初仕事-05
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夜になり、町の広場には人だかりが出来ていた。
その中央に集められているのは、今回の掃討作戦で捕えた盗賊達。これから盗賊達をどうするのか決めるのだ。
ドワイトは悩みながらも盗賊達を従順な者とそうでない者に分け、更に若者とそうでない者を分け、合計4つのグループを作った。
「お、俺達をどうする気だ」
「教えたところで君達の処遇が変わることはないよ」
レオンはその様子を見つめている。その中には、昨日火を放った実行犯と、一緒に捕えた男女4人も含まれていた。
「皆さんは手出しをしないで下さい! 私刑は駄目なのでしょう? 我々獣人が手を下します」
「あのね、えっと……まだお金足りとらんけん、ちゃんとこいつら売らんと、みんなにお金払いきらんと! だけ、売れるまで待っとって!」
レオンが一生懸命手伝おうとする。ドワイトは有難うと応え、指示するまで見ていて欲しいと付け加えた。
「おれのね、ご主人がね、怪我させられたと。助けるのにね、えと……」
「この子の保護者は、酒場に来ていた歌い手さんです。治療院に入りましたが、治療費を工面できないと故郷に帰れないのです」
「ご主人助けたいけん、お金がいると! 高く売れるまで待って欲しいと!」
「念の為お伺いします。裁判に任せたい人はいますか。町長さんはいかがです?」
「私は何も見ていない。この場で起きた事も、忘れるだろう」
「そうですか。他に異論がないようなので、全員こちらで処分しますね」
そう告げると、ドワイトが誰かに手招きをする。数名の商人が歩み寄り、一列に並んだ。
「間に合ったか!? おーい、俺も混ぜてくれ!」
その後、馬車で駆けつけた商人がもう1人加わり、集まったのは6名。全員が労働者を集め取り纏める事を生業としている。
満身創痍の盗賊達では抵抗も無意味だ。
大金を持って移動する商人のキャラバンを護衛するのは屈強な男達。
普段からキャラバンを狙う強盗団がいないわけではないが、無傷で済むことはまずない。
「それでは皆さん、目利きが済んだら僕に教えて下さい。良識ある金額でお願いしますよ」
「勿論ですとも!」
平たく言えば、許可を受けた正規の奴隷商達。それぞれが縛られた盗賊達の値踏みをし、誰を買うか決めていく。
「コイツを貰おう。顔もガタイもいい、生意気なやつ程喜ぶ上客がいるんだ」
「んだと? 放せ、テメェ……」
「ああ、お買い上げ有難うございます。おとなしくさせますよ」
ドワイトは笑顔で「商品」に近づき、腹に拳を入れた。
その場で悶える様子を気にするでもなく、ドワイトは奴隷商から金を受け取り鞄に入れる。
今買われた男はその手の風俗店に卸される。他にも10名が買われ、危険な工場や鉱山送りとなった。
「よっしゃ! この女は俺の店が買う!」
「クッソ! コイツいつもツいてやがる!」
「金貨に細工でもしてんじゃねえか? 金貨の両面表に作り変えてるだろう!」
「バーカ、俺は運が味方してんのさ」
町で捕らえた女を買う権利も無事に決まった。女は自分の今後を悟っているのか、歯をガタガタ震わせながら黙って従う。
「あ、あたしは直接手を下した訳じゃないのに……」
女は最後に救いを求めるような目でレオンを見つめる。レオンはそんな女に向かってにこやかに「いってらっしゃい」と手を振った。
「まだ10名程残ってるんだけど、参ったな。これじゃあ僕とレオンの取り分がない」
「えっ……」
レオンが大げさな程絶望的な表情で立ち尽くす。ティアの治療費のために頑張ったのだから無理もない。このままではお金が入らないと知り、奴隷商に子犬のような目を向ける。
「困ったなあ、それじゃあ町に帰って聞いてあげましょうかい? ディッチの店が来てねえが、あいつも商品不足で困ってる」
「ほんと! ならずもの買うおじちゃんのひと、他のおじちゃんの人連れてきてくれると!? おかねもらえると!?」
「ああそうだよ。ぼうや」
