嘘つきの町にて-03
「この町、嘘つきしかおらんのかな。何でおれまで嘘を付いとるって思われとるん」
『相手を信じる文化がないのだろう。いかにも人族らしい町ではないか』
「そうだけどさ。全員ならず者の町があるとは」
大浴場でこそ狐耳と尻尾を晒したものの、レオンは宿内でも律義に人族を装って過ごしていた。ところが宿でもトラブル続きで、何かある度に金を要求された。
宿への戻りが遅くなったからと時間外対応に銀貨5枚を要求され、朝食は無料だが水は有料だと言われ銀貨を2枚。
勿論それらには納得せず、レオンは一切支払わなかった。何も聞かされてはおらず、払う意志はないと睨みつけると、騙せなかった悔しさからか、従業員の態度はあからさまに悪くなった。
極めつけは、宿を出る際だ。
「お金、前払いしましたよ」
「いいえ、お客様からは頂いておりません」
「はい?」
「警備隊に言って無銭飲食で捕まえてもらっても、こちらは全く困りませんよ? どうされます?」
フロントに鍵を返した時、なんと前日払ったというのに宿泊料の請求書を出されたのだ。それも、本来の金額の倍近い。
おまけにフロント係の女は、冷たい視線でレオンに圧を掛けてくる。
「もし、どうしても通報はやめてくれと言うなら、料金にそれなりの色を付けてくれますよね?」
「え、お金を塗るのか? なんで」
「……謝礼、割増しという意味ですよ。見逃して貰うなら当然でしょう?」
「……ハァ、ここまでして人を騙して金を奪おうとする奴がいるなんて。穏便にと思っていたけど、もういいかな」
相手は勘違いではなく、料金を二重取りしようとしている。それはこれまでの従業員の態度からも明らかだった。
レオンは帽子を取り、腰に巻いていたローブも解いた。
「あっ……」
狐耳を見たフロント係は真っ青になる。言い訳をしようにも、歯がガチガチと鳴るだけで言葉が出ない。
「お金、払いましたよね。記帳の際にサインをしてもらったはずですよね。責任者を呼んで貰えますか」
「ひっ、あ、あの」
「人族同士で化かし合うならまだしも、狐人族相手に詐欺を働こうとしたらどうなるか、分かっていますね」
フロント係の女は震えながらバックヤードへ駆け込む。すぐに支配人を名乗る男が現れた。
狐人族の登場にやや顔が強張っているものの、笑顔で余裕を取り繕ったまま、努めて穏やかな口調を保つ。
「お客様、宿泊費の支払いを拒否されていると伺いましたが」
「昨日払ったし、記帳の際にサインももらっている。二重に払うつもりはない。台帳を出してみろ」
「他のお客様の情報も入っていますので。宿の大切な台帳をお見せするのは守秘義務に反します」
「お前も嘘つきならず者か」
レオンは怒りよりもガッカリしていた。ティアのように優しい人族にも出会ってきたせいか、レオンは狐人族にしては人族を基本的には善人だと思っていた。
ところが、こうも入り代わり立ち代わり悪人が現れては、信じている自分が馬鹿なのかと思えてしまう。
支配人は作った笑みを崩さないよう、目を細めてレオンを見つめる。
少々強面の客相手でも金を奪えるだけの自信か、もしくは取り立て屋のような伝手があるのだろう。レオンが杖のように持つ山形鋼にも動じていない。
「時々いるんですよ、狐や猫の耳を付けて獣人族に成りすます不届きな奴が。そんな脅しで無銭飲食を見逃してやるつもりはありません」
無視して宿を出てもいいし、なんなら1発殴れば黙るのも分かっている。
しかし、レオンはティアの言いつけをよく守っていた。「相手が確実な悪者であるかどうか、見極める」「確実に悪い者だけを懲らしめる」この2つを破る事はしなかった。
詐欺未遂にやり返すのではなく、詐欺が成立したら報復。レオンの一応の信念のため、レオンは財布を取り出した。
「フン、やはり警備隊が怖いか。おとなしく最初から言われた金を払えばいいだけなのに」
「20銀貨紙幣と銀貨5枚。領収証を書いてもらいます」
「ええ、もちろん」
レオンは金を払い、支配人が直々に領収証を書いてレオンに手渡す。その行為が確実に終わった直後、レオンは山形鋼を容赦なく水平に振った。
「ごぶっ!?」
「キャッ!?」
