慈悲の町-01
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「レオンさん、有難う。本当に、本当に報酬は捕虜5人と船だけでいいのかい?」
「うん、この5人は特に見た目がいいから高く売れるはず。金持ちの慰みものにちょうどいい」
「……海賊よりも残酷で恐ろしいな」
「残りの奴はどうする? この海賊の頭とか、生きて浜に辿り着いた残りの海賊は?」
「頭は浜で磔にして晒しておく。あとの8人は改心出来りゃあ受け入れる、出来なけりゃ人買いに売るよ」
コスカはレオンから受け取った3枚の「譲渡許可証」をヒラヒラと振って見せる。
獣人族から預かったという証拠があれば、正当な人材として正規の奴隷商に売り渡す事が出来るのだ。
ベリリュ村は他所に比べ悪事への罰則が厳しい。レオンやジェイソン程ではないにしろ、悪人の扱いはぞんざいだった。
レオンが貰い受けた5人は、足に重り付きの鎖を付けられ、トイレと食事以外は後ろ手に回されたまま手錠をはめられ、胴をぐるぐる巻きにされている。
抵抗は諦めたが、金持ちの変態趣味を受け入れたいかは別の話だ。必死に謝り、後悔を述べ、これからどう生きるか、代替案までも訴え始めた者もいた。
若く希望ある10代後半~20代を、金持ちの性奴隷として過ごすのは地獄と言ってもいい。
ただし、レオンはヒトデナシ認定した後の生き物を「人」と見做さない。それを犬や猫の鳴き声と同等にしか思っておらず、当然のように無視する。
「畜生は畜生同士で何か語ってろ。じゃあ、おれは行くね」
「この辺で一番大きな町は、西南西の島の北側にあるオレイだ。そこまでなら動力付きの漁船で3時間もあれば着く」
「すまないねえレオンさん。あたしらはこの村から殆ど出た事がないんだよ。エーテル村の事は分からないけれど、オレイなら大きな町だから何か分かるかも」
「うん、有難う。みなさんばいばい」
まだアジトには数名残っているようだが、もう脅威ではない。数日のうちにコスカ率いるベリリュの村人が大群で押し寄せ、アジトを制圧するという。
レオンは捕虜5名を貰い、村人の操舵する漁船に乗ってベリリュ村を旅立った。
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動力付きの船で3時間半。切り立った崖の多い入り組んだ湾が見えなくなると、大きなトンボロに広がる町が見えてきた。
大きな貨物船が接岸し、人の姿も多い。レオン達は1つ隣の港に着き、突堤の階段下へと船を繋いだ。
「じゃあ、俺達は燃料を補給して買い出ししたら戻りますんで!」
「いやあ、悲願の海賊退治が終わってしまって、コスカさんが腑抜けないか心配っすよ。それだけを目標に生きてたからなあ」
「正しい者は大丈夫だよ。えっと、あの常識がおかしい村の事も、まだまだ大変だろうし」
「まだやる事はいっぱいありますからね。すみません、燃料費まで頂いちゃって」
「ううん、船で大きな町まで送ってくれてありがとう」
「この町の者は親切で慈悲深いって話だ。貧しい者や僻地に物資を恵む程と聞いているよ。きっと親身になって相談に乗ってくれるよ」
「俺達は恵まれて感謝して生きていくつもりはねえけどな。助かる奴はいるんだろう。じゃあレオンさん、どうかお元気で」
「ばいばい」
レオンはベリリュ村の2人と別れ、突堤の上を歩きだす。宝物の山形鋼は布製のケースに入れられており、長尺の荷物として見ればそう物騒な印象もない。
「コスカさんと他の元海賊、ならず者だったのに自分から正しい者になった。お前ら5人と違う、ならず者退治もしたし常識もおれに合ってた」
『大きな船も着いておるな、右に曲がった道の先が栄えておるぞ』
「じゃあ、お前らを売れる場所行くから付いてこい。付いてこなかったら引きずるけど、面倒だから歩け」
足の重りこそないものの、歩幅も制限され、両腕もろとも縄でぐるぐる巻き。そんな状態では逃げ出す事も出来ない。
