初仕事-06
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「ご主人! もうおはようの時間?」
「おはようレオン。今日も元気いっぱいね。ジェイソンさんも、おはよう」
「……」
「きのうね、ならずものいーーっぱい売れたんばい! みんなに渡すおかね、ちゃんと集まったけん!」
「そ、そう……良かった、のかな?」
朝になり、今日もレオンは全速力でティアの病室へと向かった。ただ、今日は廊下を走らなかったようだ。
「ご主人、嬉しい? 捕まえたならずもの、今日も朝から広場で転がされとるよ!」
「え、ええそうね、悪者がいなくなるのは良いことだわ」
これが人族の少年の発言だったなら、いったいどんな倫理観をしてるのかと眉を顰めるだろう。
しかし、レオンは狐人族。狐人族としての正義を全うし、誇りに思っている。良くない考えだと説明できる者もいなかった。
「ご主人、早く治る?」
「治したいんだけどね、折れた腰と足の骨が元に戻るまで、2か月掛かるんだって」
「2かげつっち、なんかい寝たら治るやつ?」
「60回寝て、60回朝が来たら治ってるかな? すぐに旅できるかは分からないわ」
レオンは旅に重きを置いていない。ご主人と一緒にいられるだけで幸せだった。ティアの体が治ればそれでいい。
ティアを無事に退院させ、故郷のエーテルへと連れて帰る。そんな目の前の目標と、悪者をやっつける事。それが全てであり、自身が楽をする事も、日常を外れた娯楽を求める事もない。
ティアを故郷に送り届けた後の事も、考えていない。
「ご主人、まだ背中痛い?」
「まだ暫くは痛いんだって。でも、必ず治るから。また旅に戻らなくちゃね」
人族の子供であっても、7,8歳程度では1週間後の事も想像出来ないだろう。ましてや将来の自分や親との関係など、深く考える事はない。
狭い世界で生きてきて、右も左も分からないレオンが、今後の人生を考えられないのも仕方がなかった。
ティアはそんなレオンを不安に思っていたが、今はどうする事も出来ない。
「さ、字のお勉強。絵本は持ってきた?」
「持ってきた! えっとね、おれ読める!」
「じゃあ、読んで貰おうかな」
「じゃあね……ね? ねやし、めぬててう……り? めてやいたし……」
「むかし、あるところに、ねこがいました。って書いてるの。ほら一緒に」
とにかく生きていくうえで必要な読み書き、そして計算。
ティアはのんびりとではなくやや性急に、レオンが分かるまで何度でも繰り返し教え込んだ。
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更に2週間が経った。
レオンは数冊の絵本を詰まりながらでも読めるようになり、自身の名前以外にもいくつかの単語を書けるようになった。
物覚えは早く、足し算、引き算も2桁までなら理解している。ティアは自身でも予想外な程、歌だけでなく物を教える才能もあった。
そんな勉強も、2日おきに中断となる。
ティアに代わってドワイトが先生になる日だ。
「まったく。僕達が滞在している事は、知れ渡っていると思うんだけどね。よくもまあそんな時に、こんな不誠実な事ができるものだよ」
「お、俺は何も悪い事はしていない! こいつはただの知り合いで……」
「不倫なんて、疑う方が悪いわ! 私たちはそんな関係じゃないの!」
ティアが治るまでと言って、ドワイトはずっとレオンの面倒を見ていた。
わずかな期間で複数の依頼者の相談に乗り、詐欺、強盗、不倫、暴力、様々な悪人を懲らしめた。
ドワイトの今日の仕事は、「不倫している旦那を懲らしめて欲しいの! 離婚するから慰謝料も払わせたい、相手からもふんだくりたい! 絶対許せない! 地獄に落としてやる!」だった。
目の前には薄着の男女。逢瀬の最中に突撃され、建物の外に引きずり出され、慌てて言い訳を並べるも無駄。ドワイトは「正当な依頼」を完璧に遂行していた。
