嘘つきの町にて-06
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「ここだよ」
通されたのは、崩れそうなバラック群の先の大きな建物だった。
地区内には珍しいコンクリート製の2階建て。元はどこかの会社の建物であり、ボスはそこにいつしか住み着いた流れ者だという。
割れたままの窓、塗装の褪せた壁、それに草が伸び放題の敷地内。手入れがされているとは言えず、近寄りがたい雰囲気を醸し出すにはちょうど良い具合だ。
「小さいひと、ボスの仲間は?」
「何人かいるよ、オレ達を監視してるんだ」
「あたしら老人であっても、奴らの機嫌次第で金や食べ物を寄越せと言われる。取り巻きも他所から追い出されたような悪党でね」
「全員ならずものなら話が早いね」
そう言うと、レオンは宝物の山形鋼を担いで建物の中に入ろうとする。老婆も被害者達も、そんな堂々としたレオンを慌てて止めに入った。
「ちょっとちょっと! そんな真正面から入って行ってどうするんだい!」
「銃や弓を放ってきたらどうする!」
「大丈夫だよ」
レオンはくるりと振り返り、相棒のジェイソンと山形鋼を見せる。ジェイソンなら銃撃されたところで全く利かない。
レオンの反射神経なら避けたり打ち返す事も可能、という事なのだが……。
「そんな鋼材じゃあ銃弾は防げないよ、過信しちゃあいけない」
「穴が開いたり変形したり……」
「えっ、それは絶対にやだ、これおれの宝物だし」
レオンは鉄を過信していたようだ。実際に山形鋼は数年の間に変形している。宝物をこれ以上変形させまいと、2、3度製作所を訪ね、形を整えてもらった経験もあった。
ご主人と共に落書きした部分は厚い塗装を慎重に剥いでもらい、更にコーティングをして小さなケースに入れてある。
変形や汚れ、錆についてはある程度分かっていたが、穴が開く事までは考えていなかった。
「おれ、ご主人からもらった宝物に穴開いたら、どんな復讐するか自分でも分からん」
『吾輩が傍にいれば、レオンに傷1つ付けさせぬ。それに、相手は弱い者しか相手に出来ぬ奴よ、レオンを襲う度胸もない』
「そうやね。強い奴と戦ったことがなかったら、自分がどれだけ戦えるかが分からん。強い奴はわざわざ弱い奴を脅さない、自分でできるから」
レオンとジェイソンはやはり恐れていない。レオンは持ち前の腕力や脚力で、ジェイソンは力こそ弱いものの、増殖や猫のような隠密行動で。それぞれが補い、結果的に向かうところ敵なし状態だ。
「みんなは入って来たらいけん。ジェイソンが呼ぶまで待っとって」
ジェイソンが2匹その場に残り、レオンと残りの数十匹のジェイソンが正面の大きな扉を押し開け……なかった。
「えっ!?」
レオンは扉を蹴破った。木製とはいえそれなりに硬く厚い扉は、大きく裂ける音を立てた後、蝶番から外れて室内に吹き飛んでいく。
「だいじょーぶ! ちゃんと重たい靴履いとるけん!」
『レオンの靴は、靴底のゴムの中に片方3キロの厚い鉄板が入っている』
「そ、それを履いた状態であの俊敏な動きを……」
大きな音はボス達にも聞こえただろう。
見守る者達が呆気にとられる中、レオン達は暗い室内へと入って行った。
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『フン、隠れたつもりかこやつら。右に2体、その更に奥に1体だ』
「有難う、でも右の2体は影で分かるね」
ジェイソンが偵察し、レオンは容赦なくぶちのめす。銃を構えた瞬間には、レオンの殴打が襲い掛かっている。
そんな一方的な戦況に、潜んで出られなくなった者達が呼吸も止めてレオンが通り過ぎるのを待っていた。
ジェイソンが突如天井から襲い掛かり、腕や耳を噛む。銃口が定まらなくなったか暴発したところで、レオンが頭や腹を山形鋼で打つ。
