慈悲の町-04
ヤプの話を聞き、レオンは違和感の正体を理解した。このネイシア以外にも、同様の手口で港や鉱山などを乗っ取られた町や村は複数あるという。
「困っている町や村は、目の前に食べ物を置かれるとそっちに靡いてしまうんだよ。何でもしてあげると言われると、身の丈に合わない貸し付けでも感覚が麻痺してしまうようで」
「無償で道を作ってやると言い、金が無いなら貸すから港も作ってはどうかと提案。食料も無償か安く貰っていて、信用しきっているから疑いもしないんだね」
「港の建設費も、村の財政で考えたら税収の10年分にもなる。返済期間は30年でいいと言われたら、返せそうな気がするのだろうね。何に使うと決まってもいないのに、利益もタラ・レバで勘定しただけで」
『貴様らはその危険性を承知の上で、オレイを頼るのは危ないと警告して回っているのだな』
「ああ。でも金も技術もない町村は、即効性のある支援が欲しくてオレイを頼ってしまう。俺達は明日や明後日の食事じゃない、今日の食事が欲しいんだ、豊かで慈悲深いオレイなら大丈夫だと」
「慈悲深いのは普通のひとで、偉い奴はならず者って事なんだね」
「平たく言えば、そういう事だね」
レオンは今まで見聞きしなかった新しい悪事の手口に感心していた。
今までレオンが相手していたならず者は、言うなれば分かりやすい悪人ばかり。非常識な村の村長も、騙していただけという点では分かりやすかった。
しかし、オレイの上層部は住民の慈悲深さを利用し、まるで良い事をしているかのように装っている。
レオンが今まで出会った事のない、姑息で頭を使った新たな悪党。退屈していたレオンの目はパチリと開き、口元には笑みがこぼれた。
「おれ、ならず者の始末屋をしよる。始末屋レオン、こっちはジェイソン。おれ達に任せる気はありませんか?」
「えっ?」
「ヤプさんの支援のやり方はまだ聞いていないけど、オレイのならず者がやっている事は止めないといけない。でも、おれは頼まれてもない事を勝手にはしない」
「で、でも僕は始末屋を雇える程の余裕はないですし、その……」
ヤプは躊躇いを見せる。それはもっともな事だ。
ヤプはツーピスを代表して何かを決める権限など持っていない。金を勝手に使える立場でもない。場合によってはオレイとツーピスの対立を加速させる事にもなりかねない。
オレイのやり方を止めたいとは言え、懇々と説明して理解してもらうのにも限界はある。こうしている間にも、オレイの息が掛かった町村は借金漬けになっていく。
「ねえ、ツーピスはどんな風に貧しい村を助けとるの?」
「簡単に言えば自立支援だよ。食べ物が手に入らないなら、適した作物と作り方を教える。港が必要なら建設方法を教え、目的をはっきりさせて最適な場所に、出来るだけ安く一緒に作る」
『施しとしてはオレイと何も変わらぬではないか』
「本当にそう思うかい? 食べ物を貰う奴、食べ物を作れる奴、どっちの方が立派だと思うかい。自分達で作れば、修理方法も分かるし」
ツーピスの援助はオレイと正反対のものだった。食べ物を与えるのではなく、土壌に適した作物を教え、魚を釣ったり獲ったりする方法を教え、管理も自分達でさせる。
長い目で見れば、発展した町や村は貿易相手となってくれる。ツーピスはそうやって交易を広げて発展してきた。オレイのように搾取で発展した町に比べ、敵も少ない。
「オレイから資材を運び、オレイの職人で工事をし、ネイシアが金を払う。ネイシアに残るのは港などの物と、借金だけ」
「成程ね。オレイではもう港は必要なく、職人は暇を持て余している。資材も売り先がない。貧しい村への支援という名目でオレイ人に仕事を与え、港を作らせ、その貧しい村に金を払わせる」
