常識ある村-06
奴隷と聞いて村人がざわつき始める。しかも奴隷生産、この村は奴隷を育てるための拠点だったという事。村人は村長から距離を取り、いつの間にか男女別れることなく1か所に固まっていた。
「全てを話せ」
「……こうするしかなかったんだ、俺は悪くないんだ」
「悪いよ。何も悪い事をしてない人を騙して売り飛ばす事に、やっていい理由なんかない」
「俺はこの村の為に、そうするしかなかったんだ! この村を海賊に乗っ取られないためには、こうするしかなかったんだ!」
「理由があれば悪い事をしてもいいなんて、そんな常識はないよ」
「……」
自分だって被害者だ、などという主張は人族同士でしか通用しない。
レオンは「悪い事をしたか、していないか」「自ら償いをどの程度申し出るのか」しか判断材料にしていないからだ。
村長は今のところ、レオンにとってならず者だ。レオン自身が被害に遭っておらず、村人から始末依頼も受けていないから動かないに過ぎない。
「本当に悪いと思っている奴はまず謝る。そしてこれからどうやって償うのかを自分から話す。しかもお前は自分で今、悪くないと言い張った」
「……」
「お前はならず者だ。悪い事をしても言い訳ばかりで謝らない奴、あいつも悪いんだと言って罪の相殺から始める奴はならず者だ」
レオンは言葉を飾らない。飾る程の語彙力がないというのも理由の1つだが、ならず者に配慮する気もない。
ピシャリと断言され、村長は言い訳で理解を求める事も困難になった。村人の印象が良くなる事もないだろう。
なにせ、奴隷にしようとしていた挙句、自分は悪くないと言い張ったのだから。
「見損なったぞ! 村長がそんな奴だったとは」
「私達を騙してたんだね! あんたは酷い非常識もんだ!」
「ただじゃおかねえ! 奴隷にした奴らはどこにいる! 奴隷と引き換えに何を受け取ったんだ! 酒か? 肉か?」
案の定、村人からは非難轟々。村長を取り囲むように近づく群衆を前にしては成すすべもなく、逃げる道などどこにもない。
『こやつにどのような罰を与えたいか。自分で手を下したくなければ、我らが喜んで引き受けようぞ。目玉を潰すか? 腕を引き抜くか? それとも内臓を抉り出してやろうか』
「えっ……」
『遠慮するでない。貴様らはそれだけの仕打ちを受けてきたのだ。他所の村でこのような真似をすれば、五体満足な最期など迎えられぬのが当然というもの』
ジェイソンの発言に、村長の顔は一気に老け込んだように見えた。外のお洒落を取り入れた服も髪型も台無しだ。
「り、理由を話す、話せば許してくれますか」
「ならず者が自分の罪も認めず、逃げ切れないと分かってから交渉をしようとするのは順番が違う」
「……も、もうしわけ」
「自分が助かりたいために吐く言葉を謝罪とは言わない」
「そ、そんな……」
「ただ誠意のないゴミのようなならず者として死ぬか、罪を償おうとしたならず者として死ぬかは選べる」
レオンから許される事はないだろう。レオンの中で、村長はならず者で確定している。
しかし、村長には僅かな良心が残っていた。
元々、村長の家系や海賊の言いなりになった事には理由があったのだ。代々語られてきたその目的を今更思い返した村長は、経緯を語り始めた。
「こ、この村は……昔から外とあまり交流のない長閑な漁村だった。そこに海賊が現れたのは200年も前の事になる」
海賊は穏やかな入り江と適度に耕作可能な土地、家畜などを根こそぎ奪おうとした。
村人を奴隷として売り、自分達の拠点を移すには最適だと考えたのだ。
だがその時、村には疫病が流行っており、押し寄せた海賊も半数ほどが死んでしまい、拠点を移すどころの話ではなくなった。
次の年は入り江のど真ん中にある浅瀬で海賊船が座礁。そうやって奇跡的に侵略から逃れる事ができたものの、小舟で村まで来た海賊たちは、こう言った。
≪これ以上村に来られたくなければ、相応の貢物が必要だ≫