狭い場所なら蹴りや殴打で、時には山形鋼で槍のように突いて。数十秒おきに悲鳴が上がるため、さすがのボスも気づいているはずだ。
「や、やられっぱなしでたまるぐふぅっ!?」
「銃の性能に頼りきって、自分を鍛えるのを忘れてるよ。そんな奴の緩慢な動きでおれに勝てると思わないで欲しい」
『吾輩がその重そうな腹の肉を爪で抉り取ってやろうか』
「ひっ……」
殴られ蹴られ、噛まれ引っかかれ……更には銃を奪われ、武器を隠し持っていないかの確認のため丸裸にされ……悪党達はもう抵抗する気力もなかった。
万が一にも勝ち目はない。殴打の瞬間の冷たい目、ジェイソンの恐ろしく赤い口内、そして繰り出される攻撃。それらを前にして悟る事が出来ない馬鹿はいなかった。
倒した悪党は6人。それぞれにつきジェイソンが1匹監視役となり、着替える事すら許してもらえない。
『畜生に服など要らぬ。まあ吾輩の姿とてそう変わらぬが』
悪党達は、やはり今まで自身より弱い者しか相手にしていなかった。
本当に強く恐ろしい者の登場によって、悪党達はどれ程自身が小物なのかに気付いてしまった。
強がっていたくせに、哀れなまでに一方的にやられた。そんな嘲笑に耐えられる者なら、そもそも弱者相手に強がらない。
もう町中を歩く事すら恥ずかしくて出来ないだろう。
「ならず者の群れには傾向があるね」
『なんだ、何か気付いたのか』
「一番偉そうな奴は、どいつもこいつも自分に従順なならず者を助けない」
『そうだな。実際にこの瞬間も、こやつらの頭領は姿を見せぬ』
2階の廊下の奥に大きな扉がある。手前の部屋は全て調査した。ボスがいるのならこの扉の先だ。
『レオン』
「ん?」
『吾輩は最近狩りがつまらぬと感じておるのだ』
「どういう事?」
『あまりに相手が弱く、いつも一瞬で殲滅してしまうだろう。恐怖に怯え、失禁し、自身の死を覚悟したかのようなあの表情がたまらぬというのに』
魔族は基本的に獰猛で、慈悲を持ち合わせない。相手が恐怖と疲れで動けなくなるまで弄り、心身共に限界まで追い込む。そして最後の最後、命乞いが始まった所で喰らう。
ジェイソンは特にそのような始末方法が好きだった。
対してレオンは1撃で相手を行動不能にしてしまう。それはドワイトの効率を求めた指導によるものであったが、ジェイソンはその点に関してだけは不満を持っている。
「じゃあ、今回はどうしたい? いいよ、おれは今回依頼を受けただけで、何かされたわけじゃないから」
『そうか、そう言ってくれるか! さすがは吾輩が見込んだ狐人族よ! ならば……』
ジェイソンの1匹がどこかへと走っていく。
『この扉の持ち手の間に何か棒を通せ』
「え?」
『心配無用、折れはせぬ』
両開きの扉の取っ手と取っ手の間に棒を通し、扉が開かないようにする。まずは閉じ込めるという事だ。
「おれ達も入れないんだけど」
『テラスから侵入する。窓ガラスがありカーテンも閉められているが、関係ない。割って入る事で恐怖を誘うのだ』
「なるほど」
『銃撃されるのは想定済みだ。案ずるな、銃弾ごとき吾輩が防ぐ。レオンは動じない様子でゆっくりと近づくのだ』
「それで?」
ジェイソンはいつになく饒舌だ。思い描いた通りに事が運ぶのを夢見ている。どれだけ相手が怖がるか。どんな命乞いの言葉を聞く事が出来るか。そろそろジェイソンの高笑いが響きそうだ。
『銃弾が尽き、それでも撃とうとする。レオンは口元に笑みを浮かべる。やめてお願いだと言ったところで体を殴りつけるのだ』
「分かった。でも喋れなくするのは悪事を白状させてからだ」
『分かっておるとも。今回くらいは目玉をえぐり、内臓を引きずり出しても良いか』
「それは本当にならず者だった場合。それと被害者次第だ」
もうボスの逃げ道はない。外観はジェイソンが確認済みだ。レオンは手前の部屋からテラスに出て、ボスがいるであろう部屋の窓めがけて山形鋼を振りかぶった。




