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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【さようならの時】

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さようならの時-03


 * * * * * * * * *





 ティアがこの世を去ってから3日が経った。


 治療院どころか町中に響き渡るかのようなレオンの慟哭も、ティアがこの世にいた日々も、どこか夢のように過ぎ去った。


 大勢がレオンの涙につられた火葬も終わり、ティアの遺骨はナヌメアの共同墓地に納められている。

 土葬に適した広い場所はなく、獣に掘り出されて食い荒らされてしまう事もあるため、おおよその地域で火葬が主流だ。


 ティアの願い通り、その遺骨の一部はレオンが引き取る事になった。


 骨になったら、一部でもいいから故郷のエーテルの海が見える場所まで持っていって欲しい。

 それに応える事が、ご主人のために出来る、最後の役目。レオンの心の支えだ。


「ご主人の邪魔したならずものも、他のならず者も、一人も残さんで始末しちゃる。仇をとるのはおれしかできん。医者のおじちゃんのひとも言いよった」


 火葬が終わり、崩れた骨と化したティアを見るまで、レオンはまだティアがどこからか現れるのではないかと期待していた。そんな姿を見守る大人達は見ていられず、レオンに隠れて泣いてもいた。


「……ジェイソン、行こ」


 納骨を済ませ、頭蓋骨の一部と指、喉の骨を小さな木箱で受け取った時、レオンはようやくティアと会えない事を受け入れた。


 宿の部屋にはまだティアの荷物がある。幾つかは一緒に燃やしたが、レオンは残ったものを捨てる決心が付かない。

 かといって全てを持っていくわけにもいかない。悩んだ末に最期に着ていたローブ、歌の楽譜、懐中時計などの小物だけを残し、後は処分を依頼した。


「エーテル村に着いたら、またお墓参りに戻って来るけんね。ご主人……海、見せちゃるけん」


 旅の途中で撮った数枚の写真、町民が撮ってくれた、最後に歌った時の写真。お見舞いの際に、ゼデンとエシャが撮ってくれた写真、それらの写真を穴が開きそうなほど見つめた後、レオンはついに町を出る決心をした。写真を大切にしまい、冊子に挟み、紙袋で包む。


 2枚連続で撮ってもらった、2人が頬をくっつけて笑う写真は、1枚はレオンが持ち、もう1枚はティアの遺骨と一緒に納められた。ティアの傍にずっといると伝えたかったのだ。