『しかし、貧しいと分かっているのだから、金を返せない可能性もあるだろう。港を奪ったところで何の利点がある』
「オレイの拠点を増やし、港湾を封鎖し、ツーピスやその他の国の船を排除するんだ」
ヤプ達ツーピス人の考え過ぎではないか。レオンは少しだけそう思っていた。しかし、オレイのやっている事はヤプの言う通りだった。
自分達の貿易販路の拡大には、その町や村が定めたルールに縛られず、自分勝手に使える港の存在が大きい。陸路に関しても、オレイが物資を運びやすいから道を敷いただけだ。
オレイの狙いはそこにあった。
実際に人々は食うには困らないが豊かでもない。雇用も生んでおらず、経済力も向上していない。
それどころか身の丈に合わない港湾や道路を築いてしまい、その金は貧しいネイシアの財政を圧迫。
「港は先日完成した、もうオレイが支援する理由もない。そろそろオレイの搾取が始まるよ。もう十分支援しただろうと言いだす。急に食べ物がなくなれば困るから、ネイシアは緊急だからと割高な価格でも止めないでくれと言うしかない」
「ツーピスの支援は跳ねのけているからね。オレイの罠にはまったから助けてとも言いづらいね。オレイの言う通りにするしかなくなるんだな」
「罠って表現はその通りだ。僕達はこれをオレイの債務の罠と言っているよ」
『雇用もなく、自分達は使わせてももらえない港の金をただ返済するだけ、か』
債務の罠に嵌り、港や道路の使用権を我が物顔で行使されている町や村は、既に10か所程になっているという。次はネイシアの番だ。
「もうネイシアは仕方ない。オレイがまだ手を付けていない町を先に発展させてあげないと。その為にはオレイに邪魔させない事が必要だね」
「それが難しいから、こうやってツーピスの方針が広まらないんだ」
「だから、おれに任せたらいいって言いよるのに」
「しかし、報酬もないし、町同士の対立を煽っては……」
「報酬は悪人から奪い取る。正しい者からは貰わない。それに、ツーピスの名前を出さないで始末したらいい。別にツーピスのために仕事するんじゃないし」
ヤプは始末という物騒な単語に口元を引きつらせる。しかし自信ありげなレオンに任せたなら、何か変わるのか。ヤプはツーピス人としてではなく、個人としてレオンに依頼を出した。
「オレイのやっている事を止めさせたいんだ。貧しい人達が更に貧しく虐げられる存在になって、オレイだけが儲かるこの罠を全て外したい」
「ちゃんと言う事を聞かないで、罠にはまりに行く方も悪いけどね。でも、オレイの偉いやつが悪い事に変わりはない。じゃあ行こうか」
「え、どこに?」
「偉いやつのところ」
『上に立ちたがる者は、偉そうに出来なくなる事を何よりも恐れる。あの怒りを感じているのに拳を振り上げられず、それまで蔑んでいた奴よりも低い身分に成り下がる様を見るのは、さぞ愉快だろう』
「は、ははは……君達を敵には回したくないね」
馬車に揺られてオレイに戻った後、レオンは芝居を打つことにした。オレイの者達は自分達が良い事をしていると信じて疑っていない。
まさか善意で建設した港や、寄付した支援物資で相手を苦しめているなどとは考えた事もないだろう。
レオンはホテルに着くなり暗い顔をし、見かねた従業員に事の顛末を語った。
「芋とか小麦とか、作り方を教えて自分で作れるようにしたら、オレイから恵んで貰わないと生きていけないような乞食にならんでもいいのに」
「そんな事になっていたなんて……感謝されているから良い事をしているとばかり」
「良い事はしてると思うよ。だけど、町の偉いやつはならず者だ。みんなが渡した食べ物とか服とかを利用して、良い人ぶって無駄なものを押し付けてる」
「それが本当なら止めさせないと! ああ、なんて可哀想なんでしょう!」




