初仕事-03
「そうかい。流石にはいどうぞと渡せる程、心が広かないもんでね」
そう告げるが早いか、頭は椅子の背もたれからリボルバーを抜き、ドワイトではなくレオンへと向けた。
「反撃の1つもしねえでやられる訳にはいかねえなあ。盗賊にも誇りっつうもんがある」
頭は躊躇いなく引き金を引いた。狭い空間に発砲音が響き渡り、耳をつんざく。
ドワイトはまずいと顔を顰め、咄嗟に遮ろうとしたが、至近距離では反応の方が遅い。
レオンは爆音への驚きで固まったまま、まだ振り向いてもいない。その弾丸はレオンの後頭部へと一直線だ。
「レオ……」
ドワイトが声を発しようとしたと同時に動いたのはジェイソンだった。
ジェイソンは瞬時に増殖し、数体の分身を犠牲にしてレオンの盾となった。
「えっ」
レオンは何が起こったのか分からず、耳を塞ぎながらくるりと振り返った。銃口が目の前にあり、そこで初めて自分が狙われたと気付く。
「ジェイソン、守ってくれた?」
ジェイソンの本体は顔を顰めながらレオンに寄り添う。動揺するレオンに向かい、頭は舌打ちをして2発目を撃ち込もうと引き金に指を掛ける。
が、弾丸が発射される事はなかった。怒り狂うジェイソンよりも先に、ドワイトが頭の側頭部を思い切り殴りつけたからだ。
頭は数メルテ吹っ飛び、自慢の高価なコレクションの山へと倒れ、動かなくなった。
「レオン」
「あ、えっと」
「悪党の前で気を抜くな。ジェイソンの分身が犠牲にならなけりゃ、お前は死んでいた」
「う、うん……」
「お前が無邪気でいられるのは、無邪気でいられるように頑張っている誰かのお陰と思え」
ドワイトは今まで厳しい態度を見せてこなかった。
それは、ドワイトがレオンの「最期」の様子をジェイソンから聞いていたからだ。
レオンはかつて飛び道具で訳も分からないまま絶命した。その様子をジェイソンが2度も見せられるのは辛過ぎる。
「気を抜くな。相手は悪党だ、どんな卑怯な事でもやる。全てに警戒しなさい」
「う、うん……」
「ジェイソンくんにお礼を言っておきなさい」
「うん、ジェイソン、ありがとう」
「ハァ、まったく。レオンくん、君は悪人の事を全く分かっていないね。僕がしっかりと教えてあげよう」
ドワイトは動揺しているレオンの頭を撫で、気を失っている盗賊の頭を後ろ手に縛る。使えそうなものがないか見回した後で大きな木製車輪のついた台車を発見し、価値のあるものを乗せ始めた。
「現金は……わぉ、この箱全部紙幣か。金、銀、宝石……ダイヤモンドは高く売れるな、よし。絵画の価値は分からないけれど、かなりの価値になるはずだ」
「ぜんぶ持って帰ると?」
「鞄に入るものは。入らないものは商人達に取りに来させよう。ハロルド、頼めるかい」
ドワイトはハロルド用の小さな鞄を背負わせた後、財宝の写真を何枚か撮った。その写真とメモ書きを一緒に鞄へと入れ指示を出す。
「ジェイソンくんも1匹付いていくといい。稼業をやるには君達の助けが必須だ、いずれレオンくんのために動いて貰う事になるよ」
ハロルドとジェイソンの1匹が洞窟を引き返して走り去り、ドワイトは再び財宝の整理を始める。
「ハロルド、どこいったと?」
「町に戻らせた。あの写真とメモを見せたなら、商人が喜んで馬車を寄こしてくれる。捕らえた連中と財宝を持って帰ってみんなで山分け。商人が仲間にも呼び掛けてくれるから、全部換金できると思うよ」
まだ動揺し、元気のないレオンの心中を察し、ドワイトは軽く頭を撫でてやる。
「反省は毎日でもすればいい。ただ、内省……自分の考えや言動を振り返り、どうするべきか気づく事が必要だ。過ちは二度と繰り返すな」
「うん、わかった。ねえ、ドワイトのひと、ならずもの退治でみんなを助けよるんやろ? ならずものはどうすると? 巨大鳥に食わせる?」
「中には食わせるしか使い道のない奴もいるだろうね。他の奴は働かせたり、医者に内臓を売ったり」
