慈悲の町-02
レオンは浮足でホテルへ向かい、木製の大きな板とガラスで組まれた長方形の建物の玄関前に立った。
中に入れば新しい木の床に、開放的で高い天井、白い壁のロビーとなっている。
突き当りは壁の代わりに大きな大きなガラス窓が填めらていて、海と湾内を行き交う船が丸見えだ。
「すごい、おれこういうの初めて」
『ふむ、無駄に煌びやかな宿よりも余程いい』
「いらっしゃいませ。ご予約の方でしょうか」
「予約? よやくって、今日お金ないけど明日買うっち約束するけん、取り置きしとっての、予約のこと?」
「えっ? ああ、はい、その予約です」
「おれお金あるけん、予約はしてない」
「えっと……では島外からお越しなのですね。お1人様で宜しいでしょうか」
「1人は宜しいけどジェイソンもおるよ。ジェイソンは1匹様」
若干嚙み合っていない会話の後、従業員は客室の空き状況を確認し始めた。
「現在、お部屋の種類が3つございます。全室海向きとなっておりまして……お1人様のお部屋でしたら、3階スイート、1階の海中を覗けるスイート、2階のシングル一般がございます」
「え、どういうこと?」
「当ホテル3階スイートは4名様まで泊まれる豪華なお部屋です。眺めが良く、この町の付近の断層から発掘された化石を飾り、テラスなど特別仕様の高価なお部屋です」
「1階のスイートは?」
「2名様までお泊り頂けます。お部屋は広く、床の一部がガラス張りとなっておりまして、海中を覗く窓となっております」
「んと、2階のシングルは?」
「おひとり様用のゆったりとしたベッドがあり、お部屋は狭いですが2階からの眺めも良いですよ」
レオンは豪華な宿にそこまで興味はない。かと言って安い宿は持ち物の盗難に気を付けたり、食べ物があまり良くなかったりで好きではない。
ほどほどが良かったのだが、このホテルはシンプルながらも高級な部類らしい。
3階スイートは1部屋で1金貨と50銀貨。2階は20銀貨、1階スイートは60銀貨。食事は別料金。2階シングルでも普段泊まるグレードの倍の金額だ。
「えっと、じゃあ1階のスイートでお願いします」
「かしこまりました。お食事は如何しましょうか」
「朝と夕方のを付けて下さい」
「かしこまりました。お部屋、2階広間、屋外テラス、お好きな場所までお持ちいたします」
「じゃあ屋外テラスで!」
「かしこまりました。それでは1階2号室までご案内します」
レオンは食事代を合わせ65銀貨を支払い、スタッフの後に続く。フラットな受付の外の玄関には、各階に行ける大きな木の扉があり、それは部屋の鍵で開くという。
「このフロアは2階ですので、1階は階段を下りて頂くことになります。1階にはこの町の大きな砂洲……トンボロから発掘された化石、砂洲がどのように出来たかの展示もございますよ」
「へえ、博物館みたい。ガラス張りの壁も凄いですね、初めてです、こういうホテル」
「有難うございます。ただ泊まるだけでなく、何かを学び、この町に興味を持っていただき、滞在に満足していただく。それが当ホテルの願いです」
化石が展示され、海側の壁が一面ガラス張りとなった談話室を過ぎ、部屋へと通されたレオンはシャワーがある事に感激していた。
そして大きなカーテンを開けると、壁一面がガラス窓。その開放的な部屋を気に入ったレオンは、荷物を置いて窓へと張り付く。
「では、お食事は18時からです。20時までにはお越し下さい」
「はーい! 見てジェイソン、こっちの床、海の中が見える!」
部屋に感激し、大きなガラス窓のあるシャワー室ではしゃぎ、展示室で分かったようにふんふんと頷き、レオンは滞在をしばらく満喫した。
