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5 相合傘

 僕がゆっくり歩き出すと彩音も続く。

 まさか人生初の相合傘が彩音になるとは思わなかった。

 周りに人はいないが、見る人がいたら、つきあっているように思われる。


「悪いが、駅まで一緒に行ってもらえると助かる」

 僕は彩音に目的地を告げておく。


「いいよ。あたしも同じ方向だから」

 駅までは10分かからないが、お互いに長い時間に感じるだろう。


 お互いに話題を思い付かない。

 重苦しい沈黙が続く。


 気まずいな。やっぱ相合傘なんか止めておけば良かった。

 何でもいいから共通の話題……


 そういえば、彩音は一度だけ僕にやさしくしたことがあったな。


 ◆◇◆

 

 4月下旬。僕がまだ金持ちになる前だ。

 昼休みの教室で、また翔は僕をシュート練習だと称して蹴りまくっていた。


 吹っ飛んで、窓際の壁に背中をぶつけてへたりこんだ僕。

 翔は僕の胸倉をつかんで、引き起こす。


「も、もう止めてくれ……」

「ああん、聞こえんなぁ」


「止めてよおおおお」

 僕は叫んだ。


「ふん」

 翔はうるさそうに左指を耳に突っ込んで鼻で笑った。


 翔は僕を突き飛ばして、壁にまた激突させる。


「さてと……虎児郎はさぁー うちのオス犬みたいに去勢しとかないといけないよなあ」

 そう言って横にいるダチと顔を見合わせる。


「ああ、そうだな」

 ダチはニヤニヤと笑った。


「虎児郎はどうせ一生童貞だけどな。トチ狂って女を襲うかもしんねえからな。はははっ」

 翔は邪悪な笑みを浮かべて僕を見下す。


「ぜってー ヤベー奴になるぜ、虎児郎はよぉ」

「マジで犯罪者になるって」

 ダチどもは頷きあっている。


「なあ、彩音もそう思うよなあ」

 翔は振り返って、離れたところで腕組みしながら立って見ていた彩音に声を掛けた。


「え……そ、そうね……」

 彩音は急に話を振られて、ちょっと困惑気味に応じた。


「わかるよな、去勢だ、虎児郎を去勢だよ」

 翔は彩音に含み笑いしながら、右足で素振りをして見せる。


「ま、マジで……やんの?」

 彩音には通じたみたいで、ますます戸惑っている。

 

 な、何……僕に一体何するつもり……


「彩音がやれよ」

 翔が命令する。


「えええ……あ、あたしが?」

 彩音は自分を指さして驚いている。


「なあ、いいだろぉ、彩音」

 翔もダチも彩音を見つめて無言の圧力を掛けている感じだ。


「う、うん……」

 彩音がうなずいた。


 翔が僕の方に歩み寄って来る。

 え、何?


 僕には、翔やダチどもの意思疎通が何を意味するのかわからない。

 翔は僕の腕をつかんで起き上がらせる。


 そして翔は僕の後ろに回って羽交い絞めにした。


「よーし、足を開かせとくぜ」

 別の男二人が僕の左右の足をつかんで大股に開かせる。


 こいつらには、その場のノリで、何をするつもりなのかはっきり言わなくても通じてしまうのか。

 両足首をすごい力で押さえられて、僕は足を閉じることができない。


「ははっ しっかりと野良犬の虎児郎が交尾しないようにしとけよー」


 翔に声を掛けられた彩音は緊張した面持ちで、僕との間合いを測っている。

 ようやく、彩音が僕の股間を蹴り上げるつもりだと悟った。


 翔は笑いながらも僕をすごい力で押さえつけているから、身じろぎできない。


「や、やめてくれ」

 僕は彩音に向けて、涙目で助けてくれるよう訴えた。


 すると彩音がじっと僕の目を見返してくる。

 目力は何かを伝えているように感じる。


 僕は彩音と目が合う。彩音が軽くうなずいた。


「い、いくよぉー」

 彩音は助走をして、僕の方に向かって来る。


 ミニスカートから伸びた右足で蹴り上げるのがスローモーションで見える。


 蹴りが命中――


 僕は玉が潰れる激痛を予期した。


 が、彩音のつま先は軽く触れただけだ。

 寸止め!?


