初仕事-04
ドワイトとハロルドは気兼ねなく会話する。一方、ジェイソンは自身が喋る事をレオンに明かしていない。ハロルドはそんなジェイソンに気を使い、レオンが聞いている所では喋らなかった。
「君はなぜレオンくんの前で喋らないのかい」
『……吾輩の勝手だ』
「君が喋らないとだね、ハロルドも喋ることが出来ないんだ」
『我が愛しき傀儡は……レオンは吾輩を庇護の対象として扱っておる。吾輩の立場が上だと知った時、レオンは吾輩への接し方を変えるだろう』
獣人族にとって、魔族は自分達を従わせようとする存在だ。ドワイトとハロルドも対等な振る舞いをしているが、ハロルドがドワイトを見放せば、ドワイトは命を繋ぐ事が出来ない。
ハロルドは獣人族の強い生命力を浴びて更に己を強く育みつつ、ドワイトを利用し人の世界で手に入るものを堪能する。お互いにメリットのある関係だから対等を受け入れているに過ぎない。
それはジェイソンにとっても同じであるはずだ。
「君は、レオンより弱い立場にいると思わせたいって事かい? あんなにも増殖法を自在に操れるなんて、君はとても高等な魔族じゃないか」
『フン、貴様は恩人を見ていて分からぬか? 我が愛しき傀儡が恩人を愛でる事は無いのだ。自身より強い者、目上の者を愛でる事は無い。愛でられるため必死に行動するのだよ』
「まあ、そうだね。ティアさんといる時のレオンは、飼い主に褒めてもらいたい忠犬そのもの」
『それでは困るのだ! 吾輩は傀儡に撫でられ、抱きしめられ、褒められ、愛でられたいのだ! 我はレオンのために尽くす健気な猫モドキでなければ』
「えっと……はい?」
ジェイソンは真面目な表情を崩さない。もっとも、猫の表情筋は喜怒哀楽を現すのに適していないのだが。
つまり、ジェイソンは尊敬されたい訳ではないし、立場で分からせたいとも思っていない。レオンの無条件の愛情を受け、まるで猫のように可愛がられ、甘やかされたいのだ。
『当初はな、吾輩が幼いあやつを服従させ、操るつもりだったのだ』
「今とは正反対だけど、何があったんだ」
『我が愛しの傀儡は吾輩の頭を容赦なく撫でまわし、顎下を擽り、顔を擦り付けてきた。吾輩を取られまいと、あるいは寂しくなった時に抱きしめ、吾輩にどこにも行かないでくれと請うのだ』
つまり、ペットと同じ扱い。
ドワイトは苦笑いしながらも、ペットという言葉は口にしなかった。レオンの中の「可愛いジェイソン」を壊さないよう、ジェイソンは喋らずにいるというわけだ。
『我が愛しき傀儡のためならば、吾輩は猫を被る事もやぶさかではない』
「本当の猫を被る必要は……うん、まあ、いいか」
非情、冷酷、獰猛……そう恐れられている魔族が、まさかレオンの前だけは猫かぶりをしているとは。ドワイトはレオンとジェイソンの関係を面白いと感じ、ハロルドへと視線を向ける。
『撫でる事は咎めないが、狐を被るつもりはない』
「あはは、ハロルドはそうであってくれ。ジェイソン、君が意思疎通を図りたいなら、可愛い素振りで話しかけてもいいんじゃないかい」
『……ふむ、聞かせよ』
「都会では、猫や犬が喋るという子供向けの作り話が人気なんだ」
『ほう、そやつらの真似をすれば、吾輩を恐れぬというのだな。そういえば、レオンが恩人に買わせた本でも熊が喋っておった。人里を襲う理由をペラペラと』
どこか方向性に違いを感じさせるが、ジェイソンが喋るようになればレオンの危機にも対応しやすくなる。
ドワイトは簡単にこれからの事を話した後、目を閉じた。
* * * * * * * * *
「ご主人!」
「レオン! 良かった、怪我はしていない? 大丈夫? ジェイソンさんから色々聞い……コホン、ジェイソンさんも無事?」
「おれ怪我しとらん! ジェイソンも怪我しとらん! ご主人の声、良くなっとる!」
