初仕事‐08
使い込まれた額と慰謝料の総額に、商人が苦笑いを浮かべる。2人合わせてなんと120金貨紙幣を超えているのだ。
アニーも旦那から捨てられてしまい、金を払う当てもない。商人はちょっと長く働いて貰う事になりそうだとため息をつきながら、2人に鎖付きの首輪を填めた。
「嫌ぁぁ! 私は行きたくない! エーク、ごめんなさい! 許して、もうしないからぁ!」
ドワイトは商人から手数料を受け取り、代金はそっくりそのままミシャに渡した。ミシャはそこから、アニーの「元」旦那であるエークに分配する。
エークは最後だと言って、アニーへ満面の笑みを向けた。
「ああ、許すよ! 君が不倫をした事が晒されて、こんな惨めな結末を迎えてくれて、すっきりした! 俺は君が今から必死で払う慰謝料で、新しい人生を歩むさ! さようなら、アニー!」
エークは周囲にお見苦しい所を失礼しましたと謝罪し、ミシャと互いに頑張ろうと握手をする。
もうミシャもエークも、不倫した2人に視線を向けない。アニーが泣き叫びながら引き摺られていく。
「ならずもの、退治した?」
「ああ。被害にあった2人はちゃんと救われたよ」
「ご主人のおかね、たまった? ねえ、ドワイトのひと、ご主人のおかねある?」
「ああ、治療するには十分だよ……おい、ちょっと!」
毎度の事ながら、走って戻れる場所で仕事が終わったら、レオンはティアの病室へと飛んで帰る。レオンはまだ、自分や正義のために動いてはおらず、ご主人のため、ご主人に労いの一言を貰うために頑張っている。
今や、このナヌメアの町で「忠犬」と言えばレオンを指す言葉だ。
依頼のない日は1日の大半をティアの病室で過ごす。リハビリに付き合い、車椅子を押して外を歩き、食事の世話もする。有難うと言われると文字通り跳び上がって喜ぶ。
うちの息子もこんな健気で素直な子だったら……ティアは何度そう羨ましがられた事か。ティアは忠犬の飼い主から、いつの間にか母親として扱われている。
看護師達も、息子さんがお見えですよと言っているから、耳と尻尾がなかったなら実の親子と言い切ってもいいくらいだ。
ドワイトの存在も、忠犬の調教師として存在が知れ渡っている。宿や昼飯を食べる店で、常連から「今日は何を習ったんだ」と問われ、レオンが物騒な出来事を笑顔で嬉しそうに語る。
いびつだが微笑ましい光景は、しばらくの間、人々を幸せで包んだ。
* * * * * * * * *
「ご主人、本当にいいと!?」
「ええ、いいわ」
「ほんとに、おれが一番欲しいもの、買ってくれると!?」
「良いも何も、あなたが頑張って稼いだお金よ? しっかり考えて決めたんでしょ? 反対しないわ」
ある晴れた日の午後。レオンはティアの車椅子を押しながら、商店が立ち並ぶ通りを歩いていた。
よく均された土の道沿いには、石やレンガの四角い家々が立ち並ぶ。
盗賊達が爆破した酒場は綺麗な更地となり、石碑が置かれている。そこで手を合わせた後、2人は先の角を曲がって先へと進んでいく。
ジェイソンはちゃっかりとレオンの肩に。成猫ならそこそこの重さがあるというのに、レオンは全く気にならないようだ。
「あらレオンくん、こんにちは」
「うん! ばいばい」
「ようレオン、ご主人も元気かい」
「うん、げんき! ばいばい」
もうレオンもすっかり町に溶け込んだ。道行く人々は当然のように挨拶してくれる。
レオンは時々ティアに切り花やハンカチ、甘いお菓子などを贈っていた。ティアが喜ぶ様子を嬉しそうに眺め、自身は何かを欲しがろうともしない。
稼ぎは全額ティアに渡そうとし、食費と宿代しかかからない毎日。
ティアはふと、そんなレオンに「何か欲しいものがないか」と尋ねた。するとレオンは驚きを見せた後、目を輝かせて「ある!」と答えた。
じゃあ買いに行こうと決め、今に至る。
「ねえ、何が欲しいの?」
「なまえ、分からんと。けどね、強そうなんばい!」
「強そう?」
