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5 賭けに勝った

 待合室に来て、2時間以上経過する。


 美沙の母親の面会を許可するか、所長が真剣に考えてくれているのだ。


 ドアが開いた時、僕の心臓が跳ねた。


 所長が入って来る。


「お母さんの面会を許可します」

 それを聞いて、ほっとする。


「お願い、虎児郎も付いて来て」

 立ち上がった美沙が手を差し出してくる。


 僕は所長を見た。母親が美沙に暴言を吐いた時に美沙を守ってやりたい。


「一人じゃ心細いんでしょうね。収容施設法111条で君も許可します。一緒に行ってあげなさい」


 僕はぎゅっと美沙の手を握った。


 若い女の職員に案内されて静かな廊下を黙って歩く。

 美沙とは手を繋いでいた。美沙の手は震えている。


 所長は母親と会っても大丈夫と判断した。


 だったら怯える必要はないと思うが、実際に美沙と顔を合せたら何が起きるかわからない。


 面会室と書かれた重たい鉄の扉が開く。中で待っているように言われた。


 ガラスの向こう側にも部屋がある。ガラスには駅の窓口みたいに穴が開いている。


 美沙が真ん中に立つので、僕は左隣に立った。


 やがて向こう側の扉が開く。女性が入ってきた。


「お母さん、お母さん」


 美沙はガラスに顔を貼り付けた。


 お母さんは当たり前だけど美沙と似ている。

 本当にお母さんの居場所にたどり着けたんだという実感がする。


「下がりなさい」

 ガラスの向こうで制服を着た女性が叫んでいるが、美沙はお構いなしだ。


 お母さんはやつれて、虚ろな目をしている。

 美沙を見るなり、少し口を開けて固まった。


「お母さん、美沙だよ、やっとお母さんに会えたよ」

 泣いている。


 涙がぼろぼろ落ちる。

 長らく無感情だった美沙が溜まりに溜まった気持ちを溢れ出させている。


 母親は硬直したままだ。椅子に座ろうともしない。


「母さん、美沙はお母さんが大好き。また一緒に暮らしたいよ」

 母親に愛されなかったのに、美沙は母親を慕い続けている。


 これでもし母親が美沙にひどい言葉を投げかけたら、美沙にトドメを刺してしまう。


「美沙のお母さん、僕は美沙と同じ施設の子です」

 僕は大声で自己紹介を始めた。


 母親がいきなりひどいことを言わないように僕の話を聞かせようと思った。


「僕には両親がいないから、母親はいるのはすごく羨ましいんです。母親に愛してもらえたらどんなにうれしいだろうって思います。どうか美沙に優しくしてあげて下さい――」


 頼むから美沙を愛していると言ってほしい。その一言で美沙は生き返るんだ。


 母親は何か言おうとして、言葉を探しているようだ。


「お母さんは悪くないっ悪いのは私なんだっ」

 本気でそう思っているみたいで美沙が叫ぶ。


 ガラスを殴り始めた。母親を助け出して、自分が代わりに入るつもりのようだ。


「下がりなさい。面会を打ち切りますよ」

 向こう側の職員が立ち上がって、怒鳴って来る。


 僕は美沙を羽交い絞めにして、引き離した。

「せっかく長い時間かけて会いに来たのに、たったこれだけで終わったらもったいないだろう」


「お母さん、お母さん」

 美沙はものすごい力で母親に近づこうとする。


「落ち着けって」

 言い聞かせるが、美沙の衝動は抑えられない。


「うわあああああ」

 僕を振り払って、再びガラスに体当たりする。


「面会中止!」

 職員が宣告する。


「美沙……」

 そこで母親が呟く。


「お母さん」

 母親の小さな声を聞き取ろうと美沙が息をひそめる。


 職員は母親を見守るつもりなのか、動かないでいる。


 母親の目に涙が滲んでいくのが見てとれた。


「ごめんなさい、美沙。あなたをつらい目に遭わせてしまって。悪いのはお母さんなの」


 聞けるとは思っていなかった謝罪だ。

 母親は顔を両手を覆って泣いた。


「お母さんは悪くないんだよっ」

 叫ぶ美沙が不憫だ。


「面会は中止です」

 職員が母親の腕をつかんで引っ張る。


「お母さんを連れて行かないで」

 ガラスを殴りまくる美沙を引き離す。


 多分ガラスは割れないようにできているけど、暴れてると二度と面会を許可されなくなるぞ。


「お母さんとはまた会えるから落ち着け」


 母親は部屋を出ていくときに振り返った。


「ありがとう、美沙。愛してます。こんなお母さんでごめんね」


 それが聞こえた時、美沙はハッとした。

 母親をじっと見送る。


 向こうの扉が閉まった時、脱力したようでガラスにもたれかかって泣いた。


 母親は美沙を嫌っていない。

 二人の心はちょっとは通じていたように思う。


 こちら側の部屋にも職員がやってきて、出るように指示する。


 美沙は泣き続けているので、僕が美沙を抱きかかえて連れて行った。

 