「おれ、ご主人がくれたたからものがあるけん、心配せんでね。これがあったら、おれは絶対にならずものに負けん」


 まだレオンには大き過ぎるローブを着て、腰の紐で丈を調整した後、大きな荷物を背負って宿を出る。山形鋼を立てて片手に持った姿は、小さいながらに立派な旅人だ。


「ばいばい、ご主人」


 どんなに耳を澄ましても、遠くの喧騒以外、レオンに返ってくる声はない。


「今、レオンっち言われた気がした。まだご主人の声、覚えとるけん間違いない。ジェイソン聞こえたやろ」


「……」


「ぜったい聞こえた。おれに行ってらっしゃいっち言ってくれた」


「おい、ぼうず! 出発するぞ、早く乗れ! って、お前その鋼材も持っていくのか?」


「これ、ご主人がくれたやつ! おれのたから!」


「ん? そうかい? よく分かんねえけど、邪魔にならねえように置いとけよ」


 数か月滞在したナヌメアも、暫く立ち寄る事はない。


 レオンが馬車に乗り込んですぐ、小さな幌馬車が動き始める。御者が1人、客が1人、傭兵が1人に、わずかな積み荷。

 よく均された街道を、馬車がゆっくりゆっくり進んでいく。


「……二度と会えんだけ、ご主人はずっとおれのご主人やけん。会えんでもおれがエーテルに連れて行っちゃる」


 こうして、レオンの旅は始まった。



 ……のだが。



「おいぼうず、お前次の町まででいいんだよな? どこに行くつもりだ」


「エーテル!」


「エーテル? どこだ、それ」


「……えっ?」


「えっ、じゃなくて、どこにある村なんだ? 地図は持ってねえのかい」


「そんな地名、聞いたことないけどなあ」


 獣人族の子供が1人でいったいどこに向かうのか。人族の子供だって、幼年学校を卒業する12歳までは1人で町の外に出る事はない。

 そこから更に4年間、または8年間も上級学校に通う者がいるというのに、レオンの見た目はどう見ても10歳に満たない。


 獣人族は、人族の決まりで縛ることが出来ない。怒らせたなら、どんな酷い目に遭うか分からない。厄介で、出来れば遠巻きに見るだけにしたい。


 そんな種族の子供が何の目的で移動するのか、気にならない方がおかしい。


「どこ? この近くなの?」


「どこ? えっと」


 何の気なしに御者と同乗の客に尋ねられたレオンは、その時初めて気が付いた。


 レオンはエーテル村がどこにあるのか、どれ程の距離の場所なのか、知らないのだ。


「どうしよ、おれ、知らん……」


 急に絶望の表情に変わったレオンに、御者も客もびっくりだ。普段客と馴れ合う事などない傭兵でさえも、どこか不安そうな表情を浮かべる。


 ここで尋ねられなければ、いったいどこで気付いたのだろう。


「お、おい。もしかして方角も分かんねえのか? この馬車は逆方向じゃないよな?」


「あっちから来たけん、ぎゃくやない。でも、こっちでいいかは分からん……」


「……ハァ。仕方ねえな、こんな何も知らねえ子供を届けてじゃあなって訳にもいかねえや。町に着いたらおっちゃんが仲間に聞いてやっから」


「仲間っち、おれの仲間? 狐人族の村?」


「違うよ、おっちゃんみたいに町と町を行き来してる連中さ。もしかしたら行った事がある奴が見つかるかも」


「ほんと!? やった! ご主人が喜ぶ!」


 御者や客がレオンの身の上話を求めると、レオンは何1つ隠すことなくすべてを語った。レオンが口を開く度、3人の気持ちがどんどん沈んでいく。


 親は物心つく前からいない事、村を出る順番が来て、何も分からず人里に辿り着いた事。

 ご主人として慕う人がいたが、盗賊団が酒場を爆破した際に巻き込まれ、ナヌメアに留まる事となり、3日前にそのご主人は死んだ事。


 悪者を1人残らず全員始末しながら、ご主人の故郷であるエーテルを目指す事。


 ジェイソンを抱きしめながら時折俯くレオンが、どれだけの悲しみを背負っているのか。生半可な慰めなどかける事が出来なかった。


「レオン、と言ったな」


「うん。レオンがさきでね、ギニャがあとのなまえ。こいつジェイソン。猫やないけね、ちゃんとジェイソンやけん」


「レオン、俺も両親を知らない。学校に行く事も出来なかったし、13歳までは大きな町で乞食をしていた。生きていくため、悪い事もした」


「ひげのおじちゃんのひと、ならず者か」


「……当時は、おそらくそうだった。だが食べるものも、寝る場所もない、誰も助けてくれない状況で、誰かのもので命を繋ぐしかなかった」


 乞食は盗みを働く事がある。狙うのはパンなどの掴みやすい食べ物、あとは現金だ。貴金属は売れば足がつくため狙わない。

 レオンは傭兵の話を聞きながらじっと睨み、あともう少しで悪者認定するところまで来ている。


「だけど、そうしたかったわけじゃない。まともに生きていきたかった。大人になって、あの時盗んで悪かった、でもあれのおかげで助かった、そう言って恩返し出来るくらい、立派な大人になりたかった」


「うん」


 幸い、レオンやドワイトが定義する悪者とは異なり、自戒と謝罪、償いの気持ちを持っている。レオンは睨むのをやめ、ジェイソンの頭を撫でた。


「だけどな、出来なかった」


「なんで?」


「その町が……戦争でなくなったからだ」


「せんそっち、何? ご先祖のこと? おじちゃんのむかしのひとか」


「戦争っていうのは、町を破壊し、人を殺し、殺され、殺し合うものだ。盗賊が酒場を爆破しただろう? あれを町中でやるようなもんさ。俺が恩返ししたいと思っていた人達が住む地区は、全員死んだ」

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