大事件の村‐05
エントは恋人の裏切りを知った後、半年ほど行動を観察していた。自身が彼女にとって本命ではなく、エントを襲った男が本当の彼氏である事を突き止めてもいた。
2人が会う頻度、行動パターン、交友関係や誰が2人の交際を知っているかまで調べた。
そこまですれば、もう1人で復讐できるのではないか。2人の会話を第三者に聞かせたなら、当時の証拠がなくとも犯人だと分かる。
もし過去の暴行の事実を暴けなくとも、二股を掛ける女と、その女を利用する男だとバラされたなら、それだけで小さな町では致命傷になる。
レオンは実際にそのような依頼を受けた事もあった。
「えっと、おれはその女と男をぶん殴ったらいいと? それとも広場で晒す? この辺に巨大鳥おるんやったら、喰わせる? 家畜や畑の安全ためにはカカシにするのもいいよ」
『貴様が望む苦しみを与えてやろう。さあ、どこから血を噴き出させるか。喉か? 手首か?』
「えっと、あの女を強姦してくれというのは流石に……レオンさんに申し訳ないですかね」
エントのとんでもない提案を聞き、レオンはつい眉間に皺を寄せた。
「え、いやだ。人族の、しかもふしだらならず者は無理」
女を強引に抱いて欲しいと言われ、レオンは間髪入れずに拒否した。倫理的な問題ではなく、元々獣人族にとって、人族は恋愛や結婚対象として範疇にないのだ。
「ですよね。じゃあ大丈夫です、女はあの男に襲わせるので。それで作戦なんですけど、2日後、2人がデートを予定しています」
エントは笑顔のままで物騒な事を口にする。男に襲わせると言っても、2人が付き合っているのであればどうしようもないのではないか。
レオンは作戦の全容が見えず、首を傾げる。
『後を尾行すれば良いのだな』
「そうですね……とりあえず2人が予約を入れた店に、僕も予約を入れますから」
「はい?」
「普段の彼女なら、金をチラつかせない限り、男とのデートを優先するでしょう。ですが、僕がたまたま同じ店に現れたら」
「遭遇したら困るね。別の店に逃げるんじゃないのかな?」
エントは笑顔のまま首を振り、ポケットから地図を取り出した。
「実はですね。男には既に手紙を送っているんですよ。あなたが1年前に何をしたのか、知っていると」
『貴様からのものだと悟られてはおらぬのか』
「どうやらそのようですね。筆跡を変えていますし、どこでも売っている紙に、どこにでも売っている万年筆で書きましたから」
「それならおまえ、自分で復讐出来るやん」
エントは困ったように眉尻を下げながら笑みを浮かべる。エントの計画を聞く限り、後は2人の関係を晒すだけでそれなりの社会的信用を失墜させることが出来る。
平たく言えば、レオンの出番がない。しかし、エントはレオンの存在が必要だと断言する。
「獣人族は感情ではなく、正しいか正しくないかで判断してくれます。僕の復讐が正しいものである、あなたがそれを保証してくれる。そして、僕では相手にならない男を従わせる事が出来る」
レオンは復讐に正当性を持たせるために、またエントより屈強な男を強引にねじ伏せる戦力として必要という事。
「代わりに復讐するのではなくて、復讐を手伝うって事?」
「そうなりますね」
「従順なふしだらならず者にすればいい?」
「ええ、ぜひとも」
エントの復讐計画は、エント自身が遂行する。思い通りに進めるための障害を取り払うのがレオンの役目だ。
レオンはいつも自分が言われた通りに相手を成敗してきた。
今回は案件こそ穏やかだが、自分の手で復讐を遂げたいという珍しい依頼だ。
依頼主は、通常なら自分で手を下さない。多くの場合、暴力、監禁、強引な資金回収、それらが住む町や村の決まりに反したものとなるからだ。
法律を無視した復讐をしてもいいと判断される事はまずない。レオンは人族の法律に縛られないおかげで、復讐代行を生業に出来ているに過ぎない。
エントは法に反しない復讐計画を練りに練って、どうしても抵触する部分、腕力に物を言わせないと成立しない部分のみ頼りたいという。