腕力に任せた一振りで、支配人とフロント係の女がうち飛ばされた。支配人は頭を、女は頬を。騒然とするロビーに悲鳴が響く。
「詐欺はならず者。ならず者に容赦はしない」
「ゴッ、ゴブッ、こ、こい……ぐふっ!」
「お前はおれを騙して金を奪った。それは悪い事だ。お前はならず者」
レオンはそう言った後、髪にべっとりと血を付けた支配人の顎にアッパーを喰らわせた。女はジェイソンが容赦なくひっかき、骨が折れたであろう頬以外もボロボロだ。
「ならず者は始末する。お前みたいな奴が生きていたら、困る人や悲しむ人がどんどん増える」
レオンは支配人の胸倉をつかみ、足がつかないほどまで持ち上げる。支配人は苦しさと口内に溜まった血でむせながら、弱々しく謝罪の言葉を絞り出した。
「も、もうし……わけ、ござい……」
「何に謝りよるんか。おまえ、謝ったら許されるっち思っとらんか」
「わ、わたしは、お客様を……だまし、ました」
「騙されとらんけどね。分かっとるけど払わな話が進まんけ、払っただけ」
レオンは掴んでいた胸倉をパッと放す。咄嗟の事に体が動かなかったのか、支配人は足を挫き、顎を床に打ち付けた。
「おれから金を巻き上げた、おれを騙そうとして、払った金をもう一度払わせた。そんな性格が醜いならず者、おれ一番好かん」
「お、おかねは、か、返します、も、もう、しません……」
「原状回復は償いにならん。おれはその金を返して貰わず許しもせず、お前の内臓を売った方が金になる」
レオンはそう告げ、フロントの女と支配人を引きずって表に出た。宿の前の通りに突然現れた狐人族と、大怪我を負った男女。その場が静まり返ったのも無理はない。
「この町には、嘘つきと人を詐欺ならず者しかいないのか」
この町の住人からすれば、騙すのに失敗した馬鹿、としか映らないだろう。この町は人を騙し、少しでも多くの金品を巻き上げて生きる事が当たり前になっている。
騙される方が悪いという考えが一般的だった。
「他所から来て騙された人いませんか! おれが代わりに始末して、取られた金や物を取り返しますよ」
レオンが大声で告げると、数人の旅人と思われる人々が現れた。
「お前は本当に被害者か。おれを騙すならず者か」
「わ、私もその宿に泊まっていました! あなたが昨晩、フロントで時間外料金を巻き上げられようとしていたのも見ていました! 宿泊者名簿にエミー・ドルガーの名があるはず、私です」
エミーは自身の身分証を見せ、自身も30分前に宿を出た際、払ったはずの料金を請求されたという。
別の者は食事の際にサービス料を食事代以上に取られた。またある者は、ぶつかって来た男が腕が折れた、殴られたと大騒ぎし、警備隊を呼ばれたくなければ慰謝料を払えと言ってきたという。
「とりあえず、この人に金を返すのは当たり前。幾らでしたか」
「ぎ、20銀貨紙幣、1枚でした」
「取った分を返すだけじゃ償いにならない。悪い事をした分、お前は損をしなければならない」
レオンは宿の前で震えている従業員に視線を送る。水は銀貨2枚だと言った給仕の女だ。
「この人、泊まっとったお客さんか。なら、するべき事は分かるよな」
その視線の意味が分かった女は、金の入った袋を持ってきた。
「まずは20銀貨紙幣を返せ。おれは20銀貨紙幣と銀貨5枚」
給仕の女は震える手でエミーとレオンに金を返す。支配人もフロント係も諦めたようだが、勿論それだけで済ますつもりなどない。
「慰謝料として前払いした分の金と、お前たちが二度としないという誠意に相応しいと思う金を出せるね?」
女は真っ青な顔で袋から金を掴み、それぞれの手に握らせた。
金貨紙幣、銀貨紙幣、それに金貨、銀貨、銅貨。レオンとエミーはそれぞれ数十金貨分もの慰謝料を得たことになる。
「人を騙さんやったら、こんな損せんかったのにね。エミーさん、早くこの町を出た方がいい。もし金を狙う奴がいたら、始末屋レオンを呼んで」
「あ、有難うございます」
エミーは何度も頭を下げて去っていく。
一方のレオンは、朝から大入り確定だと笑みを浮かべ、更に呼び込みを始める。
「さあ、この町で騙され金や物を盗られたと言う人! 皆さんの損害、取り戻すお手伝いをしますよ!」




