嘘つきの町にて-05
「ぎゃあああっ!」
「たすけてえ!」
「取れない! こいつ何!」
ジェイソンの不意打ちが成功したようだ。
レオンは何も心配する事なく路地を曲がる。そこにはジェイソンの群れに覆い尽くされた子供が3人、恐怖でガタガタと震えて佇んでいた。
「やあ、おれ達をずっと監視していたね」
「ひっ……」
子供達の顔が引きつる。自分達がこれからどうなるのか、察しがついているのだろう。
被害者に捕まった場合、奪った金を返すだけで許される事は少ない。もっとも、奪ってすぐ誰かに渡すか使うかして、全額返金できることも稀だ。
腹を立てて暴力を振るわれる事も少なくない。そこでうちの子に暴力を振ったと文句を言いに来る親はいるが、それは子供が殴られてからだ。
更に後で親や元締めから失敗を責められて暴力を振るわれ、食事抜きなどの罰を与えられる。
つまり、盗ったものを返さずに済む以外、子供達に待っているのは激しい折檻のみ。それでも盗まなければならない生活を送っていた。
「私にぶつかった子だわ」
旅人の女が6、7歳の女の子を指差した。女の子は肩を大げさな程ビクリと跳ねさせ固まる。子供相手は慣れていないものの、レオンは修羅場の経験なら余計な程重ねた。
怒りと悔しさが爆発しそうな女を制止し、レオンはしゃがんで目線を合わせる。ティアが目線を合わせて話をしてくれた時、ホッとした経験からだった。
今でもレオンはティアに育てられた事を忘れていない。
「念のために言っておくね。嘘をつかない方がいいよ、君達を捕まえたジェイソンは全てお見通しだから」
押さえつけるジェイソンを呼び戻し、全員をその場に座らせる。逃げられない事を理解し、全員がその場でおとなしくなった。
「まず、君達はこの人から何か盗んだね」
「……うん」
「理由を聞く前に、まずはそれを返してもらおうかな」
「……」
「今持ってないのかな、それとも誰かに渡したのかな」
3人は黙ったままだ。全員が同じ反応をするという事は、3人とも互いの窃盗を把握しているという事。レオンは質問を切り替えた。
「えっと、3人は家族なのかな?」
「ちがうよ、みんな違う」
答えたのは10歳くらいの男の子だった。盗みを咎められた時よりは話しやすそうで、3人がそれぞれきちんと頷く。
「えっと、これ、私が盗まれたものは返ってこない、ってこと? 私から盗んだものはどうしたの?」
女はレオンが努めて優しく接し、情報を聞き出そうとしている事を理解していた。自身も怒りを抑え、残念そうな顔を作って見せる。罪悪感で正直に話すのを期待しての事だった。
「……」
「言い難いんだね。誰かに渡したのかい? 君達の親かな」
「……」
「もしも、だけど。怒られるから言えない、殴られるから言えない、っていうなら安心していいよ。1つ確認していいかい」
何かに怯えたような表情、周囲を気にする視線。それらでレオンはこの子達が自分のために盗みを働いたのではないのだと確信した。
「おなかが空いたから、それを売って食べ物を買った、って事じゃないんだよね。大丈夫だ、正直に言っても君達が怒られる事はない」
「この狐人族のお兄さんは物凄く強い。一緒にいる黒猫のジェイソンさんを見ただろう? 君達を守ってくれる」
憤っていた当初の気持ちはどこへやら、被害に遭ったはずの者達は、いつしか子供達を心配するようになっていた。
「君達、一生このままでいいのかい。誰か怖い人にずっと脅されて、ものを盗んでは嫌われて、取り返されて怒られて、殴られて。満足に食わしてももらえなくて」
「もし悪い人がいるのなら、このお兄さんがやっつけてくれる。そういうお仕事をしてるの。私達はこのお兄さんのおかげで、他の嘘つきな町の人から盗られたものを取り返せたの」