他人がどのように復讐を遂げるのか、レオンはその過程にとても興味があった。
ジェイソンはエントの話が作り話でない事も見抜いている。エントを陥れた者達への復讐に「前足」を貸す事に躊躇いはない。
「手紙を送られた男は警戒しています。デイワという男なんですが、手紙の差出人が僕に真実を伝えたのではないか、気になって仕方がないようで」
『女にもそれを伝えているのではないか』
「おそらく共有していますね。ただ僕はこの半年、態度を変えずに優しく接しています。僕は知らないと思っているでしょう。手紙を送ったのも2週間前ですし」
エントは作り笑顔だけでなく、どこか楽しそうでもあった。
「それで、何をどうするんだ」
「この写真の男を捕まえて下さい。当日、僕は予約しているレストランに向かいます。彼女は男と連絡が取れないし、僕に怪しまれる事はできません」
「それで?」
「その後、港を散策して、僕が殴打された丘に行きます。レオンさんは男を丘まで連れて来て下さい。彼女の名前はリキョです」
女を油断させ、丘に連れていく。その丘で2人に復讐を果たす。レオンはそんな計画を面白そうだと言って、早速男の家の在処を教えて貰った。
* * * * * * * * *
2日後の夕方。レオンは帽子を深々と被り、デイワの家の前に立っていた。デイワとリキョの待ち合わせ時間は18時30分。
デイワは17時頃からシャワーを浴び始め、17時30分には服を着て髪をセットし始めた。18時には家を出るだろう。
レオンはデイワの家の扉をノックし、デイワが出てくるのを待つ。しばらくして苛立つような声で返事をしたデイワは、玄関扉をゆっくりと開け、そこに立っているレオンへと視線を向けた。
「な……んだ、お前」
「ごめんください、始末屋レオンとジェイソンです」
「し、まつ……屋? え、狐人族!?」
帽子を取ったレオンの狐耳と、背後で揺れるしっぽ。それらに目を見開いたデイワは、レオンに胸倉を掴まれるまで身動き1つ出来なかった。
「おまえ、暴力ならず者。愚か女リキョを使って金をだまし取った」
「リキョの名前を……何だいきなり、知らねえよそんな事!」
『吾輩とレオンの前で、まさか嘘などつくまいな?」
「だ……誰の差し金だ、まさかあいつか? エントの野郎か」
レオンはニッコリと微笑んだ。暗に努めて笑顔で過ごそうとするエントだと告げたのだが、デイワはもはや考えるだけの余裕もない。
「抵抗したらお前を好きにしていいと言われた。お前みたいな図体デカい男、首輪と鎖で拘束して変態の慰みものにするのにちょうどいい。従順に躾けるのが楽しいって高く売れる」
「ひっ……」
「お前、偉そうな暴力ならず者のくせに、怖がりか。心小さいならず者だな」
『レオン、そろそろ口を塞いでレストランに向かうぞ。吾輩はエントの復讐の一部始終を見届けたい』
レオンは抵抗するなと言ってニッコリ笑い、デイワに縄を噛ませ後ろで方結びし、更に口を隠すようにスカーフを装着させた。
フーッ、フーッとしか言えず、うめき声を出せば口の中が乾きよだれが垂れる。そんな状態のデイワの手足を縛り荷車に乗せると、レオンはレストランに向かった。
レストランに着くと、レオンは店内が見える位置で待機だ。デイワからも店内が見えているだろう。
中では既にリキョがデイワを待っている。当然、デイワは中に入れない。ちょうどそのタイミングでエントも店に着いた。
「レオンさん! ああ、早速捕まえてくれたんですね」
「うん。これからどうすると?」
「少々お待ちいただいても? 怪しまれないように食事をしてから港に向かい、そこから丘を目指します。終わったら食事を奢りますから」
「分かった」
「こんばんはデイワさん。今から楽しいショーの始まりですよ」
エントが偶然を装って店内に入り、デイワを待つリキョに声を掛けた。
リキョは動揺し、声が裏返っている。咄嗟に友達が来ると言ったが、すぐに来れなくなったのかもと言い直した。
そしてデイワが事態を察して店内に入る事なく帰る事を願い、エントとの食事を始めた。




