4 温泉旅館
本日、番外編『温泉旅行』全16話を一時間おきに連続投稿しています。
つくづく胸は真っ平らだな。上杉さんがまだ目を開けられてないのをいいことに、じろじろ見てしまう。
「もうやだー」
開始早々に上杉さんは嫌になってしまった。やはり小学校低学年なみの忍耐力だな。
僕は上杉さんの手を引いて岸まで連れて行った。
「そこで座ってて下さい。暑いからすぐ乾くと思いますよ」
「くううぅ」
「悔しかったら、生簀のイワナを捕まえて練習したらいいですよ。まあ僕もいきなり実戦をやらせて、背伸びさせすぎました」
「虎児郎君のくせに上から目線で生意気だぞー」
上杉さんはジャイ○ンかよ。
ふふ、僕が上杉さんより優位に立てる状況は珍しいからな。ちょっとだけ勝ち誇っておこう。
へくちゅ
可愛らしいくしゃみをする上杉さん。
ちょうど、おじいちゃんが炭火焼きの準備を始めた。
囲炉裏のように岩を円形に並べた中に炭を置いて火をつけた。
「妹ちゃんが転んだがけ。火にあたっとられ」
おじいちゃんは、上杉さんを僕の妹だと思ったようだ。
上杉さんは不満気な顔をしながらも、火のそばで座った。
さてと、上杉さんの分までつかまえないと。
僕はつかみ取りに精を出した。
美沙や志乃ちゃんも健闘したが、16匹捕まえた僕が優勝。
「楽しかったー」
50匹目を捕まえて、美沙が額の汗を腕でぬぐう。
狭い生簀はイワナがうじゃうじゃになっている。
「さすがに満足だな」
小学校の林間学校では物足りなかった欠乏感を埋めることができた。
次はイワナの塩焼きを食いまくる。
おじいちゃんがイワナを串で刺してくれているが、僕たちもやることにした。
50本の串が火の周りに突き立てられた様は壮観だ。
「これは焼けとるちゃ」
おじいちゃんが一本抜いて、欲しい者はいないか見回す。
「どうぞ上杉さん」
「わ、私?」
戸惑いつつも上杉さんは串を手に取る。
「おすすめは頭から丸かじりですが、初めてですから背中の辺りに噛み付くのがいいでしょう。柔らかいですよ」
僕に勧められて、はむっと口を開けて上杉さんが背びれからしっぽの間を噛んだ。
「お、おいしー 何これー」
感動した様子の上杉さん。
「でしょう、とれたての焼きたてですからね」
予想どおりとはいえ喜んでもらえてうれしいよ。
「さあ、あんちゃんたち、どんどん食べられ」
おじいちゃんが焼けた串を渡してくれる。
「ああ、おいしい、ほっぺが落ちそう」
穂香ちゃんもいい笑顔をしている。
「あむっおいしいっ」
「おいしいです」
美沙も志乃ちゃんも元気にどんどん食べる。
僕も両手に串を持って、左右交互に丸かじりしていく。
久しぶりに食べるけどやっぱうまい。
みんなそれぞれ10本近く食べた。
上杉さんだけは6本どまりで、残りは僕が食べた。
さすがに満腹である。
びしょ濡れになった上杉さんは車の中で元の服に着替える。
全員、車に乗って、養殖場を後にする。
山奥ならではのアクティビティを堪能できた。
いよいよこの先に温泉旅館がある。
温泉旅館は古びた木造の2階建てである。外観は築五十年くらいに見えるが、中の設備はリフォームされているという。
オーナーが僕に交代してから行っていた工事が終わって、週明けからリニューアルオープンする。その前に僕たちが貸し切りで使う。
玄関では二十人ほどの従業員さん総出でお出迎え。
「緒方様、いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませー」
女将さんに合わせて、着物姿の仲居さんたちが深々と礼をするのでこっちが恐縮する。
「お世話になります」
一行を代表して、オーナーの僕が頭を下げる。
フロントの向こうのガラス越しに素敵な庭が見えた。建物はT字型になっている。横幅は50mくらいだろうか。
仲居さんに2階の部屋に案内される。
20畳ほどの和室。
畳のさわやかな香りがする。
「ふう、疲れたー」
上杉さんは座布団にへたりこんだ。
見た目は子供だから、1時間ちょっとの移動でもこたえたみたい。
「私も運転でちょっと疲れたな」
穂香ちゃんも座る。途中、事故りそうになってヒヤヒヤしたもんね。
「私と志乃ちゃんは自主トレに行ってくるね」
美沙が荷物を部屋の隅に置きながら僕に声を掛けてくる。
「は? 今日もトレーニングすんのかよ」
「なまっちゃいますからね」
志乃ちゃんが笑顔で答える。
「たまには休んだ方がいいんじゃないのか」
部活中毒にかかっているな。
毎日トレーニングすることが効果的なのか、僕には疑問なんだけど。
「大丈夫。ちょっと走ってくるだけだから」
美沙と志乃ちゃんは部屋から出て行った。
僕はどうしようかな。全く疲れてはいない。
上杉さんと穂香ちゃんを静かに休ませるためにも部屋から出ていくか。
「じゃあ、僕は温泉に入って来る」
僕は浴衣に手ぬぐい、バスタオル、パンツを持って出た。
男湯の暖簾をくぐる。
当然ながら、他に誰もいない。
貸し切りは広々として気持ちがいいな。
裸になって、浴室へ。
軽く体を洗って、露天風呂へ行く。
露天風呂は乳白色の温泉だ。
自分の腹も見えないほど濁っている。
温泉につかる。
お、おおおおおおおお
芯まで温まる快感。
いいわあ……
ほっとして、垣根の向こうを見上げる。
まだ2時だから、空が青々としている。
◆◇◆
仲居のおばあちゃんが大浴場の前に小走りで来た。
「あらら男湯と女湯を間違えてたわ」
おばあちゃんは暖簾を入れ替える。
「誰も入ってないわね」
玄関を覗いて一応確認。
虎児郎のスリッパは下駄箱にしまわれていたので、中にいると気づかれなかった……
お読みいただき、ありがとうございます。
どうせなら全16話を1時間で集中投下できたらいいのですが……
内容や誤字脱字のチェックに時間がかかるため、社畜作者では1時間おきでご容赦いただければ幸いです。