その時は牛を1頭、作物の半分を渡す事で帰らせることができた。だが、海賊は次の年もやってきた。そしてこう言った。
≪お前らの村のせいで流行り病がアジト内でも広がり、半分が死んだ。お前らが代わりに働いて償え≫
海賊は役に立たない老人達と幼い子供達だけを置いて、残り全員を連れて行ってしまった。
≪大きな船では入り江の奥まで入れない。搾取できるものも残ってない。とはいえまた様子を見に来てやろう。ガキを立派な奴隷に育てておけよ≫
残された老人達は考えた。搾取できるものがなければよいのだと。
子供達を連れ去る価値もない常識なしの役立たずに育て、搾取出来るものもない貧しい暮らしをしようと。
村に外部の話が入ってくれば、村の者が言う事を聞かなくなる。村が繫栄すれば搾取されてしまう。
だから村の異常な常識を擦り込ませ、外との関わりを絶つ。村人同士を監視させる事で突飛な行動をさせない。
仕事を選ばせず、無駄な知識を付けさせず、考える機会を与えない。そうする事で、役割以外は何も出来ない者達の集団にする。
結婚できなければ追放。そう決める事で、村から出る事は恥だという意識も植え付けた。
結婚のルールや男と女を出来るだけ一緒にさせないルールは、村長の先祖なりにこの村を守るためであった事が窺えた。
「……奴隷となる者を出来るだけ出さないようにしたかった。1年に1度、奴らがやって来て村の男の人数を数えるんだ」
「もしかして、外から酒を持ってきて、野菜と交換する商人の事か!」
「あいつは悪い奴だったんけ?」
「ああ。働き手となる男だけ寄こせと言われていた。仲の良い男女が一緒に暮らせば、必然的に子作りにも積極的になる。だが子供が多く生まれたなら、その子達の何割かが奴隷になってしまう」
男には追放という焦りを抱かせ、女の性格や美醜など関係なく、とにかく結婚すればいいと思わせる。
女には男を恐れさせ、なるべく結婚を嫌がってもらう。
更に相手の職業指定も加え、一層相手を選べない状況へ追い込む。
見た目も性格も何もかも一致しない2人は、10日に一度の夜も仲良く子作りに励むことはない。
とはいえ離婚は許されず、他の異性と話す事も出来ない。義務的に2人ほど子供を作れば、名ばかりの既婚者の出来上がりだ。
それらは全て奴隷を出さないため。
最善ではなくむしろ悪手にも思えるが、村長の家系が代々必死で守ってきたものだった。
「追い出したもんはどうなったんだ? 奴隷として連れていかれちまったんか」
「……海賊を抜けてひっそり過ごす者の村がある。そこに頼んで、外の遠い村に連れて行ってもらった。戻り方が分からないように目隠しをさせて」
「でも海賊っつうのは何も奪えねえとなりゃ、納得しねえよなあ」
「もしかして、商人が来た日にやる追い払い祭りでいなくなる家畜は……」
「海賊に渡す男の身代わりだ。奴らはある程度納得いく搾取が出来れば満足する。だから……」
村長は全てを自白し、騙してすまなかったと言って項垂れた。騙されていた村人達は、何とも言えない表情で佇むしかなかった。
『嘘偽りはないようだが』
「そうだね。理由が何であれ、おれはならず者だと思うけど。被害者が望まないなら、おれは始末できない」
レオンの言葉を聞き、村長は皆に向かって土下座を始めた。自分だけは他所の文化に浸り、健康状態も良好。
それが海賊を欺くための演技だったとしても、1人だけマシな暮らしをしていた事に変わりはない。
「申し訳なかった! 本当の事を言って皆に逃げられでもしたら、今度はこの村に残った者が支配され、今よりも苦しい生活になる可能性もあった! だが……理不尽な目に遭わせていたのは事実だ」
「今まで信じてたもんは、何だったのけ」
「そりゃ毎日ただ生きてるだけでよ、誰かを見張るような真似ばかりしてよ、そんなもんだべなあと思ってたもんだが」
「常識っつうもんは、誰の、どこのためのもんかで変わっちまうもんなんだなあ」