「ええ、幸い喉まで炎を吸い込んでなかったの。煙で痛かっただけみたい」
廊下を走らない! と注意されながら、レオンは治療院に着くなり面会時間の終了5分前にティアの病室へと滑り込んだ。
「ならずもの、ちゃんと売り飛ばしたよ!」
「あ、うん……でもあんまり物騒な事、しないでね?」
「ぶっそっち何?」
「危ない事、しないでねって言ったの」
「おれ、ちょっとあむなかったけど、もう絶対気を付けるっち決めた! ジェイソンが守ってくれたけん、次はおれが守ると!」
レオンは褒めてもらおうと、自分の成果を一生懸命に伝えようとする。
ただ、出てくる言葉は「ならず者が高く売れた」「内臓は高く売れる」「内臓は魚のはらわたと一緒の意味」「蹴って倒した」など、どう考えても物騒なものばかり。
復讐を代わりに行ってくれたとはいえ、褒めていいものなのか。ティアが苦笑いで返答に困っていると、ようやくドワイトがハロルドを連れて入ってきた。
「レオン君はとても頑張りましたよ。ご主人に良い成果を伝えるため、それはもう」
「あ、えっと……有難うございます、私のために危険な事を」
「いえいえ、皆さんのためになると同時に、僕はそれで生活の資金を稼いでいますから。不謹慎ですが、しっかり稼いできました」
周囲のベッドにも被害者が寝ている。ドワイトはニッコリと微笑み、皆に支払いの心配はありませんと伝えた。その言葉を聞いたレオンは、ハッと思い出して自身のカバンを漁る。
「これね、ご主人にやるやつ! はい!」
「何かしら……えっ、えっ? ちょっとこれ」
「綺麗やろこれ!」
レオンが鞄から取り出したのは、特大のレッドスピネルだった。宝石の価値など全く分からないレオンは、なんとなく綺麗で、一番ティアに似合うものとして選んだ。
ドワイトは鑑定の技術を持っているようで、ルビーではなく希少なレッドスピネルだと太鼓判を押す。
「大きさから、10カラットはありそうですね。加工職人の腕も良く、鮮やかですよ。10金紙幣くらいの価値はあるかと」
「えっ!? で、でも、これは盗賊が持っていたもので、誰かから盗んだものでは」
「勿論、その可能性はあります。万が一の際は僕かレオン君が持ち主に支払いますよ。もっとも、所有者が根拠をもって所有者だと名乗り出るのは難しいと思いますけどね」
所有者だと名乗り出るだけなら誰にでも出来る。これまで嘘を付いているかいないか、それを見極めてきたのはハロルドだった。
ティアは悩んだものの、所有者が現れたら返すかお金を支払うという言葉で渋々受け取る。
「レオン、有難う。私はもう十分貰ったから、もう何もくれなくて大丈夫。あなたが無事に帰ってきてくれただけで嬉しいの」
「おれえらい? おりこう?」
「うん。でも約束してね、本当に悪い人以外、絶対に蹴ったり殴ったりしちゃだめ。それに、悪い人ならいつでも殴っていいってわけじゃない。レオンだけで判断しちゃだめよ」
「はーい」
レオンは褒められた事しか頭に入っておらず、気の入らない返事でニコニコしている。ため息をついたティアに、ドワイトが後は任せてくれと伝えた。
そこに、表情だけはにこやかな看護師が入ってくる。
「お2人さん、すみませんがもう面会時間を過ぎましたので……」
「ああ、そうでした! レオン君、宿に戻ろう」
「えーっ、まだご主人とこ、おりたい」
「面会時間を過ぎた。決まりを守らない者はならず者だ」
自分がならず者に該当すると聞き、レオンは絶望の表情に変わる。いそいそと鞄を背負い、震える声で「帰る……」と呟き、部屋を出て行く。
また部屋の外で看護師の「廊下を走らない!」と叫ぶ声が響く。ドワイトはため息をつき、ティアに声を掛ける。
「誰かが悪人を成敗しないといけないんです。誰が成敗を望み、その役目を誰が出来るのか、誰がやるのか。僕はそれが重要だと思っています。あの子は悪に立ち向かえる子です」




