大事件の村-01
「あーあ、始末屋の仕事は順調だけど、エーテル村は見つからない」
『やはり、まっすぐツーピスに渡っていた方が良かったのではないか』
「うーん、こっちの島が駄目だったらそうする」
オレイを出て1週間。レオンはオレイ町の北に位置する大きな島を訪れていた。
寂れた港で聞き込みをした時には、残念ながら何の情報も得られなかった。
しかしふらりと入った酒場で歌い手の姿にティアを重ね、つい口ずさんだ時にノリで歌ってくれと言われ、ティアから習った歌を歌ったところ状況は一変。
「山向こうの村でそんな歌を聞いた気がする」
そう言われたレオンは跳び上がって喜び、夕方からスキップで高原を歩いて来た。その途中で小さな村を発見し、今はちょうど休憩がてら立ち寄ったところだ。
良く晴れた日の午後、ぽつんと佇む涼しい山間の村。
なだらかな山肌を草が覆い、島のど真ん中の火山湖を渡る船の汽笛がこだまする。標高のせいか、それとも強い風のせいか、高い木々は見当たらない。
木造の家々は白や黒の壁に、赤や白や青など色とりどりの屋根を被っている。草が覆い茂っている屋根も見え、村の中を黒牛と羊が我が物顔で歩き回る。
長閑とはまさにこの事だ。
これが地元のご年配や観光客なら、高原の過ごしやすさを満喫し、清々しい気持ちで散策出来ただろう。
生憎、今日のレオンにはどうでもいいことだった。
気が散っていると、全く会話についていけないのだ。
「……どうしたんですか」
「ごめんなすてけらいん。おめのような獣人族さんが来てけるのを待ってだんだど!」
「んだ、何もがもがめられでよ。なじょしたら……」
レオンも一応は何かを頼られているのは理解できる。しかし何を言われているのかが分からない。
ジェイソンは相手の心を見透かす事が出来る。したがって殆どジェイソンの通訳で理解している状況だ。
港は他所の土地の者とのやり取りが多く、あまり独自の言語がなかった。
一方、何百年も前から自給自足、特に交流も盛んでない村では、1000年前に世界の言語が統一された後、少しずつ標準から外れてしまったようだ。
標高1200メルテ、冬には山にぶつかる雪雲が大雪を降らせ、気温もぐっと下がってしまう。寒さからあまり口を動かさずに会話するせいで、慣れないと聞き取り辛い。
「1人捕まえでんだども、あっぺとっぺでよ。何かだってんだか分がらねんだわ」
「もじっけえじょこちゃんも攫われてなあ」
「あだりほどり探すんだども、見づからね」
「あんのあんこたれめが!」
この小さな村は3日前、悪人に狙われた。牛や羊、鶏、農地の作物まで盗まれてしまい、その被害総額は金貨100枚分(約1000万円)にものぼる。
しかもその際、村の若い女が連れ去られてしまったという。
夜間の寝静まった時間の犯行で、目撃者は1人もいない。
村人総出で数日掛けて張り込みをかけ、村の周囲を大捜索。怪しい男を1人捕まえたが口を割らず、1日経った今も手掛かりはない。
そこにやって来たのがレオンだった。
どこの誰なのか、年齢はいくつか、職業は何か。
どこから来たのか、どのようにして来たのか、なぜ来たのか。
どれくらい滞在するのか、どのように過ごすのか、どこへ行くのか……とにかく根掘り葉掘り聞かれる事となった。
よそ者は目立つ。特に村人は狐耳に狐のしっぽ、そんな人を見た事がない。村人は当初、レオンも犯人ではないかと疑った。ジェイソンはムッとしていたが、レオンは正直に答えた。
最後にならず者退治の始末屋だと告げたところで、門番の目の色が変わり、態度は豹変。一転して歓迎ムードとなり、村から入って100歩も進まない地点で取り囲まれてしまった。
聞き馴染みのない言葉に時折困りながら、ジェイソンの助けも借りつつ、今しがた村の事態を把握したところだ。
「逃げた方角は分かるよ。この村まで整備された道は1本、昨日の夕方に前の村を発ったけれど、おれはすれ違っていない。だから北の麓の町以外に行き先はないんだ。近道は?」
「つかみづ?」
