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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【さようならの時】

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さようならの時‐02



 * * * * * * * * *




「ちゃんと覚えた?」


「おれおぼえた! もう字ぃ読めるけん、歌いきる!」


「じゃあ、さん、のー、がー、はいっ」


 乾いた荒野には珍しく、空に雲が流れた昼前の広場。


 数か月で急に体つきがしっかりしてきたレオンは、大人顔負けの荷物を造作もなく持ち運んでいた。

 一方のティアが持てるのは、小さなショルダーバッグがやっとだ。


 ベンチの前で大荷物を置き、歌う準備を整える。ティアは立っていられず、座ったまま。

 足元にはレオンの大切な宝物。165セルテの山形鋼は錆止めが施され、ティアと一緒に描いた落書きが幾つも浮かんでいる。



 思い出す 記憶の奥 遥か昔

 違い 疎遠を誓ってから幾年


 涙を流したあの頃 楽しき思いで

 語れずにいた過去が水のように溢れ 怨恨の灯も消えよう



 誰に告げるでもなく歌い始めると、平日だというのに人が集まってくる。

 レオンには難しい歌でも、ティアに何度も歌ってもらいすっかり覚えてしまった歌だ。


 レオンは初めてとは思えない堂々たる声で、ティアに合わせて歌う。


 声変わり前の澄んだレオンと、声量が落ちても整ったティアの歌声。2つは上手く重なり、皆の心をすぐに奪った。



 雨上がりに 虹が出たから

 躊躇わずに見に行こうと

 雲の切れ間に注ぐそれは 心にない色で輝いた


 それはまるで 光そのもので

 私を包み込むようで 全てはその中にあった



 数拍遅れ、鳴りやまない拍手が包み込む。


「上手ね、レオン。私より良い歌い手になれるかも」


「へへっ、ご主人に褒められたの、嬉しい!」


 ティアの体力的に、あと1曲が限界だ。


 ティアは深呼吸をし、レオンを目の前に座らせ、しっかり聞いてと言って歌い始めた。



 朝もや おぼろげな 大地に咲くひだまり

 畏れるように 鳴く鳥よ 今は聞いて

 溢れた光を掬うわ その胸に灯すの


 闇に憂う星よ 大丈夫 

 指折り数えて 捧げるわ 贈り物よ 託すわ



 穏やかな旋律に優しい歌声。

 選ぶ言葉こそ似た雰囲気を纏っているものの、今までティアが歌っていた、エーテルの民謡とは少し違う。



 聞き届けて 明日へ発ちゆく者

 闇に咲く光よ 導いて 灯すから


 いずれ海辺にたどり着くわ さざ波の夜に

 群れ星よ かの者に渡して ああ、会いたいな 

 どうか贈って 私の 残り火を



 大地の恵みや誰かへの感謝、慎ましくも生きている喜び。

 そんな歌が多かった中で、この歌はどこか別れを連想させる。


 それもそのはず、これはティアがレオンのために作った歌だ。


 レオンを送り出し、自分は見送ろう。いつか空を見上げ、私の事を思い出して欲しい。そんな願いを込め、ティアはレオンを思い浮かべて歌う。


 歌い終わったティアは気力だけで微笑み、観客に一礼した。


「皆さん、長い間お世話になりました! 私もレオンも旅立ちます。どこかでまたお会いできましたら、レオンを、宜しくお願いします!」


 その声は歌声よりも大きく、凛とした響きを感じさせた。

 ティアが回復したと思った観衆が、元気で、また来いよと激励を送る。


「レオン、旅に出る前に、美味しいもの食べにいこっか」


「うん!」


 暑い夏は病室で過ぎ去った。もう日差しも穏やかな季節。それなのにティアの額には脂汗が滲んでいた。


 これが最後、これが最後だからと、ティアは気合だけで歩みを進める。ティアが万が一転倒しても怪我しないよう、レオンが支え、ジェイソンが常に見守って、ゆっくりと。


 歌で稼いだら一緒に食事を取ろう。その最後の約束を果たすためだ。


「ご主人、休む? おれ、ごはん明日でもいいよ」


「私が食べたいの。ほら、そこのお店のランチなんてどうかしら」


「か・も・に・く、りょうり!」


「行きましょ」


「うん!」


 小綺麗な定食屋に入り、レオンもティアも好きな料理を頼む。ジェイソンの分は塩を振られていない肉を別に頼み、レオンは特別と言ってレモンのジュースを頼んでもらった。


 照度を落とした店内は、まだ混雑前で静かだ。レオンの美味しいという声が響き渡っても、まだ誰の迷惑にもなっていない。


 旅をしていた頃には当たり前だった、何でもない1日のひとコマ。ティアはもちろん、レオンもなんとなくこれが最後なのだろうと感じていた。