外に散歩に出てエーテル村の事を聞きまわっても、知る者はいない。ただ、皆がとても親切で、あれこれ手を尽くし、知っていそうな人を紹介してくれた。レオンはこのオレイの町を訪れた事を良かったと思えた。
「すごいね、本当にのんびりできる。何もすることないのに、何でもできる」
『豪華な宿でも、野宿や粗末な小屋でも感じなかったものだな』
「うん。1晩を過ごすだけにしては宿泊代金が高いけど、勿体ないと思わないのが不思議だ」
『吾輩の食い物はあるのか』
「ほら、魚が見えるよ! そうだ、テラスで釣り竿垂らしながら食事しよう! 釣ったら食べられる」
レオンは開放的で自由なホテルの方針を気に入り、何もしない事を精一杯楽しんだ。食事は町の牧場で飼育されている牛の上等な焼肉、取れたての野菜のスープ、白米だった。
ビールはよく冷えており、冷蔵設備が当たり前に普及しているという。電気は安定していて、町の技術はとても高い。
釣り竿に掛ったのは小魚で、ジェイソンには足りなかった。レオンは焼肉を1人前お替りし、ジェイソンに分け与えた。
「大きな町なのに、ここだけ田舎みたい。お客さんもうるさくないし、ゆっくりしたいから来ているんだろうね」
『レオンは露天風呂があればどこでも満足するであろう』
「それは当たってる」
ヒノキの露天風呂に入り、ご機嫌で部屋へと戻ろうとした時、ホテルから物資が運び出されている所に遭遇した。
「何をしているんですか」
「準備した食材で余った分を、貧しく恵まれない環境にある村へ寄付するんです」
「へえ、皆さん優しいんですね」
「余らせるつもりで用意している訳ではありませんが、無理に食べても仕方がないし、捨てるのも勿体ないので。誰かの役に立てるのなら」
レオンは優しい従業員の言葉に嬉しくなり、本当にいい人ばかりだと頷いた。
「おれ、もう1泊ここに泊まりたいな。本当はご主人と一緒に来たかった。ご主人はこういう所好きだと思う」
『骨を持ってきておるだろう。人族のしきたりで言えば、レオンは共に来ていると解釈する事も出来る』
「あ、そうか。ご主人一緒に来ている事になるんだ」
レオンはティアの骨が入った袋を取り出し、少し考えた後でもう1つのベッドに置いた。
「どうしよう」
『何がだ』
「おれ、お1人様って言っちゃった、ご主人のおかね、払ってない。嘘つきならず者になる?」
* * * * * * * * *
次の日、レオンはもう1泊したいと申し出てホテルを出た。
午前中は何の成果もなかったが、港を中心に聞き込みをし、午後になった頃に有力な情報を聞く事が出来た。
「この町は隣の大陸の栄えた町に対抗するため、そこまでに連なる島々や付近の町や村と協力していこうと頑張っているんだ」
「何を頑張ってるんですか」
「主に貿易ですね。オレイは栄えていますが、近隣の村々は明日の食べ物にも困っている状況です。それぞれの町や村が得意なものを持ち寄り、共同体として1つの町のようになるんです」
「はあ……」
「オレイが中心となり、栄えている事で傲慢な西の大陸の町に勝つのさ。不利な契約、富の独占! 許されるものではないからね」
町の役人は力強く説明してくれる。レオンもジェイソンも、その言葉に嘘はないと感じていた。町の誰もが本気で考えているのだ。
「他の村って、例えば?」
「歩いて半日くらいの場所に、小さな町がありますよ。漁業以外に産業がなく、道もろくに敷かれていない遅れた町だったのです」
「そこでオレイが金を出し、技術者を引き連れて道を作って港を作って提供したのさ! 流石にタダというわけにはいかないが、少しずつ返してくれりゃいい」
「へえ……それで、それがエーテル村とどう関係するんですか」
「そうやって協力している手前、かなり多くの町や村とやり取りをしているんだ。範囲も広い。それぞれの役場に、君の探す村を知らないか聞いてあげるよ」




