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誠実に丁寧に、真心込めて復讐代行。【レオンの怨返し】―LEON SEEKS VENGEANCE―  作者: 桜良 壽ノ丞
【始末屋ドワイト】

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始末屋ドワイト-08


「ジェイソンさん、あなたも休んで。火傷の痛みは消えたから」


「……」


「私も頑張って寝ないと」


 ジェイソンが魔族であっても、喋らなければ猫と変わらない。むしろ猫の方が気まぐれで困るくらいだ。ジェイソンのためにスペースを空け、ティアは目を閉じる。


『……吾輩の愛しき傀儡が望んだ事。貴様に指図されるものではない』


「なるほど、レオンの言う事を忠実に守っているのね。あなた、やっぱり優しいわ。ねえ、なぜあなたがレオンと一緒にいるのか、聞かせて貰えないかしら」


『それを知ってどうしようというのだ』


「そうね、今の私では無理でも、いずれ手伝ってあげる事が出来るかもしれない。もしくは、これはやめておこうって配慮してあげられるかも。私、あの子を傷つけたくないんだよね」


 純真無垢で犬のように懐き、ほんの些細な事にも大げさなくらい喜んでくれる。数か月面倒を見ただけで、命を懸けてでも守ろうとしてくれる。


 ティアはそんなレオンの生い立ちや、レオンに忠実なジェイソンの事を知りたくなった。それだけの事だった。

 そして、出来れば一番の理解者になりたいと考えていた。


 つまり、それらを総合して「ドワイトにレオンを取られたくない」と思っている。


 いずれ思春期が訪れて誰かに恋するとしても、ドワイトの活躍に敬服しようとも、せめて子供である間だけでもレオンにとって1番信頼できる人物でありたかった。


『傷つけたくないのは吾輩とて同じ。あれ程までに愚かな程健気で愛おしい存在はない』


「そっか。私達仲良くなれそうね。私はレオンがいつか……立派で幸せになってくれることを願ってるの。私がその手助けを出来るのが嬉しい。枷はつけられるのも、なるのも嫌」


 ティアは掠れた小声で優しく微笑む。自身の商売道具である喉を傷めた事も忘れ、レオンの存在に感謝していた。


 ティアは故郷からはるか遠くに売り飛ばされ、意地の悪い金持ちに虐げられてきた。数年で心はすっかり荒んでいた。肺や胃を悪くし、健康状態も芳しくなかった。


 そんなティアの目の前に、右も左も分からず、そのままでは数日も生きられない事を自覚もしていないレオンが現れた。旅に出て以降、初めて他人に気を配った。


 この子を守らなければ。


 その思いがティアの旅に、視界に色を付けた。この数か月は体の不調が気にならなかったくらいだ。


『……言葉に嘘偽りはないようだ。流石は我が愛しき傀儡が恩人と認めた人族。そうだな、そなただけには、言っておくとするか』


「うん」


『我が愛しき傀儡は、レオンは吾輩が生かしておる』


「あなたがいないと死んじゃうって事? 確かに、レオンは危なっかしいわね」


 精霊と獣人の関係など、人族のティアが知る由もない。

 ティアは消え入りそうな掠れた声で話の続きを促す。


『あれは昨年の冬に1度死んだ』


「えっ」


 ジェイソンの衝撃の告白に、ティアは一瞬呼吸も忘れて固まった。


 元気いっぱいで、止めなければ何処までも走っていきそうなレオン。彼がかつて1度死んだとは、一体どういうことなのか理解できずにいる。


『吾輩を含め魔族というものは、何かの生命力を糧に生きるものだ。獣人族は生命力が高く、我々にとって極上の糧。しかしながら、我々とて獣人族に乞う身分に成り下がるつもりはない』


 ジェイソンはティアが話についてきている事を確認するように、間を空ける。


『そこで、我々は取引を持ち掛けた。怪我で死にそうな者を我らに預けたなら、生かしてやると。レオンの親はおらぬし、皆がそれを受け入れた。瀕死の中、レオンは吾輩に縋った。受け入れた直後、死んだ』


