慈悲の町-06
『どういうことだ、奴らは何をしている』
「おれからは見えん、何が見えとると?」
『役人を縛り付け、どこかへと引きずっている』
オレイの人々は、自分達を騙していた役人達をどこかへ連れていく。そのうちに役場の中に数十名がなだれ込み、逃げ遅れた職員達が悲鳴を上げた。
この状況で外に逃げるのは不可能だ。たとえ逃げたとしても、誰かが告げ口すれば役所勤めしていた事はすぐにバレる。
「副町長がいたぞ!」
「議員共が会議室の中にいた!」
「町長はどこだ!」
建物内から大声が響く。温厚で親切な人で溢れていたオレイの姿はどこにもない。
「ひ、ひええっ!」
と、その時1人の男が屋上に駆け込んできた。男は白髪交じりの髪を掻き上げ、大量の汗を袖で拭う。給水塔の上にいるレオンには気づいていないが、大量のジェイソンの姿は目に入っていた。
「黒、猫? ええい、どけ! クッソ、何で今になって……」
レオンは男の顔を確認し、首を左に向ける。視線の先には群衆に囲まれた町長の顔写真入りポスターがあった。
「お前がならず者か」
レオンは給水塔から飛び降り、宙返りして町長の目の前へと着地した。町長は大げさに驚き、その場にしりもちをつく。
「わ、わっ……」
「おまえ、町長ならず者だな」
「おお俺……私はちょ、町長で」
「みんな怒っとる。逃げようとするって事は、悪い事しとったのを分かっとるんやね」
目の前には獣人族。庁舎の中には住民達。
万事休すと理解した町長は、ため息をついてへたり込んだ。
「お前、なんで騙した。他の村騙しとっただけじゃなくて、オレイの者も騙しとったな」
「……そうでもしなければ、この町はどうなると思うか! 慈悲、奉仕、親切! 善意は結構だが、皆が富を周囲に配り散らかすせいで、ちっとも税収が上がらない! この町はそれでは成り立たないんだ!」
『親切である事自体が目的となり、自己犠牲を良しとする文化が育ったのだな』
「ひっ、く、黒猫が喋った……」
ジェイソンに驚き、町長はしりもちの姿勢のまま後ずさりする。レオンは自分とジェイソンの紹介をし、話を続けさせた。
「この町は150年前、北西の大陸からの難民が築いた町です」
町長の話は町の成り立ちから、なぜ町民が親切至上主義なのか、その結果現在どんな問題を抱えているのか。町長という立場にいるだけの事はあり、きちんと把握している事が窺えた。
「つまり、平和主義者だけで移り住み、その中に技術者や経済学者がいたから発展も早かったんだね」
「そうです。武装して他所を威嚇しなくても、親切と誠実を心がけ、経済力で優位に立てば容易には攻め込まれない事が証明されたのです」
「その親切が人々に根付いてはいるけど、それが行き過ぎて強制になってる?」
『嘘や暴力などが許されぬなら、獣人族の掟と然程変わらぬな。吾輩からすれば何も問題はない』
確かにオレイの民は親切の度を超えている。その結果寄付や慈善事業に精を出し、仕事を休んでまで慈善事業をした者が称賛される。
本来は働いていない分、給料も貰えないはずだが、オレイは行き過ぎているので、年に20日分は会社から補償される事になった。
しかし会社に勤めている者はそれでいいが、今度は漁師や農家、個人経営の店などから慈善活動に費やす時間や補助がない、慈善活動できないという嘆きが出た。
結果、今では慈善活動を行った分の賃金補償は全て町の税金から出ている。タチの悪い事に、怠けたい、サボりたいなどという者は1人もいない。
きっちり年間20日の慈善事業をするのが当然となった。
「どこに泊まっていらっしゃるかは分かりませんが、ホテルの価格が高かったでしょう。親切、最高のおもてなし、それらが行き過ぎてしまい値段が上がってしまったというのもあるのですが」
「いや、まあ確かに高かったけど……」
