嘘つきの町にて-01
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旅に出てから随分と時が経過した。
幼い頃は移動距離も殆ど稼げず、更にあてもなく旅をしていたためか、まだエーテル村には辿り着いていない。
大陸内部を西だけでなく南北にも渡り歩くうち、気付けばかなりの月日が経っていた。
レオンは推定15歳。身長はすっかり伸びて、ティアの身長も超えた。
黄金色の髪はやや長めに切り揃えられ、精悍な顔立ちは人族にも評判がいい。
レオンは、自身が生まれたのが春である事だけは聞いていた。途中で出会った数人の同族に判断してもらった結果、ティアと出会った頃は9歳だったと結論付けられた。
よって、それから6年で15歳、誕生日は年代わりから90日として各町を渡り歩いている。
「あ、大きな町が見えてきた。服ちゃんと着とかないけんね。面倒くさい」
相変わらず服を着るのはあまり好きではないらしい。
『やれやれ、また猫のフリをする時間がやってきたか』
ジェイソンは自身が猫のフリをしていた方が得だと学んでいた。
屈辱ではあるものの、催促もしていないのに食べ物を貰う事ができ、更には警戒される事もない。
レオンが聞き込みや仕事の募集をする際、ジェイソンの正体が知られているか否かで随分と人族の態度が変わる事も理由だ。
「ドワイトさん、北西の大陸に向かうって言いよったね。相手の逃げ足が速くて大変だってボヤいとった」
幼さ全開の喋り方もなくなり、声も幾分低くなった。「~のひと」という敬称をやめ、さん付けが定着し、読み書きも計算も出来る。
人の生活に合わせる事も覚えたが、相変わらず悪者に対しては容赦がなかった。
『例の如く、吾輩は喋らぬ事を心がける。……奴らめ、吾輩が魔族だと気付けばあからさまに警戒しよって』
「こんなにお利口なのに、何が気に入らないんだか」
『魔族を畏れるのは結構、だが我がレオンを厄介払いするとは』
見えてきたのは海辺の町。振り返れば、歩いてきた街道が地平線の果てまで伸びている。空の青さを取り込んだ湖や、風に撫でられそよそよと奏でる平原は、レオンが一番好きな風景だった。
「あ、牛だ。野良かな、食べていいやつかな」
『残念ながら、耳に何か付けられておる。あの町の者が放牧中なのだろう』
「ほんっと残念。おとなしく町で何か食べさせてもらおうか」
最初こそ海に大はしゃぎだったレオンも、それから数年も経てば特に感想を持たなくなっていた。初めて海を見て、大喜びで浜辺から海に飛び込んだのは11歳の時。
海水のベタベタと纏わりつく感じと、そこに注がれる強い日差し。髪も耳も尻尾もバサバサ。レオンはあまり得意ではなかったようで、今では見るだけに留めている。
ただ、夏の海辺ではパンツのようなズボンのみ、上着と靴が不要というルールは気に入っている。
水着という名前だと知ってからは、ご丁寧に半ズボン型の水着を1枚鞄に忍ばせている。海だからではなく、服を着なくていいからだ。
「もう夏やろ? ってことは、服を着なくてもいい場所があるって事やん。人族のルールで、いただきますとごちそうさまと、夏の海辺では服を着なくていいルールだけは好きだ」
町の敷地内に入ると、町は湾曲した海岸沿いに細長く続いている事が分かった。海までの幅は、広い所でも数百メルテほどしかない。
「あの廃屋で着替えちゃおう。水着の方が楽ちんやけ」
『いつぞやの時のように、誰かが入って来て悲鳴を上げられては困る。吾輩が見張りをしてやろう』
「あ、1匹だけでお願い、数百匹で入り口と窓を埋め尽くすのは逆に目立つ」
『吾輩など服を着ておらぬが』
「まあ、狐人族も服を着た方が文明的だとか昔に言われて、なんとなく着るようになっただけやけんね」
硬い砂の上に草が這うように生えた浜辺に出ると、レオンは崩れかけの廃屋を見つけ、その中でさっと着替えを済ませた。
ブーツは鞄に吊るし、お気に入りのローブを腰に巻く。大きめのキャップを被れば耳も尻尾もギリギリ隠す事が出来る。
