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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【さようならの時】

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さようならの時-07



 女の言葉に、レオンの目が輝いた。

 ティアの調子が悪くなって以降、この町に到着するまで1週間と少しぶりのお客様だ。


「うん、おれ始末屋さんしよる! ならずものはぜったい許さんけんね」


 これが10歳にも満たない子供が笑顔でハキハキと言うべき事だろうか。

 女が不安そうにしている中、口を開いたのは男の子だった。


「う、うちのおとうさん、悪いことしてるんだ」


「おとうさんのひと、ならずものなん?」


 男の子がこくりと頷く。

 女は流石に子供に言わせるわけにもいかず、言い難そうに続きを変わった。


「うちの旦那に悪事から足を洗うよう、言ってくれませんか」


「足洗わんの、ならずもの? おれ、洗ってないときあるかも……どうしよ」


「あー、違うの、そうじゃなくて。えっと、悪い事をやめる時、足を洗うって言うの」


「ふーん」


 レオンはまだまだ言葉の比喩などの知識が少ない。足を洗わないとならず者になるのかと思ったと、恥ずかしそうに頭を掻く。


「おねいさんのひと、自分で言わんの?」


「わ、私や周囲の人が言っても言う事を聞いてくれないから、こうして頼んでいるの! 気に入らない事があると私だけじゃなく子供まで殴って……」


「賭け事で負けたり、お酒飲んだりすると、お母さんや妹をぶつんだ。僕は我慢できるけど、ご飯食べるおかねまで使い込んじゃう」


 子供達はレオンよりも幼い。そんな子供が青痣を作りながらも母と妹を守ろうとしている。レオンはその健気な様子に深く頷いた。


 ご主人を守りたいと思い、レオンは実際に守れるだけの力があった。ジェイソンやドワイトの助けもあった。一方、目の前の男の子にはそんな味方がいない。

 それでも守ろうとする姿が気に入ったようだ。


「おねいさんのひと、この小さいひとの母のひと?」


「私はニルファル、息子のタシュと、娘のローラよ。私の夫は……」


「あーん、待って! いま覚えよるけん」


 レオンは足で地団駄を踏みながら話を止める。振舞いも言葉も正真正銘の子供だ。

 それぞれの名前を2回ずつ繰り返し、レオンはゆっくりと頷いた。覚えたという合図だ。


「ニルファルのひと、タシュのひと、ローラのひと」


「なんで最後に人って付けて呼ぶの?」


「ひとやけん」


 レオンにとって、「~のひと」は、「~の方」もしくは「~さん」と同じ程度の意味を持つ。ピッピラ村の独特な風習だが、例えば村長のゴブニュ、ご主人のティアなど、身分を表す言葉が付く場合は「のひと」を付けないという決まりもある。