 玄関で、所長はため息をついた。

「面会を中止にさせて、許可した私の顔が丸つぶれじゃない」


「ごめんなさい。でも美沙のお母さんに会わせてくれてありがとうございました」


 僕は深々とお辞儀をした。こんなに感謝したことは初めてだ。


 美沙はちょっと落ち着いたが、帰りたくないようで母親のいる奥の方を見つめている。


「美沙のお母さんが謝ってくれて、びっくりしました」

 僕は子供らしい素直な感想を言う。


 頭の上に手が置かれた。所長が撫でているのだ。


「そうね……美沙ちゃんのお母さんが謝ってくれるかは賭けだったけど、上手くいったみたいで良かった」


 所長は笑顔だ。面会中止になったことを本気では怒ってないみたい。


「罪を犯した人はたいてい裁判を受ける間に反省するの……罪の重さに打ちひしがれて、謝りたい気持ちでいっぱいになる」


「そう……なんですか」

 ちょっと意外だ。


「テレビドラマだと、全く反省しない悪い奴が出てくるけど、ああいうのは現実には少ないのよ」


「美沙のお母さんは前から反省していたんですか」

 それならもっと早く美沙に誰かが伝えてやればよかったんじゃないかと思う。


 所長は首を振る。


「お母さん刑務所での様子だけじゃなく、裁判の記録もチェックしました。母さんは裁判で反省していると言っていた。だけどそれは罪を軽くするための嘘かもしれなかった。心から本当に反省しているかは誰にもわからないの」


「……だから賭けだったんですね」

 所長の言っていることの意味はちょっとは理解できた。


 美沙と母親を会わせるのはやはり勇気のいることなんだと思い直す。


「嘘じゃない。お母さんは謝ってくれたもん」

 美沙が割り込んでくる。ようやく美沙も母親の言葉の重みがわかってきたみたいだ。

 

「そのようね。これでお母さんは心から反省しているとわかった。刑務所でお母さんはとてもよく頑張っている。刑期よりちょっと早く出られると思うよ」


「本当ですか!?」

 ぱあっと明るい顔をする美沙。


「うん、きっと美沙ちゃんがいるからでしょうね。子供がいなかったら自暴自棄になってしまうけど、美沙ちゃんがいるからね。お母さんはいつか美沙ちゃんと会える日を心の支えにしている」


「私が、お母さんの……」


「ええ、親にとって子供はどんな時も希望よ。お母さんが苦しい時はなおさら」

 しみじみと語る所長。


「いずれお母さんとは一緒に暮らせる。あなたは立派に成長してお母さんを喜ばせてあげなさい」


「はいっ」

 美沙の返事は素直で元気が良かった。


 所長は正門まで見送ってくれる。おやつのお菓子を食べさせてくれたし、水筒にお茶の補給もしてくれていた。


「時々面会に来たらいいわよ。今度は大人と一緒だと、私がいなくても許可されやすいからね」


「絶対来ます。本当にありがとうございました」

 喜びでいっぱいの美沙を見ていると、思い切って連れてきて良かった。


 美沙の自分が悪いっていう思い込みは徐々に解かれていくんじゃないだろうか。


 帰り道は長いが、全く疲れを感じない。

 心の重荷が取れた美沙は別人のように力強くペダルを漕いだ。


 児童養護施設に帰った時は、門限をとっくに過ぎていた。


 捜索願が出されて大騒ぎになっており、院長のおばあちゃんから「これ以上、社会にご迷惑をかけてはいけないでしょ!!!!!!」と滅茶苦茶に怒られた。


 加えて、警察署に連れていかれて美沙と土下座して謝らせられたし。

 

 だが、今となれば良い思い出である。


 少年と少女だけの、一本の映画になりそうな大冒険だった。


 以来、美沙は自分が生きていていい人間だとわかって、変わった。


 弟を死なせた罪悪感が消えたわけじゃない。陰で泣いている美沙を何度も見た。


 でも、ずっと悩んでいることはしなくなった。


 施設の子と一緒に駆け回って遊ぶようになったし、よくご飯も食べる。


 おかげで胸も立派に育った。僕としては、それが何よりの成果だ。

次回から、美少女たちを性奴隷にするブラック部活との戦いが始まります。


ブクマやご評価をいただきますと、展開に自信を持って書き進められますので、ありがたく存じます。


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