子供が欲しがるとすればおもちゃか。まさかジェイソンの他にペットを飼うつもりではないだろう。ジェイソンが許すとも思えない。
ティアはレオンが欲しがるものを幾つか想像してみたが、レオンの足は予想外の場所で止まった。
「ここ!」
「……え?」
着いたのは1軒の建材屋だった。
木材、形鋼、鋼鈑、接合金具にボルト類。接着剤や木の香りが混ざり合う軒先で、レオンはぴょんぴょん跳ねながら隣接する倉庫を覗き込む。
「おじちゃんのひとー! いらっしゃいませに来たー!」
「はーいよっと、おう、ぼうずか! そっちは噂のご主人さんだな。何かあったか? 車椅子の修理部品でも……」
「あの強そうな棒、買いに来たと! ご主人が買っていいっち!」
「えっ? 本当にあれが欲しいのか?」
あれとは何か。店主が困惑している所を見るに、あまり子供にとって主流の道具ではなさそうだ。
レオンはティアを日陰に待たせ、倉庫の中へと駆けていく。
「あ、あの……レオンは何を買いに来たんですか」
「いやあ、どうしてあんなもんに興味を持ったのか……おいおい! どんだけ重いと思って……コラ!」
店主が慌ててレオンの許へと走っていく。ティアは共に残されたジェイソンへと尋ねる。
「ねえ、レオンは何を買おうとしているの?」
『吾輩の愛しき傀儡は、ヒトデナシを攻撃する道具を欲しているのだ。相手は剣や斧、飛び道具を使う。レオンが拳では不公平だと悟った』
「え、やだ、武器!?」
『案ずるでない』
銃や護身用のこん棒を売る店は、それ専門の店として存在する。そうではなく建材屋に寄った理由は、ほどなくして戻ってきたレオンを見て判明した。
「え、鋼材?」
「強そうやろ! ね?」
「え、うん、まあ、痛そう……だけど」
「お前、よくこんな重くて長いもんを持てるな。まさかこれ1本を持ち歩くつもりか? 何に使う」
レオンが持っていたのは鉄製の山形鋼だ。幅13セルテ(1セルテ=10ミリメルテ=1cm)、厚み6ミリメルテの板を真ん中で90度に曲げたもの。そんなL型の鋼材の長さは5.5メルテもある。
定尺5.5メルテで重さは30キロ超。それをしっかり持っているから驚きだ。
「えっとね、ならずもの、ぶん殴ると! おれね、背がたわんけね、手もたわんと」
「ああ、闘う時にお前の手足じゃ相手に届かねえって事か。だからってもうちょっとマシなもんがあるだろうに」
「えー? おれこれがいい!」
「6の65の等辺山形鋼なんか、家や柱でも作らねえ限り誰も欲しがらねえぞ。どれ、使いやすい長さに切断してやるから」
「おれの背より長いのがいい! あーん、もっと長く切って!」
子供らしからぬ怪力を備えていても、この長さのものを持ち歩かれては危険だ。邪魔で仕方ない。店主は長さを求めるレオンに対し、「おっちゃんの背と同じ長さでどうだ」と提案した。
レオンはおとなと同じ長さなら、大きいという事だという謎の理解を示し、結果長さ168セルテでの切断を承諾した。重さにして約10キロ。
勿論、これでも持ち歩くには長過ぎる。
「切断費込みで、銀貨13枚と、銅貨7枚だ。特別に銀貨13枚だけでいい」
「ちょっと待ってね! えっと、おれ数えきるけん! ご主人、銀貨13枚ある?」
レオンはティアから財布を受け取り、地面に1枚ずつ並べて数える。ちょうどを支払い、受け取りを済ませると、満面の笑みで掲げた。
「ほら! 見てん! かっこいい!」
「あ、危ないから普段は持ち歩かないで、お部屋に置こうね?」
「えー、せっかくご主人に買ってもらったけん、見せびらかしたい!」
「長すぎるし、重たいんだから。悪くない人にぶつからないように、普段は持たないで置いていて? ね?」
「うん、分かった! これ、おれのたからにする! このかどね、ここぜったい強い」
宝で悪者を殴りつけるのか。ティアは苦笑いしかできなかったが、買ってしまったものは仕方がない。そろそろ戻ろうと言ってレオンに回れ右を促す。
「ねーねー、ご主人」
「ん?」
「ありがと!」