 0.01秒で彩音が目で伝えていたことを悟った。蹴るふりをするから、痛がれ――


「いっつううううううううぅぅぅ――」

 僕は絶叫してのけ反った。


 床をのたうち回って、涙を流してみせる。やりすぎな気がしたけど、これぐらいやっとかないと蹴られた感がでないと思った。


「はははっいたそー 玉がマジで潰れたんじゃないか。やるじゃん、彩音」

 翔の位置からは、彩音がどう蹴ったのかよく見えなかったようだ。


「う、うん……あたしの蹴りもなかなかでしょ」

 彩音の口調には動揺と、僕に対する申し訳なさが混じっていた。


 翔のイジメを止めてはくれなかった彩音。でも僕の股間を全力で蹴り上げて、玉を潰すことは回避してくれた。


「虎児郎を去勢して、俺、マジで社会の平和を守った気分。自分にご褒美でジュース買って来るわ」

 寝っ転がって痛いふりをしている僕に満足したようで、翔が去って行く。


 他の奴らも散っていった。


 彩音だけが心配そうな目で、僕を見下ろしていたことを覚えている。


 ◆◇◆


 駅に向かう歩道。

 僕は彩音と相合傘でゆっくり進む。


 雨が強くなったように感じる。


「なあ、彩音さあ」

 僕は下の名前で呼びかけていた。

 訂正するのも恥ずかしいのでそのままにする。


「なに、虎児郎?」

「僕を蹴ったよな」


「あ、あれは……ゴメン」

 目を伏せる彩音は、蹴ったことを悪いと思っているみたいだ。


「いや、あれはわざと寸止めにしてくれたんだろ」


「う、うん。そ、そう、マジで」

 彩音は僕がわかってくれていると知って、うれしそうな声に変わる。


「イジメを止めてくれれば100点満点だったんだけどな」

「……無理だよ。あの空気じゃ」


「ふん」

 僕は鼻を鳴らす。


 カースト上位の奴らはいつもその場の空気とかノリで僕をイジメてきた。奴らにとってはそうするのが自然で、罪悪感はないと言っていい。


「ごめんなさい」

 狭い傘の中で頭を下げる。彩音の頭が歩いていた僕の胸にぶつかった。


 彩音が言いたいことはわからんでもないが、やられっぱなしではすっきりしない。


「……今さら謝られてもな。彩音は、玉の恩人とはいえ、許せることと許せないことがある。あの時以外では僕を随分とディスってくれたよな」

 僕は彩音に本音をぶつける。


 これは脅しではない。スクールカーストを殲滅するにはカースト上位の貴族を本気で怖がらせなくてはいけない。


 彩音の態度によっては、本当に彩音をめちゃくちゃにする。

 ……つもりだ。なんだかんだで僕は女子に弱いから自信ないけど。


「悪かった……です。何でもしますから、許して下さい」

 頭を戻した彩音は伏し目がちに、償いを申し出た。


 バカな彩音でも、僕が本気になれば、3年の不良たちに彩音を輪姦させるくらいの想像はしているみたいだ。もっと怖がってもいいんだぞ……ククク


 教室では強気にふるまっていても、内心ではガクガクブルブルに怯えていたのだな。


「何でも……か」

 僕は彩音の答えを反芻(はんすう)する。


 横目で見ると、彩音は、きゅっと口を結んで、覚悟を決めているようだ。

 僕にエロいことをされると思っている。

総合評価が1800を超えました。

今週はかつてなくたくさんのブクマ、ご評価を賜り、誠にありがとうございます。


けっこう長い温泉旅行編をたくさんの方にお読みいただき、大変うれしく存じます。

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