10 コミュ力の磨き方
最後の授業が終わる。
今日一日は平穏そのものだ。
これまで休み時間も授業中もお構いなしに僕に言い寄って来たギャルどもが、来なくなった。
おかげで授業に集中できるし、休み時間はスマホゲームで遊ぶなど時間を有効活用できた。
彩音を使ったギャル除けはなかなかの効果だ。僕は期待以上の結果に満足した。
「ねえ虎児郎、カラオケいこ」
背後から彩音が声を掛けて来た。
「カラオケ?」
僕は一瞬きょとんとしてしまった。
だがすぐ、彩音はダメ押しで、つきあっている演出をするつもりだと悟った。
「今日は部活ないし」
「いいぜ、行こう」
僕は本当にカラオケに行くんじゃないだろうと思って軽く応える。
「やった、虎児郎とカラオケだ」
彩音は飛び跳ねて喜んだ。
「あ、あたしも行きたい」
天使が手を上げて寄ってくる。
「あたしも混ぜてよ~」
桃も入りたそうだ。
「ねえねえ、いいじゃん、カラオケに一緒に行くくらい」
天使が友達どうしで遊びに行くなら、何も問題ないでしょと僕に顔を近づけてせがんでくる。
「ダメよ。虎児郎はあたしだけのものなんだから」
彩音は僕に腕を絡めて、立ち上がらせる。
僕は彩音に引きずられて歩いて行く。
「そんな~虎児郎様、彩音だけじゃ満足できないでしょ」
「彩音ずるい~」
背後で怨嗟の声が聞こえてくる。
「ふふふーん」
彩音は恨まれているのを気にする様子もなく、ご機嫌な感じだ。
隣の教室の横を通ると、開いたドアの向こうで美沙と目が合う。
すぐに美沙は頬を膨らませた。
ううう……美沙がイジメられないように、彩音とつきあうふりしてるんだぞ……
廊下で、穂香ちゃんとすれ違う。
穂香ちゃんは目が点になって、抱えていた教科書や資料集、筆箱をボトボト落とした。
ヤバ……穂香ちゃんに何も言ってない。
僕は拾ってあげながら、小声で穂香ちゃんに「わけは後で話すから」と伝える。穂香ちゃんは、虎児郎君を信じてるから、という感じでうなずく。
◆◇◆
校門を出て、駅の方に向かって彩音と並んで歩く。
「彩音の演技は素晴らしかったよ」
僕は本当に感銘を受けた。
「ふふん」
「これでクラスの奴らは完璧に僕たちがつきあっていると思ったな」
「虎児郎様にご満足いただきまして光栄でございます」
彩音は調子に乗っている。
「僕に、様をつけないでくれよ」
正直くすぐったい。様を付けて呼ばれるような立派な身分ではありません。
「はい、虎児郎様」
彩音はお約束で、様を付けて返事をする。
「止めろって」
「ふふふ」
彩音との会話がいつの間にか掛け合い漫才のように気楽なものになっている。
ほんと彩音はコミュ力が高いよ。
「まぁ、虎児郎って呼び捨てにする方がつきあってるっぽいよね。他の呼び方はどうかな」
「へ?」
「こーくん、こーちゃん、こーちん」
彩音が色んな僕の呼び名を試してみる。
「虎児郎でいいだろ」
「そうね」
彩音も他の呼び方はイマイチだと感じだようだ。
そこで僕は後ろを振り返る。
天使たちがしつこく付いて来ているかと思ったが、誰もいなかった。
もう彩音と並んで会話する必要はなさそうだ。
「僕と無理して話さなくてもいいぞ」
「はぁ?」
「無言で歩いてくれていい、歩きスマホでもしながら」
「ぷ、何それ。一緒に帰ってるのに黙ってるの?」
彩音が吹き出す。
「僕はずっとボッチだったからな。突然、体育の授業とかでグループにされた者の気まずさには慣れている。沈黙の時間は平気だ」
僕と一緒のグループにされた奴は会話に苦労していた。
彩音だって僕と話すのは疲れるだろう。
無駄にエネルギーを使わず、明日また教室で頑張ってくれればいい。
「何わけのわかんないこと、ゆってんの。あたしは虎児郎と話してるの楽しいんだけど?」
彩音からは慰めや気休めっぽさが感じられなかった。
「僕と話すのが楽しい、だと!?」
そんなこと言われたのは人生で初めてだ。
「うん。昨日からびっくりしっぱなしだよ。虎児郎のゆうことって、いきなりつきあっているふりをしろとか全然予測がつかないんだもん」
「すまん」
僕は女子と話し慣れてないし、変わった生い立ちの人間ですからね。空気読んで、当たり障りのないことを言ったりできないのだ。
「なんで謝るかな。マジで翔と話しているより楽しいんだけどな」
彩音が翔と僕を比べて、上と言われるのはまんざらでもない。
確かに、常々カースト上位の連中の会話を聞いていて何が楽しいのかね、と思っていた。
内輪ネタばかりで、無意味な内容。
人生を無駄なおしゃべりで浪費する愚か者ども。
会話に混ざれないから僕はひがんでいた。
が、実際、彩音たち当人も心の底では面白いと思ってないのかも。
カースト上位にとどまるためには、面白くもない会話に面白いふりをしないといけない。
コミュ力ってのはそうやって磨かれるものなのだな。実にくだらない。
僕は彩音の言うことにうなずいているうちに、駅前の繁華街に近づく。
そこにはカラオケがあるのを知っている。
かつて僕がカラオケの前を通り過ぎる際に、高校生の男女が戯れていた。
リア充は爆発しろ、と呪いの言葉を心の中で唱えていたものだ。
「本当はカラオケは行かないんだろう。解散だな」
「え!? 行くよ」
彩音が意外そうな反応をする。
「誰も見てないぜ、行く意味ないだろ」
僕は正直、彩音とこれ以上に過ごす必要性を感じていない。
普通の男子なら、可愛い部類に入る彩音と過ごしたいものだろうけど。
僕は早く帰ってゲームをしていたい。
「ダメよ。あたし、もっと虎児郎のことを知っとかないと、嘘がバレちゃうじゃん」
「そ、そうかな!?」
「だからしばらくは一緒に過ごさせて」
彩音からは、つきあっているふりをやり遂げる決意を感じる。
「凝り症だな……」
「カラオケはもちろん虎児郎のおごりね」
彩音はいたずらっぽく付け加えた。
それが本音かよ。
僕とつきあっているふりをする特権で、たかるつもりだな。
まあいい、カラオケ代くらい。
しかし、僕はカラオケに入るのは初めてだぞ。
僕みたいな非リア充が入って大丈夫なのか……
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