「あ、そういえばないぞーっち、何?」
何も知らないレオンに対し、ドワイトは色々な知識を与えた。内臓とは「ギギルのはらわたと一緒」と教えただけでなく、何が売れるのか、その価値がどれ程なのか。
暫く説明してからレオンの鞄にも現金と宝石を入れさせる。それからドワイトとレオンは捕らえた盗賊達を担いで入り口付近に集め、僅かな水と食べ物を口に含ませた。
「なし、ならずものに食べさせると? なし、生きさせると?」
「元気でいて貰わないと、売り物にならないじゃないか。元気がない病気の豚を食べたいかい」
「あっ、そっか! じゃあみんな元気になってもらわないけんね! 元気なはらわた、高く売れる?」
「ああ、ご主人の治療費には困らないと思うね」
「やったー! ならずもの、はやく元気になあれ!」
2人にとって盗賊達はもはや商品。家畜と同等でしかない。可哀想などという感情は持ち合わせていない。
盗賊達は今更ながら、自分達が取返しのつかない事態にある事に気が付いた。
過酷な労働の担い手として、移植を待つ患者の一部として、物好きな金持ちの慰みものとして。あるいは使い物にならないからと、獣の餌にされるのか。
自分がどんな結末を迎えるのか、いずれにしても明るい未来は無いに等しい。
「と、盗ったものは全て返す、謝る、もう悪い事はしない! だから……」
「君に交渉の権利があるとでも? 自分のための謝罪に価値などないよ」
「こ、交渉、そんなつもりじゃ」
「許すための条件は加害者から提示するものじゃなく、被害者から慈悲で提示されるものなんだよ」
「ねえねえ、どのならず者がいちばんはらわた元気? どれが一番高く売れる?」
殺し屋ドワイトが特別非道なのではない。獣人族の掟では悪者、特に故意に悪さをした者には当然のように人権がない。
悪者は人ではなくヒトデナシ。レオンの無邪気で残酷な発言からも、獣人族の価値観が窺える。
その代わり、悪者でなければ全員が善良と考えている。善良な者のためなら何も惜しまない。ドワイトもレオンも、町の人のために動く事を負担とは考えていない。むしろ誇らしいと思っている。
悪者を許す文化がない。それが本当だったと思い知り、盗賊達はもう抵抗する気もなかった。
そもそもドワイトが手も足も胴も二重に縛っているせいで縄抜けもできず、抵抗しようがないのだが。
「君はピッピラ出身だったね。あの村は特に戒律を重んじていた。知らずにやった者、故意にやった者、後者への対応は一切の慈悲がなく素晴らしいと思うよ」
「うん、みんないいひとやけんね! 村人でならずものになった奴、何百年もおらんっち言いよったけん」
全速力のハロルドとジェイソンが町へ向かった後、夕方には馬車4台が盗賊のアジトに到着した。商人たちは宝石や骨董品の数に大喜び。
既に自分の取り分は確保しているせいか、約束した金額に到達していれば後はどうでもいい。おかげで人も物も割安で手に入り、商人達はまた頼みますよと言って大満足で馬車に乗り込む。
「いやあドワイトさん! 悪党がいなくなって私らも往来が楽になりますよ。有難う」
「はい。こちらこそ、買い取って頂けて助かりました」
「次あなたが悪人を懲らしめる時も、私が近くにいたらいいのですがね。では」
ドワイト達も商人の好意で馬車に乗せてもらい、帰りは楽させてもらう事にした。
「後は捕えた奴らがどれだけ売れるか」
何時間も歩き、走り、大暴れし、興奮し、レオンは馬車に乗ってすぐ眠りに落ちた。いくら疲れ知らずの獣人族でも、子供には大変な1日だった。
ドワイトはレオンが寝ている事を確認し、ハロルドへと声を掛ける。
「ハロルド、帰り着いたら何を食べたいかい?」
『ふむ、ならば子羊のはらわたが良い』
「せめて宿で出してもらえる食べ物から選んでくれると嬉しいんだけど」
『注文の多い傀儡だ。まあいい、宿で品書きを読み聞かせろ』