大きな荷物を肩から斜めに掛けいるのは良いとして、左手にやや変形した山形鋼を持っている時点で危ない雰囲気は隠せていないのだが……人族だと言われて疑う者はいない。
「小さいひとがいっぱいいる」
『吾輩は子供が苦手だ。奴らめ、撫でるべき場所も加減も知らぬのでな』
「海辺を歩くよ、濡れたくなかったら肩に乗って」
海辺には子供が何十人もいて、大人達がそれを見守っている。休暇を楽しんでいるのか、日よけの簡易的な屋根の下で食事を採っている者もいた。
「ならずもの、あんまおらん町かもね。さっさと聞き込みしよ」
地元の者には10人も聞けばおおよそ分かる。これまで寄った町も、10人聞いた事なければ、20人聞いても一緒だった。
子供が知るはずもないと判断し、レオンは大人達に声を掛け始める。
「あの、ごめんください」
「え? あ、はい」
ごめん下さいの使い方を間違っているためか、それとも手に持つ山形鋼のせいか、3人組の女性はきょとんとした目でレオンを見上げる。
毎度同じような反応をされるので、レオンはこれが普通だと思っていた。
「あの、エーテル村って、聞いたことありますか」
「エーテル村? さあ、聞いたことある?」
「えー? うち聞いた事ない」
「お兄さんどこから来たの? めっちゃいい体してるし、顔かっこいいんだけど!」
知らないのなら用はない。レオンはガッカリした顔を見せないよう「有難うございました」と礼を言って別の者の許に行こうとする。
「ねえねえ、おにいさん! うちらと遊ばない? 何で鉄の棒持ってんの?」
「え、背高いしめっちゃいい体してるけど……若くない? えっ、うちら絶対ヤバいし」
「ナンパくらいされた事あるって! どうですか? 猫ちゃん可愛いですね!」
「なんぱ、船が沈むやつか。おれ助けたことあるよ」
言葉の読みは合っているものの、意味が違う。真顔で答えるレオンに対し、3人組がまた「え?」と固まっている隙に、レオンは再度「有難うございました」と頭を下げて立ち去った。
「ジェイソン、猫のフリ上手くなったね。みんな気付かんやった」
『フン、吾輩にかかればこんなものだ』
自分が狐人族である事がバレなかったと安心するのではなく、どこからどう見ても猫そのままのジェイソンの心配をする。
立ち寄った町や村では、そんな少しズレた所が好印象だと評判になっていたが、レオンはいたって真面目。ジェイソンも特に意識はしていない。
「ごめんください、お尋ねしたいことがあります」
「え? ああ、はい……」
「エーテル村って、知りませんか? 名前聞いた事ありませんか」
「さあ……」
老若男女に聞いて回るも、やはりここまで来てエーテル村を知る者がいない。
「よその大陸に行く船が出る港町やけん、知っとる人がおるかもっち話やったんやけどなあ……誰も知らんとは」
『もう少し賢そうな者に声を掛けぬか。どのオスが良い、メスが良いなどと言って騒ぐ奴らに知識も教養もあるものか』
「ねえ、ジェイソン」
『どうした』
「おれ、かっこいいんかね? いっぱい言われた」
『人族の基準など吾輩は知りもせぬ』
「たしかに、おれ人族より鍛えとるし、強そうに見えるかも……」
『強いオスに惹かれるのが世の常だからな』
頓珍漢な会話を続けながら、更に聞き込みを続けていく。そんな中、ふと1人のおばさんが声を掛けてきた。
「あんた達! 券は買ったのかい? 買ってないだろ!」
「え、券? 何の?」
「砂浜の使用料だよ! この一帯はあたしが世話してんだ、銀貨1枚、さっさと出しな!」
レオンはそんな決まりがあるとは知らなかったと言い、律儀に銀貨を1枚渡した。
「エーテル村って、知りませんか」
「あ? なんだって? あたしゃ知らないよ」
おばさんは金を握りしめて去っていく。仕方なく更に進むこと1分。今度は別の老人が銀貨1枚を要求してきた。
その後も数人からここは自分が管理していると言われ、結局レオンは数百メルテ歩くうちに銀貨を8枚失う事になった。
「この砂浜、歩くだけで金取られる。聞き込み諦めた、服着て町歩く事にする」