 ただし、レオンはそこまで厳格な運用をしていない。相手が「人」であれば、ちゃんと接するべき程度の認識だった。


 ジェイソンがレオンの肩に乗り、3人をじっと見つめる。ニルファルは心を見透かされているような視線にたじろいだものの、タシュとローラは違った。


「わあ、猫ちゃん!」


「すっげー、肩とか乗るんだ! あたまいいー!」


 タシュとローラは父親の事など忘れたかのようにはしゃぎ、ジェイソンに触ろうとする。


「猫やないよ、ジェイソン」


「ジェイソンちゃん! 可愛いー 猫ちゃん撫でいい?」


「いいなあ、僕も猫飼いたい、でもお父さんが……」


 さすがのジェイソンも、子供相手では押され気味だ。つっつかれ、喉元をくすぐられ、背中を強めに撫でられる。


「ジェイソンは猫やない、ジェイソンやけん。猫よばわりしたら怒るけ、やめり」


「猫ちゃんじゃないの? なんで?」


「ジェイソン、怒ったらいけんけね、相手は小さいひとやけん……」


 ジェイソンの目つきがきつくなる。普段は聞かせない唸り声まで聞こえ始めた。

 レオンはジェイソンが明らかに怒っている事に焦り、慌てて肩から降ろして抱きかかえた。


「ジェイソン怒っとる。知らん小さいひとが猫よばわりして撫でまわしたら、ジェイソン気分悪い。そういうのジェイソンは好かんと。嫌がる事したら、おまえならずもの」


「そ、そうなんだ……ごめんなさい」


「ね、猫ちゃん、撫でられるの好きだから、ジェイソンちゃんも撫でたら喜ぶと思ったのよね? ごめんなさい」


「小さいひとは間違うことする。でも、ちゃんと反省できるか試されとる。ジェイソンが試してくれたっち思っとき」


「うん。ジェイソン、ごめんね」


 ジェイソンの目つきはまだ鋭い。しかし唸り声は収まった。


 数秒の間、何の話をしていたのか分からなくなった4人が呆然と立ち尽くす中、空気を換えたのはレオン……ではなく、まさかのジェイソンだった。


『吾輩を愚弄するにもほどがあるぞ、餓鬼め』


「えっ」


「だ、誰の声?」


 突然の低い声に、全員が固まった。レオンに至っては、背筋が跳ねるほど姿勢を正している。


「ジェイソン、喋っとる……すごい、ジェイソン喋っとる」


 レオンが驚き、他の3人も一斉にジェイソンに視線を向ける。今度はジェイソンが固まる番だった。


 勿論、ジェイソンは喋るつもりなど全くなかった。あまりに耐えがたく、つい言葉が出てしまったのだ。


「ジェイソン、喋りきるようになった! すごい、ジェイソン喋りきるようなった! ずっとにゃーんも言わんかったのに!」


「え、何者……なの? レオンさんは今までジェイソンちゃ……ジェイソンさんが喋れる事を知らなかったの?」


「今まで喋らんかったと。今喋れるようになった! ねえ、聞いたやろ? すごいジェイソン、おりこうなジェイソンになった!」


 しまったと思った時にはもう遅かった。ジェイソンが喋った事は、もう気のせいでは済ませられなくなっている。


 ジェイソンはレオンから褒められると誇らしい気分になる。喋れる事がバレたのなら仕方がない。喋って褒められ「レオンに」撫でてもらう方向に切り替えた。


『吾輩は猫呼ばわりが何より嫌いなのだ。しかもあのように不躾に撫でられ、猫のように扱われる屈辱。貴様がもう少し続けていたなら、その喉を切り裂いたとこ……』


「ジェイソンねえ、おれの言葉分かるん?」


『切り裂い……』


「みて、ジェイソンすごい!」


『切り……レオン、吾輩が話しておる』


 ジェイソンが喋ると分かり、レオンはもう舞い上がっていた。親子は完全に置き去りだ。ジェイソンに注意され、レオンはハッと顔を上げた。


「あ、ごめん、喋るの邪魔しとった。ジェイソンがおりこうなジェイソンになったの嬉し過ぎた」


『後で吾輩と存分に語らい、存分に撫でまわせばよい』


 レオンの自主性に任せようとしていたが、ジェイソンは無理だと判断した。元からして自分以外の者、例えばドワイトがレオンの師となる事も気に入らなかったのだ。


 しばらくは自分が導いてやる。そう気持ちを切り替え、その場をジェイソンが仕切り始める。


『貴様の夫が悪人であるのは事実と判断した。悪事をやめよと言って聞き入れるような者が、妻子を殴ると思うか。分別があると思うか』


「それは……でも、もう酷い事をして欲しくないんです。真面目に働いて、子供達を養って立派な父親になって貰わないと」


『既に立派ではない姿を晒し続け、子供を傷つけておる。貴様にとって、夫はどういう存在だ』


「お、夫は……」


 ニルファルは咄嗟に言葉が出なかった。夫だから、自分は妻だから。だからそうでないといけない、と型に合わせようと頑張っていただけだと気付いたのだ。


「ニルファルのひと、ならずもの夫は、ふりんとかしよるん? 他のメスと交尾したがる畜生か」


「そ、それは……ないと、思うけど」


「暴力ならずものか」


『貴様は謝れば許すのか。我が子へ愛情をかけぬ者に、貴様が縋るというのか。縋らなければ生きて行けぬ程度の覚悟しか持たぬか』


「そ、そんな事を言ったって、夫がいなければ私達は生活も出来ないし、なんとか変わって貰わないと」


 女は経済的にも世間体としても、夫と別れる事ができずにいる。

 一方、何件かドワイトと共に男女のいざこざを解決してきたレオンは、何だそんな事かとため息をついた。


「そういう奴は、自分より弱いやつにしか強くない。自分より強い奴を知ったら、おとなしいならずものになる。おれに任せり、しつけられたならずものより、ニルファルのひとが強くなれるけん」

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