 ジェイソンは当時の様子を思い出しつつ、尻尾をバタバタと振る。苛立っているのだ。


『そうしてレオンは吾輩にその器を捧げ、愛しき傀儡となった。案ずるな、あれは吾輩が生かしている以上死人ではないし、元のレオンの性格を受け継いでおる』


「レオンは、どうして死んだの?」


『下等な人族共に狙われたのだ! 獣人族が人族を襲う計画を立てているなどと、馬鹿な噂を信じた輩だ! 森の入り口付近で、木の実を集めていたレオンに矢を放った!』


 ジェイソンの目が鋭く光る。思い出して怒りを再燃させていた。


「あなたは、それを目撃していたの?」


『我々はいつでも獣人族を見張っている。万が一の際、自分のものにするため。同時に奴らの生活を見て暮らすのは、心地良いのだ』


 思惑通りにレオンを手に入れたとはいえ、人族がレオンを狙った事には腹を立てている。ジェイソンが見ていなければ、きっとレオンは助からなかった。


『ただし我々の傀儡となる事、それは魔族の支配を受け、魔族となったに等しい。獣人族は自治意識が強い。魔族となった以上、村からは出て行かねばならぬ』


「それで、レオンはあんな幼いのに1人で……」


『レオンは一度死んだ事を自覚しておらぬのだ。気絶から目覚めただけ、外に出て暮らす順番が来ただけと本気で信じておる。無用な詮索は止めてくれ』


「分かった。あなた、レオンの事を大切に思っているのね。レオンは幸せだわ」


 ティアがジェイソンを撫でると、ジェイソンは尻尾を立てて小さく左右に振る。褒められて嬉しいのだ。


『吾輩もレオンも、人族の慣習には疎い。だがレオンへの危害からは全力で守る。案ずるな主人、レオンは吾輩が護り抜く。貴様は恩人、ならば吾輩も従順であるべきだ』


「お願いね、ジェイソン。人族全員が悪いんじゃない、悪い素質はあるかもしれないけど……人族全員を恨まないで欲しい」


『貴様のような人族がいると知り、少々驚いてもいる。見極めるのはまだ早いと心得た』


「有難う」


 ティアがまどろみ、やがて寝息を立てた後も、ジェイソンの分身はティアの傍を離れなかった。

 レオンの大切なご主人として認め、柄にもなく今夜は守ろうと決意したようだ。





 * * * * * * * * *





「ご主人~! おはようの時間きた? いま何時? おれおみあい来た!」


「8時27分よ、おはよう。今日も元気ね。お見合いじゃなくて、お見舞いね」


「おれげんき! ちゃんとはやいもん! ジェイソンずっと一緒やった?」


「ええ、一緒にいてくれたわ。有難う、ジェイソンさんも優しいのね」


「うん! ジェイソンいっぱいすごい偉いんばい! ちゃんとおみあ、おみあえるけん!」


 翌朝、レオンは面会時間開始の3分前に病室の扉を勢いよく開けた。


 その数十秒前から、廊下で「おれ、ご主人のおみあいに来たんばい!」という大声が響いていたため、ティアはある程度の事を予測していたつもりだったが……。


 引き戸が外れる程大きな音が出て、1度やり直した以外は許容範囲内の訪問だ。


 レオンはティアのベッドの脇で目をキラキラと輝かせ、嬉しそうに尻尾を振っている。遅れて後ろから低姿勢のドワイトが現れた。


「お早うございます、ティアさん。早速行ってきます、稼がなければ町の皆さんに払うお金が足りませんので」


「え、ええ。でもあまり、危険な事は……」


「大丈夫ですよ。さあレオンくん、ご主人のためにちょっと稼ぎに行きましょう」


「はーい! ご主人、たのしみに待っとってね! おれならずもの退治してくるけん!」


 頭を撫でてもらうのを期待し、レオンはティアの顔をニッコニコで見つめている。ティアが頭をわしゃわしゃと撫でると、レオンは嬉しそうに笑い、各ベッドの患者達に「ご主人に撫でて貰った!」と自慢して回る。


「……子供で良かった。もしあの笑顔で年頃の男の子だったら、さすがの私もときめいちゃうわ」


「はい?」


「ひ、独り言よ。あなたもどう? ドワイトさん」


「あはは、レオンくんと同列に扱えば僕が嫉妬されます。遠慮しておきますよ」


 ドワイトはぺこりと頭を下げ、嬉しさ満開のレオンを連れて出て行く。部屋を出る時、ジェイソンがふと振り返った。


「行ってらっしゃい、ジェイソンさん。宜しくお願いね、あなたも無事で帰ってきて」


 ジェイソンはティアをじっと見つめた後、レオンの後を追う。


「エーテルには帰れそうにないな」


 故郷を離れ随分と長い。ティアはふと窓の外へと視線を向ける。遠くでドワイトの「待つんだ、止まれ!」と叫ぶ声が聞こえる。


「そういえば、私も帰りを待ってくれている人はいないんだっけ」

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