大事件の村-04
* * * * * * * * *
「似た歌があるって話だったのに、知らんっち言われたやん」
『吾輩もそのやり取りは聞いておったが』
「おれ、久しぶりに悲しくなった。ご主人に会いたい」
『まあ、奴隷商がいたお陰で悪党を引きずる必要がなくなった。それは良かったのではないか』
「うん……」
島の北にある港町は、小さいながら寄港する船が多い。各方面から人が来るおかげか言葉の訛りも殆どなく、聞き取りやすい。
だが、エーテルを知る者はいなかった。念のため歌も聞かせ、どのような村なのかも伝えたのだが、残念ながら手掛かりもない。
そもそも、エーテル村に着いたところでご主人には会えない。しかしレオンにとって、今やティアとの繋がりはエーテル村へ連れて行く事、その1点のみ。
ご主人との約束を果たす事で、レオンは何かが起こるような気がしていた。
「それよりさ、旅の狐人族さん! もう1曲歌ってよ、旅の歌い手さんなんて何年ぶりなんだから!」
「お代はちゃんと払うから、私達が知らない歌をもっと教えて欲しいわ」
「さすがいい声してるよね、歌い手さんって不思議」
「この歌は、おれのご主人が教えてくれた。ご主人はもっと上手に歌う」
「へえ、ご主人さんはどこにいるの? 一緒に来ていないの?」
何気ない問いかけだが、レオンにとってはツラいものだった。
何年経っても、獣人族の誓いは薄れるどころか強固になっていく。
「ご主人に、会いたいな。おれ、いつかご主人のこと忘れたらどうしよ」
レオンはため息をついた後、自分は歌い手だったティアと一緒に旅をしていたのであって、自身は歌い手ではないのだと説明した。
ついでに始末屋をしていて、悪党を痛めつけて売りさばく方が得意だと付け加える。
「へえ! たとえば、どんな悪党がいたんだ?」
「ならず者が酒場を爆破して人が飛び散ったり、嘘つきばかりで金を巻き上げたり、盗賊団して村から富と女を奪ったり、正しい者に寄付を要求する怠惰な者だったり」
「い、色んな悪人がいるんだな」
「お前らもならず者に困ってたら請け負う。代金はならず者に払わせるから、高くしておいてあげる」
『貴様らは金を払わなくてよいのだ。こんなにいい機会は滅多にないであろう』
商売において安くしてやるではなく、高くしてやると言い切る者も珍しい。独特の言い回しに笑いが起きるも、特に依頼をしようという者は現れない。
「ならず者がいない町なのか、良い事だ」
『3日後に船が来るまでの辛抱だな。たまには仕事をせず休むのも良かろう』
レオンは宿を取り、久しぶりにゆっくりとベッドに倒れ込んだ。風呂と言う文化がなく、水浴びをするだけに留まったのは残念だとしても、次の目的地の事を考える時間は貴重だ。
「エーテル村、どこにあるんだろう。ご主人にどこにあるか聞かなかった昔の自分に腹が立つ」
『ティア・ストレイという名の者に心当たりがないか、いっそ世界中の町や村に手紙を出した方が早いのではないか』
「さすがに無理だよ。あ、でも名前で探すのもいいかもしれないね。宿屋に泊まる時、自分の名前を書くはず」
『恩人殿が金持ちの奴隷となってから今まで、もう10年以上の時が経っているはずだ。覚えている者がいるだろうか』
各町や村の紹介所には必ず立ち寄るなど、聞き込みは念入りに行っているが、ティアの写真を見せても覚えている者はいなかった。
しかし、エーテル村から移動するにあたって、どこの町にもどこの宿にも寄っていないというのはまず考えられない。
「ご主人と出会ったレジリ大陸の大きな港とを結ぶ船は、北の寒い大陸に行く船か、マーフィー大陸の最初に着いた町。あの町との航路が繋がっているのは、北東のオレイ。オレイに向かう船の中継地がこの島」
『この島からの船便はジャム大陸のツーピス、北の大陸、一度訪れたレジリ大陸の港町、か』