時には言いがかりや、わざと貶めるため嘘をつく依頼者もいる。だから下調べなどはとっくに済ませている。疑いではなく確証があるから、こうして目の前に立っているのだ。
「それは本当なのかい? 僕に嘘をついたらどうなるか、分かっているんだよね」
「嘘じゃない、俺はただ相談に乗っていただけで……」
「体の関係はないの、本当よ、し、調べてもいいわ!」
強盗団の殲滅など、本来は滅多にない大仕事。勿論、今日も隣にはレオンがいる。
普段は小さな仕事を請け負っていると知り、ティアもホッとしていたが、やはり仕事内容はエグいの一言に尽きる。
「ねえねえ、ドワイトのひと。ふりんの人っち、動物と一緒なん?」
「どうしてそう思ったんだ?」
「動物、いっぱい交尾するやん! いっぱいメスとかオスとか、相手何匹もおるけん一緒と思った!」
「成程ね。交尾を複数の個体と行って子孫を残すという視点で見れば、人ではなく畜生に等しいね」
さすがに恥ずかしいのか、男はうつむき、女は顔を真っ赤にさせる。
「君達。反省や僕の依頼人への懺悔の気持ちはないようだね」
「あ、謝るような事は何も……そ、そりゃ誤解させたのは悪かったけ、ど」
「いいかい、レオン。こういう奴はならず者だ。だからそんな悪人は依頼人の言った通りに始末する」
「はーい」
「嘘をつき、即座には謝らない。相手より自分が助かる事を1番に考える。被害者への謝意も償う気持ちもない。それが悪人だと何度も言ったから分かるね?」
「うん! 反省しないならずものは、ヒトデナシ。始末せんとセカイが困る。セカイっち見たことないけど……どこかにあるやつ」
「世界ってのは、それは、うん、終わったら教えてあげようか」
ドワイトは微笑み、数日で集めた証拠を並べた。ご丁寧に2人の逢瀬を写真に撮り、互いの素性、いつどこで会ったのかも調べている。
「お、俺達にどうしろってんだ、要求は何だ」
「あなたの奥様と、そっちのあなたの旦那様、お二方は社会的に死んでほしいと望んでいました。その願いを叶えるだけです」
「あ、あいつがそんな事を」
「フン、そんな酷い奥さんだから浮気なんてされるんじゃないの?」
国家や法律が完全に機能しているとは言えないため、何よりも重要視されるのが信用度だ。商売も人との関係も、全てが信用で成り立っている。
その信用を損なう行為が及ぼす影響は計り知れない。
ましてや……。
「皆の前で夫婦を誓うのは、おおよその獣人族も同じだ。互いと家族を何よりも大切にする。その誓いは自分の命よりも重く、何にも優先される。そうじゃないのかい」
「おれ知っとる! えっと、結婚のひとをえっと、一番大事にして裏切らんっち約束する!」
「その約束を破ったという事は、一番大事にすべき約束が守れないという事。そんな人が、もっと軽い関係の仕事仲間や友人を、裏切らないとは思えないね」
ドワイトの視線は冷たく、もう人を見ている眼差しではなかった。言葉の端々に見限ったという気持ちが表れている。
「お、お前には関係ないだろう! 偉そうに説教される筋合いはない!」
「そうよ! 後は当人同士の話でしょ? 頼まれたか何か知らないけど、私達を脅してるあんたこそ悪人よ! 獣耳は野蛮って本当だったのね」
「僕は正しい者を裏切らない、決して。僕達にどれだけ悪態をついても、お前らが伴侶を裏切った事に変わりはないさ。そして、お前らを見ている依頼者の気持ちが変わる事もない」
お前らを見ている。その言葉に男女はハッと顔を上げ周囲を見回す。ほどなくして建物の影から2人の男女が現れた。
「お、お前……」
不倫していた男女の顔色が真っ青になった。
「俺を裏切って別の男とよろしくやっていた上に、知らぬふりで逃げようとするんだな。そんな女だと知らずに生涯を捧げると誓った自分が情けないよ」
「よくもあたしの旦那を寝取ってくれたわね。あんたには払うもの払ってもらうから。ジョーイ、あんたとも離婚よ、許さないから」