ジェイソンの恐ろしさも知っている彼らは、最後まで見逃してくれと懇願していたが、逃げはしなかった。
人買いの店は、通常賑やかな表通りにはない。縄でぐるぐる巻きにされた男を連れ歩く狐人族に驚かれながら、レオンは出来るだけ丁寧に道を尋ねた。
「ごめんください、あの、正規の奴隷商はどこですか?」
「えっ、ああ、はい。その角を曲がってしばらく進んだら、材木屋の白い大きな看板があります。その交差路を右に行くと紹介屋があります」
「ありがとうございます」
町民に頭を下げ、レオンは「本当に親切な町だ」と感心していた。
ベリリュ村も肌に合うと思っていて、正直なところエーテル村が近ければ、その後はベリリュに移住するのもいいと思っていたくらいだ。そんなレオンでもオレイは滞在しやすそうだ。
肌に合うのは適度にベリリュの皆がガサツで好気的で、適度に仕事があり、武器も豊富というだけでなく、肌そのものに温泉が合うという意味でもあったのだが。
「ごめんくださーい」
「あいよー、仕事探……は?」
「こいつら、元海賊のならず者です。性奴隷にいかがですか? お安くしますし、ちゃんと譲渡証明書もお渡しできます」
店主と見られる人相の悪い大柄の男は、しばらく口をぽかんと開けていた。獣人族が5人も引き連れてくれば、反応も仕方ない。
「確かに若くて顔もいい。全員服をひんむいて並ばせてくれ」
レオンは縄だけを解き、強引に服を脱がせ5人を床に転がした。下着も奪われた5人は恥ずかしそうにもじもじと足を交差させる。
「もう少し立派なもんをぶら下げていたら……ん~、そっちの1人は体格に難ありだな。ったく、最近の若いのは細いくせに腹が出ている奴が多くて困る。おいてめえ。2週間で腹を凹ませられなければ、折檻好きな金持ちに売るぞ」
死にたくなければ出た腹を引っ込ませろ。無茶な話だが、拷問好きに売られてはたまらない。指摘された男は震えながら小刻みに頷く。
「どれくらい欲しい」
「拾ったようなものなので、1人につき20金貨紙幣で。見た目は厳選したし、若いからお買い得ですよ」
「顔と体つきなら、あんたの方がよほど需要がありそうだがな。10倍で競りに出してもその10倍にはなりそうだ」
「あはは、よく言われます」
少々値切られたが、レオンは別に幾らでも良かった。5人で90金貨を受け取ったレオンは譲渡証明書を書き、金を受け取って店を後にした。
「だいぶ貯まった。おれ多分、中金持ちくらいなっとる」
『大金持ちでもなく、小金持ちよりは多い、妥当な評価だな。それよりも早速聞き込みか』
「うん、宿の風呂か、温泉でベタベタ落としてからね。小綺麗な方が印象が良い」
『特に人族の女は獣人族を好むようだからの。奴ら、レオンに服従したいのか何でも教えようとする』
「そんなに従順な奴隷になりたいなら、正規の人買いの店行けばいいのにね」
女性の好意を好意だと認識していないせいで、レオンは頓珍漢な事を呟く。もちろん、仮に魔族ジェイソンにそれが恋や愛だなどと説明したところで、意味はない。
時刻はまもなく昼飯時。町の右側の大きな港エリアは旅客船乗り場、貨物船の発着場、その周囲に乱立する食事処や土産物屋、宿泊施設などでにぎわっている。
一方、漁船メインの隣区画は幾分静かだ。左奥には真四角で大きなガラス窓を備えたホテルが建っていて、レオンは喧騒を避けるためそのホテルへと向かった。
「中心部の港まで、歩いて30分くらいかな? これくらい離れていたら五月蠅くなくていいや。おれ、こういうの建物も好き。ちょっと高そうだけど」
『海沿いに建っておるから、客室のすぐ目の前が海になっているのか。部屋から釣りが出来そうだ』
「後で釣りしよっか。海の魚はいつ食べてもどれだけ食べても最高だ」
『海が勝手に味付けをするせいで、更に調理されると吾輩は塩っ気に少々舌が痺れる。釣ったそのままでよいぞ』