「ご主人、えっと、おれすごく嬉しい」


「ん? 美味しかった?」


「えっと、おれね、ご主人とまた一緒にこういうごはんしたかった。おれのために、ありがとう。ご主人、きついのにおれのためにありがとう」


「私もレオンとこうやって一緒にご飯を食べているのが幸せよ。ありがと、レオン」


 食事は間違いなく美味しい。だが、ティアは少し食べるのがやっとだ。レオンも美味しいと言いながら手が止まってしまう。

 そのうち袖で涙を拭き、向かい合わせではなく、隣の椅子に移った。


 最後の食事。これが終わればティアとのお別れまであと少しなのではないか。レオンは我慢できずにティアの膝にしがみつく。


「泣かないで、私はいつも一緒だから」


「うぇぇん、ご主人、おれご主人のこと、大好きやもん。おらんくなるの、やだぁ……」


「レオン、私も大好きよ。あなたが大きくなって、立派な大人になった姿を見たかったわ」


 湿っぽい食事会は暫くして終わり、2人は口数も少なく店を後にした。余った食事は持参している包みに入れ、ゆっくり、ゆっくりと歩みを進める。


 ティアの息は荒い。時々立ち止まり、体の痛みと脱力感で膝から崩れそうになる。仮に町を出たとして、ティアはキャラバンに揺られることすら耐えられない。


「ご主人、だいじょぶ? おれがおんぶしちゃろうか?」


「そうね、ちょっと、あの日陰の石段で休憩してもいいかな?」


「うん! ご飯食べてすぐ動いたらいけんけね」


 数メルテ先の石段に座り、ティアはレオンを膝の間に座らせる。ティアはレオンの頭を撫でながら、囁くように何度も歌を聴かせる。


 その心地よさに、レオンはすっかり落ち着きを取り戻した。


「おれ、ご主人のこと大好きやけんね」


「うん」


 優しいティアの声と、人肌の温かさ。泣き疲れた事もあり、レオンはいつの間にか眠りについていた。


「聞き届けて、明日へ発ちゆく者……寝ちゃったね。私も、大好きよ、レオン。ああ、出会ってからだけは、あなたと……出会ってからだけは、幸せだった。あなたこそ私の恩人よ、レオン」





 * * * * * * * * *





 どれほど時間が経っただろうか。レオンはジェイソンがガリガリとかばんをひっかく音で目を覚ました。


「ん……ご主人?」


 背中にぬくもりは感じるが、ティアの手は止まっていた。ティアも寝てしまったのかと思い、そっと身じろぎをした時、ティアは右横の壁に寄りかかるようにして倒れてしまった。


「ご主人? ご主人!」


 レオンは慌ててティアを揺り起こそうとする。だがティアは目を開けない。

 レオンの脳裏に、酒場の火災で見たティアの姿が蘇る。


「ご主人!」


 ティアの胸に耳を当て、顔を軽く撫でる。ティアは息をしておらず、その鼓動も止まっていた。


「うわぁぁぁ! ご主人!」


 路地裏から聞こえる子供の悲鳴に、大通りの通行人が何事かと立ち止まる。その僅か数秒後、ティアを担ぎ上げたレオンが走って治療院へと駆けて行った。


 その後ろを大量のジェイソンが続いていく。レオンが置いたままだった荷物を背中に乗せ、運んでいた。


「ご主人が! ねえ、看護師のひと、ご主人!」


「レオンくん? って、お母さんどうしたの!?」


「ふ、ふぇぇぇ……」


 治療院の玄関で力が抜けたレオンは、看護師にティアを任せて泣き崩れる。


 ティアが午前中に退院を強行した時から、職員達はある程度の覚悟をしていた。看護師はすぐに医者を呼び、ティアは処置室へと運ばれていく。


 ――最期を迎える前に、もう一度レオンと何でもない1日を過ごしたい。


 そんなティアの思いを汲んだ事が正しかったのか。

 皆がそんな葛藤も消化できないうちの急変とあって、職員達も悔しそうだ。


「レオンくん」


「ご主人、治る? 起きる?」


「起きられないから、行ってあげよう、ね?」


 心臓マッサージを施しても、ティアは意識を取り戻さなかった。


「ご主人」


 処置室で横たわったティアは、もう返事をしなかった。

 ただ、とても穏やかで、目を閉じたまま笑い出すのではないかと思う程幸せそうな顔をしている。


「もう、起きん? 死んじゃった?」


「亡くなったわ。とても……とても、幸せだったのね。こんなに穏やかな顔で眠りにつく人、初めて見た。あなたのおかげね」

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― 新着の感想 ―
[良い点] ここで、ティアがそうなるなんて・・。 この経験はレオンの中に深く入るんだろうな・・。
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