「ぜひとも。ああ、でもなるべく早くお願いしたいです。それと、これは絶対値が付かないと思うのはどれか、教えて欲しいのですが」
「そうですねえ、こういうのは売れないですね」
奴隷商の助言に従い、ドワイトは売れないと言われた盗賊達を仕分け、5つ目のグループを作る。その中に盗賊の頭がいたのが滑稽で、見物人はクスクスと笑っていた。
「どうします? 皆さんにお支払いするお金はなんとか集まりました」
「そいつは磔にして! 生かしておくなんて出来ないわ!」
「それがいい! 他の奴も全員そうするべきだ!」
「あー5人はまだ売れる可能性があるので、もしよければ僕達の取り分として残していただけると……」
町民は磔を希望したが、売れるものは売っておきたい。ドワイトは苦笑いで自身の取り分を考えている。
「ねえねえ、ドワイトのひと」
「ん?」
「ないぞー売らんと? お金になるんやったら売った方がいいんやないと?」
「うん、本来はね。肉は猛獣の餌に、内臓や皮膚は困っている病人に。余すところなく使うのが望ましい」
ドワイトの発言に一部はギョッとした。狐人族が一度悪人だと認識すれば、もうそれは動物と一緒。
ドワイトとレオンにとって、目の前の盗賊はただの獲物。人と見做していない。それを思い知った事で、見物人は幾分おとなしくなった。
死ねばいい、苦しんで欲しい。そう願ってはいたものの、それを笑顔で当然だと言われると戸惑うものだ。
磔になっても内臓を取られても、待っているのは死。
奴隷となっても鉱山で働かされても生きていく事はできる。そちらの方がマシだと思った盗賊が命乞いを始めた。
「お、俺も働いて貢献する! これまでの事を償いたいと思っている!」
「あんなに悪態をつき、僕達に唾まで吐いていたじゃないか」
「こいつ暴れて大変やった。弱い方が悪いとか言いよった」
「そ、それはその……今になって自分がとんでもない事をしたと気付いたんだ! どんなきつい仕事だってやるから!」
態度が悪いグループに分けていた、痩せている中年男。ドワイトもレオンもその顔をじっと見つめる。
言い分を聞いてもらえると思ったのか、男は地に額を擦り付けて更に頼み込む。
「今までの事は反省する! 迷惑を掛けた全員に謝る! これからは心を入れ替える! だから……」
ドワイトはそんな男に微笑み、こう言った。
「心を入れ替える? それはよかった、心臓移植を待っている人が1人助かるよ」
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ドワイトが開催した、堂々たる奴隷見本市。
町の治安隊も狐人族相手では手出しできない。盗賊が治安隊に泣きつくというまさかの事態に、町の者達は盛大に笑っていた。
治安隊は盗賊を庇わず、奴隷商達を咎めなかった。大勢の死傷者を出し、家屋を破壊された町の一員として、住民の願いを無視できなかったのだ。
奴隷商にはナヌメアの町として許可証まで持たせる徹底っぷり。これで他の国や町で奴隷商達が咎められ事はなくなる。盗賊達を解放しなければならない事態も避けられる。
残された10名ほどは、町の広場の一角に集められたまま。ドワイトが許さないので、用を足すため立ち上がる事も出来ない。
「こんな荒野の町ではね、水が貴重なんだ。それを消火活動でふんだんに使ってしまった。お前らに飲ませる余裕なんてないんだよ」
少なくとも数日後には紹介された奴隷商もやって来て、数人を買い取ってくれる。町の牢屋に「仮置き」するための馬車の到着まで、もう少し時間があった、
「レオンくん、宿に戻って寝なさい。僕がこいつらを見張るから」
眠い目を擦りながら、レオンは一生懸命に「商品」の番をする。もうすっかり夜となり、いつものレオンは寝ている時間だ。
「ドワイトのひと、寝らんと?」
「馬車の中で少し眠ったから大丈夫だ。明日の朝、またおいで」
ドワイトに促され、レオンはこくんと頷いて宿へ向かう。ドワイトはそんなレオンの背を見つめながら、安堵のため息をついた。
「うん、選眼は正しかった。あの子は人に好かれそうだ。僕よりも腕利きの義賊を名乗れるかもね」