「レジリ大陸に売り飛ばされたと考えると、あまり遠すぎる大陸から向かう事は考えられないんだよね」
『発展した町が近くにあれば、そこに売るのが一番早いだろうな。という事は、あまり発展していない大陸の出身の可能性がある』
「と思ってマーフィー大陸に来たけど、どうやら違ったね」
となれば、北の大陸が次の候補となり得る。ツーピスのあるジャム大陸は、発展した町が幾つもある。
それにティアと出会った町や、レオンが住んでいた狐人族の村ピッピラがあるレジリ大陸と距離があり過ぎる。
そこに着くまでに、大きな町を3つも4つも経由するのは現実的ではない。レオンとジェイソンはそう結論付けた。
「北の大陸に向かう便が3日後の昼だったね。どんな大陸なのか、調べ……」
レオンがベッドに転がっていると、部屋の扉がノックされた。レオンは上着を着ないまま返事をする。
「レオン・ギニャ様。フロントにお客様が……」
「お客? ちょっと待って、部屋から出るのは服を着らんといけん!」
人前では服を着なさい。ティアの言いつけをしっかり守るレオンは、慌てて半袖シャツを着て扉を開けた。
「お休みの所、申し訳ございません。どうしてもお会いしたいと……」
「いいよ、行く」
レオンがフロントに向かうと、そこには若く愛想の良さそうな男が立っていた。
「ああ、やはり狐人族の方だった! 僕はエントと言います。お願いしたい事がありまして……」
「始末の依頼?」
エントはゆっくりと頷き、誰もいない場所で話したいと告げた。
レオンとジェイソンが部屋へ案内した後、エントは自分の状況、これからどうしたいのかを説明し始めた。
「僕は3年前にこの島に引っ越してきました。北のランド大陸から、この島の雰囲気を気に入って移住を決意したんです」
「北の大陸? おれ、北の大陸に行くつもりなんだ」
「そうですか! 環境は厳しく、特に何があるわけでもない寂しい大陸ですが」
『用件は何だ、吾輩は眠いのだが』
ジェイソンはレオンとベッドに入り、レオンの体温とシーツにくるまった心地よさで眠気を覚え始めた所だった。やや機嫌が悪い。
「す、すみません! その、この度僕はランドに戻る事になりまして。その前に1組の男女に復讐をしたいと思っていたんです」
「おれ、復讐が一番得意。どうしたらいい?」
エントは移住後、港で働き始めた。そこの事務員の女と仲を深め、付き合うようになったのだが。
「ある日、2人で夜景を見るため寄った港で、僕は何者かに頭を殴りつけられました。気が付いた時には治療院のベッドの上。彼女は強姦されていたとの事」
「ならず者退治して欲しい人、おらんような感じだったのに」
「まあ、小さな町だし。基本的には良い人ばかりなんです。僕は彼女を守れなかったことを詫び、彼女も許してくれました。しばらくはぎこちないながらも付き合いを続けましたが……」
エントは癖なのか、相談中だというのに笑顔を絶やさない。様子だけを見れば、幸せな出来事でもあったのかと勘違いするだろう。
「ある日、聞いてしまったんです。彼女が仕事の休憩時間に、とある男と話している所を」
「何を話してたの?」
「そろそろ結婚の話をしそうな雰囲気だ、高価な指輪を選ぶ予定がある。それなりに金を貯め込んでいるはずだ、って」
「まさか」
「……僕が金を財布に入れた状態で歩いている所を襲えば、大金を奪うのは簡単だ、どうせ今回も犯人は分からないって」
「前回の事件は、もしかして女とそのならず者が計画した?」
エントはにこやかに頷き、笑顔のまま謝る。
「彼女の前で平静を装う事に努め続けた結果、困っていても笑顔を作る癖がついてしまいまして。ははは、困ったものです」
「エントさんの彼女と、その男に復讐をしたらいいんだね」
「はい! 是非とも! 僕の復讐計画を是非とも聞いて下さい!」