子供達の心が揺れ動く。本当の事を言って、後で自分達が酷い目に遭わないか。ここで本当の事を言ったら、今の絶望的な日々が終わるのではないか。
この町の特殊な事情を考えれば、レオン達を信用するのはとても勇気がいる事だ。
子供達は嘘つきな大人しか知ない。一方で自分達が今まで悪い事をしていたと理解もしている。
「写真を見せよう」
「その必要なないよ」
男が子供達に写真を見せようとした時、背後で声がした。
「さっきの老婆のひとか」
「あたしもさっき浜辺で取った金を返す羽目になった。この人達は確かに悪者を退治しておる」
「この地区に住んでいたんですね」
「ああ。この子らの事も、事情もよく知っとるよ。みんな孤児だからね」
老婆がワケを話そうとする。レオンはそれを止めた。
「小さい人が自分で言わないけん。自分で助けてもらおうとせないけん。小さいけっち……小さいからと言って、救われるのを待っていたら成長出来ない」
レオンの厳しすぎる発言には、子供達への期待も込められている。
暫くの沈黙の後、年長の男の子が口を開いた。
「ボスに、その日盗んだものを全部渡してる」
「ボス?」
「ボスに食べ物とかもらう代わりに、全部渡すんだ」
「なんて奴なの!」
自分達が言わずとも、老婆が話せば分かってしまう事。レオン達を味方につけなければ、この状況が変わらない事。
その為には、自分達がきちんと話さなければならない事。
それらを幼いなりに理解した3人は、それぞれの言葉でこの地区の現状の事を話した。
老婆もただ傍観していたわけではない。稼ぎが少なく怒鳴られる子供に対して、時には自分の戦利品を内緒で渡してもいたという。
「悪い事だと分かっていたのか」
「……でも、盗まなきゃ怒られる」
「怒られなかったらやらなかったのかい」
「……うん」
「そうしたら、食べるものはどうするんだい」
子供達は悪いと分かっていても、恐怖に逆らえず盗みを働いていた。子供にとって大人の叱責は恐怖だ。殴打1つ、言葉1つで逆らえなくなる。
ただし、元締めを始末すれば解決するという話でもない。この子供達は盗みを働きボスから食料を貰わなければ、結局は生きていけないのだ。
「事情は分かった。それで?」
「え?」
「盗んだことを認めたね。悪いことをしたと分かっているね。それで? 理由を話しただけで許してもらえると思うかい」
子供達はレオンの言葉の意味が分からず、これからレオンに怒られるのかと不安そうにしている。
本当は言われなくても分かって欲しかったが、レオンはため息をついてどうするべきかを告げた。
子供には知らない事、分からない事があり、反省すれば生きていく権利がある。それもレオンが学び、貫いている信念の1つだった。
「謝らなくても許してもらえるほど、世の中は甘くない。謝っても許してもらえない事だってある。ごめんなさいはね、言われなくても自分からするものなんだよ」
「あっ……」
子供達は、ようやく自分達がまだ謝っていない事を自覚した。それぞれが震える声でごめんなさいと言い、頭を下げる。
「どうしますか」
「まあ、怖い大人に逆らえないのは分かったし、盗まなければならなかったのは分かった。今回は許す、でも二度とするな」
「はい……」
金品を盗まれた者達は、子供に何を言っても仕方がないと諦め、謝罪を受け入れた。皆、殴られ食事を抜かれても耐えろとは言えなかった。
「じゃあ、行きますか。小さいひとも、行くよ」
「えっ?」
「盗まないと生きていけない生活を変えないとね。とりあえずそのボスを始末しよう。ボスをおれに売ってくれるかい」
「売る? どういうこと?」
被害者達はレオンの言葉の意味が分かっている。子供達が首を傾げているため、男が簡単に説明をした。
「……うん、任せる。こっち、ボスの家に案内する」