「家畜を思い通りに連れ歩くのは至難の業だよね。野菜と穀物も荷馬車が必要だ。整備された街道しか通れないはずだから、獣道でも通って先回りしてみようかと」
付近を通る道は、山肌に沿うつづら折りとなっている。そこを一直線に下る事が出来れば、まだ追いつける。レオンはそう考えた。
「獣道……づさま、他さ道はねが」
「湖畔の先がら、小川沿いさ下る道がある。おいが描いでける」
「までにだど? あんべいぐ……あーあー、わがんねよ」
「こんのしずねぇごと、分がってるべさ!」
聞き取れない言い争いを他所に、レオンは悪党をどうしたいのかを知りたがっていた。
その処遇次第では、レオンへの実入りが一切ない。
悪党は絶対に許せない。悪党に人権などあると思っていない。とはいえ、レオン自身が生きていくためには収入が重要だ。
船旅には大金が必要だ。商人は日常的に荷物を送ったり自身も移動したり、船会社と懇意にしている。そのため破格で利用できるというが……一般客はそうもいかない。
例えばオレイから僅か150kmの距離に浮かぶこのオギ島までも、金貨紙幣を4枚も支払わなければならない。
村人の希望を完全に叶え、更に自分の取り分もある。そんな交渉がしたいのだ。
「あの、捕まえたならず者はどうするんですか。1人捕まえたっていうけど、そいつは?」
「なじょするって……」
「がめたもんは、まやうんが当然だべ?」
「じょこちゃんに怪我でもあったら」
「ほでなすめ、ふたつけてやる!」
「おんめ、たんぱらおごすてわがんねでや」
「落ちついてかたらえ、ちょんちょこさきったぎってやんのはどうだべ?」
盗んだものを弁償させる、愚か者を殴りつけてやる、あまり口に出しては言えないようなものを切り取ってしまえ。
どれも復讐や罰としては妥当だが、それではレオンの取り分が何もない。
「では、殴りつけて全てを弁償させた後、そいつをおれにくれませんか」
「なして」
「ヒトデナシでも利用価値があるんです。目玉、皮膚、内臓、移植を待っている人がいる。飢えた動物もいるし、捨てる所なんかありません」
「ほいなごど……」
「らずもねえ、どうせひしゃますだけだべ」
ドワイトの義賊のような振る舞いを見て来たレオンは、謝礼を払うのは助けた相手ではなく、捕まえた悪人だと考えている。
取り返したものから一部を貰ってしまえば、それは結果的に余計な出費となり、盗まれた事で損してしまう事になる。レオンはそれに納得していないのだ。
レオンは交渉成立だと言って微笑み、村長の家で昼飯をごちそうになり、風呂にも入らせてもらった後、教えられた獣道を進み始めた。
ジェイソンは捕えられた男の心を読み、全容が分かったようだ。
「んでまた!」
「あーいごめんねー、まんずどうもね」
「ちぃつけで行ってがい! 獣道さ……」
「わかったー」
村人の忠告を途中で遮り、レオンは笑顔で元気よく手を振る。やがて湖沿いの陰に入った所で、レオンはハァっとため息をついた。
「何を言われてたのか、おれ殆ど分からんかった。ジェイソンおらんかったら、おれ泣きそうやったかもしれん」
『幼い頃のレオンも、あまり他所では聞き馴染みのない話し方をしておったぞ』
「あー、おれもご主人と一緒に旅してた頃は何言ってるか分かんないって言われてたけど」
『人族の里の言葉とは、少し違っておったな。今でも気を抜くと昔の喋り方に戻っておるぞ』
「ほんと? え、自分で気付いてなかった」
2人は周囲の気配を探りながらも警戒に獣道を進んでいく。やがて麓に下りる道に合流した頃、レオン達は1つ痕跡を発見した。
「あ、うんこだ。あれ、牛のうんこ」
道の真ん中には、とても立派で堂々とした糞が落ちている。村では野生の牛や馬はいないと聞いていたし、港からの道でも見かけていない。
レオンもジェイソンも、盗んだ牛のものではないかと考えた。
『やはり、捕えられた男から読み取った通りだ』
「何日も経ってなさそう。何時間か前に通り過ぎたんだと思う」
『片付けようとした形跡もあるが、これは無理だろうな。急げば追いつけるかもしれぬぞ』