「その金額の3割は税金として町に納められるのです。そこまでしなければ、町は破綻してしまいます」
このままでは町のこれ以上の発展はない。
そこで考えたのが、他所の町や村で事業を行い、その金で町の赤字を補填するというものだった。
「最初は上手くいっていました。望まれたものを与え、対価を貰う。しかし一巡すれば需要はなくなるものです」
『寄付として集めたものを有償で提供しているのは、町の金が底を尽いているからか』
「はい、仰る通りです」
「騙したり高く金を貸し付けていい話にはならん」
どれだけ事情があろうと、言い訳すれば迷惑を掛けていいという話にはならない。レオンは嫌そうに首を振り、ジェイソンへと振り向く。
「おれ、こういうならずもの好かん。物盗りならず者とか、暴力ならず者とか、ぶん殴って売り飛ばして終わるならずものがいい」
『吾輩もそこには同意する』
「町長ならず者、どうしたらいい? 良いならず者? 悪い正しき者?」
レオンは始末屋としてどう動けばいいのか分からずにいた。その後に続く町長の言葉で、更に混乱してしまう。
「……金を貸し付けた、それは事実です。しかし、実際に返してくれる町や村は1割もありません」
「え?」
「金は借りたが、返す金はないのだから仕方ない。そう開き直られて返してもらえないのです」
『善意の押し付けで不要な港を売りつけたのだろう?』
「いえ、違うのです。オレイは親切だから、あれもしてくれる、これもしてくれる。自分達で道を作るなんて面倒な事はしないし、金はないから支払いも無理。そういう町や村が増えました」
「ヤプが言いよったのと、ちょっと話が変わってきた」
『ツーピスの支援は、技術支援が主たるものだと聞いている。オレイもそうすべきだったのではないか』
「当初はそうでした。ですが、オレイの町民があまりにも手取り足取りやるせいで、そのうちオレイにやらせればいいと……」
ヤプの言っている事は半分正しく、半分は間違っていた。町長も含め、オレイは債務の罠にはめるつもりなどなかったのだ。
貸し付けは港の使用権を貰うためではなく、もっと言えばツーピスなどの町に対抗しているのでもない。
純粋な気持ちで「親切で誠実であれば、争いは起こらず平和な世界になる」と信じて支援をした結果、甘やかし過ぎてしまった。
ちゃんと金を返してくれる町や村を求めるうち、範囲が広がっただけだった。
『嘘はついておらぬな』
「分かった。おれ、ヤプのひと……ヤプさんに話してくる。ジェイソンは町長が町の者に襲われんように守りながら降りてきて」
『承知した』
レオンは屋上から迷うことなく飛び降り、くるりと前転をしながら着地した。突然上から人が降ってきた事で、皆の悲鳴が響き渡る。
「じゅ、獣人族の!」
「だ、大丈夫か!?」
「ん? 何が?」
レオンは特に痛がる様子もなく立ち上がる。近くに立っていた人からスピーカーを受け取ると、使い方を習って深呼吸をした。
「皆の衆! えっと、ごめんください! その場を動かずにしつけ良く聞きましょう!」
やや珍妙な言い回しのせいか、それとも音割れし放題の大音量のせいか、喧騒がピタリと止んだ。
「えっと、ありがとう。この役所のひと、正しき者だった! 町長も、良いならず者だった!」
「どういうこと? 私達を騙していたのよ? さっきは嘘もついたわ!」
「町長は今日休みのはずやったけど、ちょっとだけ来てて、荷物持って帰ろうとしてた。だから役人はもう帰ったと思っていないって言った」
「う、嘘じゃなかったのか?」
「あと、債務の罠にはめられたのはオレイだった」
「え?」
「オレイは食べ物も日用品もどんどんくれる。港や道路を造らせてしまえば元に戻す事も不可能だから問題ない、そう思ってる。他所の町や村は最初から払うつもりがないんだよ」




