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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【常識ある村】

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常識ある村-05


「あなたが村長ですね」


「ああそうだが。何が目的かは知らねえが、この村の事は俺が任せられてい……る」


 村長はレオンを見て一瞬言葉に詰まった。視線は明らかにレオンの外見、つまりは耳と尻尾に向けられている。


「それは、村人からですか? それとも、外の誰かですか」


「も、勿論村人からに決まっているでしょう! 外? 外の世界に一体誰がいるですか、この村以外にまともな場所などないというのに」


「ふうん。じゃあ写真、見て頂けますか?」


 近寄ってきた村長は、レオンの手から数枚の写真を奪い取った。先程村長は「過去の悪習」を一蹴したが、どの写真も笑顔の人々が写り、生活はこの村よりも高水準だ。


「この写真にはおれも写っている。おれが幼かった頃におれのご主人と撮ったもの、旅先で撮ってもらったもの。これは遠い昔ではなく、今の他所の姿だ」


「村長、これはどういうことだべ。この村の周辺以外にゃあ、草木もまともに生えてねえ、荒れ地しかねえって、言ってたでねえか」


「この写真ってものも、あたし達は初めて見た! 男も女も一緒に住んでるし、なしてこの村では駄目なのけ?」


 写真を作りものと言って誤魔化すにも、言い張るだけでは通用しない。村長は方針を転換した。


「……こ、こんな、こんな場所があるというのですか? いやあ、驚いた! 代々村長の家系の俺は、ずっとこの村の外がまともじゃないと聞かされていたもので」


 村長は、自分も知らなかったのだと主張する。騙し続ける事は諦めたようだ。


「いやあ、旅人さんが来てくれて教えてくれなければ、我々はこんな事を知らないままでしたよ! この村は今後更に発展するでしょう、いやあ有難い」


 貼り付けたような笑みで握手を求める村長に対し、レオンは手を差し出さなかった。


「幾つか確認したい事がある」


「はい?」


「なぜ写真と言われて、おれの手から奪い取る事が出来た」


「は……?」


「この村の者は、写真と言われてもそれが何か分からなかった。写ったものがどこかの実際の風景である事も疑っていた。お前はなぜ迷うことなく奪い取った。写ったものに納得した」


「そ、それは話し声を聞いていたので」


「2つ目。その髪型、どこで知った」


「か、髪型?」


 レオンは村長が考える時間を与えない。嘘で切り抜けようとしている事が分かるからだ。写真とは何かを知っている点から、村の外の事は聞いた事がある程度ではなく、きちんと把握していると睨んでいた。


 更には左側頭部だけを刈り上げ、長めにとった前髪を右側に流す髪型だ。偶然村の外で流行している時に同じ髪型をしているなど、外界を遮断した環境ではありえない。


「ここから順調に歩いて1週間ほどの距離にある港町で、2年前から流行している。みんながその髪型をしているが、なぜお前も同じ髪型をしているんだ」


「……た、たまたまでは」


「3つ目。おれが狐人族だと分かってから、急に態度が変わったな。なぜだ」


 3つ目の質問に、村長は微動だにせず固まった。暗がりでも分かる程の焦りは、もう隠しようがない。


「この村の住民は、狐人族の存在を知らない。そういう種族もいるのかと感心され、恐れてもいない。おれの姿を見て怯え、明らかに態度や言葉遣いを変えたのは、この村でお前だけだ」


