嘘つきの町にて-02
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「あっはっは! 騙されちまったか!」
夜になり、レオンは宿近くの居酒屋を訪れていた。
居酒屋で得られるものは食事だけではない。どこの町の居酒屋も、色んな人が訪れるため情報量が多い。
どのような町なのか、ならずものはいないか、それらの聞き込みには最適な場所だ。
レオンの装いは半袖シャツ。今夜も帽子を被って耳を隠し、腰にはローブを巻いてしっぽを隠している。狐人族だと気付かれたなら、警戒されて話もしてもらえないからだ。
レオンが鍛えられた体なのは一目で分かれど、まだ顔には幼さが残っている。そのギャップに気が向くこともあって、狐人族とはバレていない。
「この時期になるとな、海辺で入場料を騙し取る奴が湧くんだよ。初めてっぽい観光客を見つけては、銀貨をせびる」
「銀貨1枚って、払えなくもないけど一瞬躊躇う金額なんだよな。そこに観光に来ている手前、周囲にケチ臭いとも思われたくない心理が働く」
「勿体ねえよなあ。銀貨1枚ありゃ、ビール1杯頼めるってのに」
居酒屋の大将や常連客に揶揄われながら、レオンは何とも言えない表情を浮かべる。
「はあ……そんなに人を平気で騙すならず者が多いのか。明日全員を締め上げなくちゃ。二度とそんな事が出来ない心と体にして」
「お、おいおい、物騒な事を言うなって! まあまあ、1杯おごってやるから、な? ほら飲め飲め!」
レオンが物騒なオーラを放っていたせいか、常連客が慌てて1杯を差し出した。飲酒の年齢制限などもう100年以上前から存在しない。レオンも飲酒はこれが初めてではなかった。
冬のうちに氷を敷き詰め藁で覆い、融けたとしても外よりは冷たい。そんな冷たい地下倉庫で保管された瓶ビールは、高原の湧き水のように冷たい。
世の中ではビールは常温が当たり前。レオンは冷たさに興味津々だ。
「水より冷たい……」
「そうだろう? 来年にはバベル大陸から冷蔵庫を仕入れる計画さ! 冬に遠くの山まで行って氷を切り出す必要もなくなる」
「そんなものがあるのか……あ、そういえば。エーテル村って、聞いた事ありませんか」
「エーテルっつったら、そういう酒の銘柄があるな。でも産地は南の大都市だったはず。村ではないな」
「そう、ですか」
南の大都市には行った事があった。エーテルという酒の存在も知っていたが、それはエーテル酒造の社名が由来で、酒造の創業者であるエーテル氏は近郊の農村出身。
村の名前は違うもので、海辺の村でもなかった。
「まあまあ、落ち込まないでさ、今日くらい飲んでパーッと忘れちまおうぜ!」
「大丈夫、情報がない事自体は慣れてるんで」
鶏の蒸し焼きに、魚のソテー。塩もみした枝豆、それに芋揚げ。ある程度食べながらでも、陽気な客が傍にいると酒が進む。
飲みっぷりを褒められると気分も良くなり、大将もたくさん注文してくれたからと、1杯サービスしてくれた程だ。
焼き魚を無言で貪るジェイソンをよそに、レオンは1時間ちょっとの滞在でビールを5杯、ウイスキーをロックで2杯、ワインもグラス1杯分空けていた。
レオンが酒に強いとしても、まだ15歳。それにいつもはこの量でも多少陽気になる程度。
しかし今日は雰囲気に当てられたのかいつの間にかうとうとしてしまい、大将が慌てて会計票を見せる。レオンは支払おうとしたものの、もう目が開かない。
常連客も酔っているのか「無理してたのかい、まだ若いねえ」と笑っている。
「……駄目だ、立てん、眠い……」
店内には他にも客がいて、それぞれが飲んで食べて喋ってを楽しんでいる。レオンは片づけられたカウンターテーブルに突っ伏し、騒々しい店内の音を子守歌に、そのまま眠ってしまった。
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「ん……あっ、どうしよ寝てた」
