませんが、残軍を率いている司令官を後日呼び出し詰問いたしましょう。そしてそこにおる執政官もこの件については同罪、戦争準備を為したものの、その不手際で敗戦を招いたのでしょう。まず私は現執政官カッシウス殿の解任と、タルニウス卿の執政官就任を発議致します」


「ま、待て…!」


 焦って制止しようとするマグヌスを冷たく見下ろし、ルシーリウス卿が言う。


「……待つ必要を感じません、ああ、それから官吏共は退席しろ」

「なっ?何を言うかっ」

「それこそ横暴ではないか!」


 続いた言葉に色めき立つ中央官吏派の元老院議員達。

 彼らは官吏であると同時に元老院議員でもあるため退席する必要性は一切無い。

 当然根拠の無いルシーリウス卿の命令口調に対して一斉に反発した官吏達だったが、次の瞬間身を凍らせた。

 議場へ入ってきたのは、帝都で最近勢力を伸ばしている闇の組合の構成員達、本来このような場所に居てはいけない者達である。


「…ルシーリウス、貴様このような真似をして…」

「ふふふ長老、実力を持たない者は悲しいですな…武力行使とは素晴らしいものだ」


 元老院議長である長老が、その禿頭を真っ赤に染め上げて怒るが、ルシーリウスは含み笑い、意に介さない。

 その言葉に思い当たった長老が更に激しく激高した。


「貴様っ!!シルーハを呼び込んだなっ!!」

「何を根拠に…耄碌爺は困りますな…侮辱罪で告訴するぞ!」

「やってみよ!おのれよくも…シルーハを呼び込み帝都から軍を遠ざけたなっ!これが狙いか!」


 恫喝するルシーリウス卿にいささかも怯まず、長老が怒声を張り上げる。

 正に長老の言うその通りの意図であったことから、ルシーリウス卿はこれを無視することに決めて組合の者達に指示を出した。


「……貴族以外は連れ出せ、抵抗するようなら痛め付けても構わんぞ」

「……貴様あっ!」

「五月蠅いっ、黙れ議長!お前も出て行け!!…恐れながら皇帝陛下には話がある、それ以外の者は全て排除しろ」


 闇の組合員達が動き出し、あちこちで議員達と小競り合いが起きた。

 元老院議場は一気に混乱の坩堝と化し、その様子をマグヌスは呆然と眺めていることしか出来なかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