「……お、驚いただけで」


「狐人族を知っているのなら、発言には気を付ける事だ。おれに嘘をつくことの意味も知っているだろう」


『獣人族を知っているのならば、吾輩の事も知っておろう。心して答えよ』


 村長はレオンに見透かされているとようやく理解した。

 狐人族を騙す事の難しさと、騙した後の仕打ち。今まで騙してきた村人からの視線。それらが村長を追い込んでいく。


「み、みんな、どうして急に現れた旅人なんかを信じる! 先祖代々村を守ってきた俺を信じないで、どうして俺を嘘つき呼ばわりするんだ!」


「んだら、村長は嘘はついてねえんだな? この旅人が嘘つきっちゅうことだな? その写真っちゅうもんは嘘で、全部作り話なんだな?」


「あたし、さっき小屋のとこで写真を作ってもらったよ、本当にそのまんまが出てきたんだ。あたしは水面に移る自分以外、初めて自分の顔を見た! これが嘘なもんか!」


「村長、ほんとのところはどうなってんだ。村長は外に出て色んなもんを知ってんだべ?」


 村人の中にも、日々の生活でどこかおかしいと感じる場面があったのだろう。村人の追及は止まらない。


『貴様に教えてやろう。レオンが何を生業にしておるのか』


「な、生業?」


『貴様のような悪党を始末する商売だ。ああ、お前は知らぬということになっておるのか。ならばわざわざ教えてやろう。狐人族は人族の掟には従わない。悪党をどのように成敗するかはレオン次第だ』


 レオンの話を聞いても、村人達はピンと来ていない。村にない職業の話など想像もつかないのだ。

 これはこうだと決められた通りに生きて、退屈で代わり映えのしない毎日の中、始末屋と聞いて退治を連想するだけのきっかけなどない。


 始末屋とは何か。ざわざわする村人とは対照的に、村長はしばし無言だった。


「悪党って、村長は何か悪い事をしてるのけ?」


「……」


「もう1つ。この村を追い出された男はどこにいるのか」


「どこって……どこだべ」


「この村の両脇の丘に登った人は、両隣の島以外に何か見た事がありますか」


「そもそも登ったら村長のきつーいお仕置きがまってるもんでな」


 皆は自分の知る範囲内では特に何かおかしな点はないと言って頷き合う。


「北東の村へは、2日歩いて浅瀬ぎ、隣の島へと泳いで、更に2日歩いて辿り着きます。南西には行っていませんが、歩いて1日程度で海があり、やはり泳いで渡る事になるでしょう」


「それがどうしたんだ? 追い出された奴もそうやって出ていくんだべ?」


 この村の者は、自分で考え、疑問と向き合う事を放棄して生きてきた。レオンの言葉の真意を汲み取ろうとする姿勢が見えない。


 レオンは解説しないとダメかと苦笑いし、ふと「犬みたい」を「犬を見たい」と解釈した自分を思い出していた。


「おれは水と食料を持ち、服の備えも持ってきました。泳いで渡る際は、水に濡れないよう、水を通さない皮袋に大切なものを入れています」


「へえ……」


「季節も天気も関係なく、20歳になったら出ていくわけですよね」


「まあ、そだなあ」


「外の世界を何1つ知らず、どこに何があるか、何を備えたらいいかも分からない。そんな状態で村を出て、飲まず食わずであてなく歩き続けて、冬の寒い海を泳いで渡りますか」


 そこまで聞いて、村人達はようやくハッとした。村人は着の身着のままで追い出されるからだ。

 多少は20歳を前に用意していたとしても、この村では自分の仕事以外を自分もやるという発想がない。余計な蓄えもする必要がなく、無いものを作り上げる文化もない。


 レオンのように狩りに慣れ、どんなものでも食べ、ジェイソンの力を借りれる状況とはわけが違う。


「つうことは……みんな死んだのけ!? そりゃ、可哀想なことを」


「いえ、長く続く風習のわりに、少なくとも北東方面で亡骸を見かけた事はありませんでした」


「んだら、他所に行ったっつうことだべ」


「いんや、冬に飲まず食わずで外に出たもんはどうすんだ?」


「村長の仲間が迎えに来る。違いますか」


 レオンの問いかけが重なり、村長はついに反論の嘘さえつけなくなっていた。見逃しては貰えない事を理解した村長は、ため息をついて座り込んだ。


「……ああ、そうさ。この村の外の事も知っているさ、村の外にだってよく行ってるとも」


「村長、あんた俺達を騙してたんけ! なして……」


「村長? はっ、まずそこからして違うな。うちは代々、奴隷生産をやってんだよ」


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