2時間程経ち、レオンはふいに目が覚めた。飲み過ぎで気分は優れないものの、自分がどこで寝ているのかを瞬時に思い出し、店に迷惑が掛かっているのではと顔をしかめる。
「ごめんなさい、飲み過ぎて眠く……あれ?」
店内が静かだ。店内の明かりはついたままだが、カウンターに大将がいない。
「げっ、もしかしておれ、店が閉まるまで寝てた?」
レオンが慌てて立ち上がると、弾みで椅子が後ろに倒れた。まずいと思って振り返った時、レオンは視界に飛び込んだ光景に困惑した。
「どういうこと?」
床には一緒に飲んでいた常連客、2つ隣で食事していた客、後ろのテーブルにいた3人組、それに店の大将が倒れていたのだ。
テーブルも椅子も倒れ、食事も食器も散乱。床を濡らす酒と料理が混ざり、なんともいえない臭いを放っている。
「何? えっと、ジェイソン? ジェイソン?」
『やっと起きたか。物音にピクリとも動じず寝被りおって。まあ、こやつらの仕業だ、無理もないが』
「……何?」
『この店の中の者は全員がグルだった。レオンは銀貨をほいほい渡した話をし、また食事の金額も特に気にしていない。金を持っていると判断されたようだ』
「って事は、おれを酔わせて酔いつぶれた所で金を盗むつもりだった?」
『そのようだ。酒に何やら仕込んでいたようだぞ』
レオンはやっと事態を把握した。
レオンは自身の素性を隠す事に気を取られ、相手の行動に疑問を持つ余裕がなかった。いや、店内の全員が疑問を持たせないよう振舞っていた。
楽しく酒を飲み、色々教えてくれる良い人だと信じ、警戒しなくなったという流れは全て仕組まれたものだったのだ。
『後ろの席にいた客と、2つ隣に座った客は、大将が後から呼んだ仲間だった。レオンから身包みを剥ぎ、海辺に投げ捨てるつもりだった』
「ならず者、か。浜辺でおれを騙したならず者の話で油断させつつ、自分たちが嘘つきならず者である事を隠したんやね」
『ああ。こやつら、レオンの持ち物を漁り始めたのでな。吾輩が二度とこのような事が出来ない心と体にしてやった』
「あー銀貨が勿体ないって言ったのは、自分達が奪う金が減ったって意味だったのかも」
この店内の惨状は、レオンの持ち物を盗まれまいと、ジェイソンが必要以上に暴れまくった結果だった。
「もしかして、床や服についた赤い染みってワインじゃなくて血なのか。なるほど」
大量のジェイソンに覆いつくされ、逃げる事すら叶わない。引っかかれ、嚙みつかれ、逃げ惑う盗人達はテーブルや壁にぶつかりまくった。
テーブルや椅子は倒れ、食器も置物も食材も調理器具も床へと落ち、店ご自慢の酒のコレクションは1つも棚に残っていない。無事なものはレオンの頭の近くにあった小皿1枚のみ。
「おれが持ってる金より、店の損害の方が大きいんじゃないかな。あの棚にあった酒、2,3本で金貨1枚って自慢してた」
『ほう、止めてくれと懇願されたのでな、うっかり全て落としてしまった』
窓は割れ、店の奥の扉も外れている。全員が傷だらけで、服もボロボロだ。唯一、地下倉庫の酒だけは無事だが……店を再開できる雰囲気ではない。
「ジェイソンが始末してくれたから、もういいかな。一応何も盗られていな……」
チラリと見えたローブの裾が赤く染まっている。レオンの眉がピクリと動く。床に俯せで倒れた大将の髪を掴んで頭を持ち上げると、意識があるのかうめき声を上げた。
「おれの大事な服が汚れた」
腰に巻いていたローブを外すと、現れたのは狐のしっぽ。レオンは被っていたキャップも取ってニッコリ笑う。大将の目は絶望で焦点が合わない。
「汚した分の慰謝料、貰いますね」
そう言うとレオンは会計票に書かれた額を指さし、
「この金額を払った事にして、その分を慰謝料で貰った事にしておきますね」
そう告げると手を合わせて行儀よく「ごちそうさまでした」と頭を下げ、店を後にした。




