3 お母さんに会いたいよ
せっかく手に入れた美沙の母親の情報だが、使うべきなのか迷った。
母親は犯罪者。
その重みは僕でもわかる。
職員さんが、悪いことしたら牢屋に入れられるよ、とよく脅す。
冗談じゃなくて、本当に入っているんだ。
美沙は母親が刑務所に入っていることを知っているんだろうか。
親戚も職員さんも美沙には本当のことを言っていないかもしれない。
美沙も母親についての噂は耳にしているだろうが、真実だとは認めてないかも。
知ったら、美沙にトドメを刺してしまいそうだ。
美沙と母親を会わせる計画を実行するべきか一週間くらい迷った。
女子刑務所の場所は地図で確認した。隣の県だが、国道沿いにずっと行って、山の方に曲がればいい。自転車で4時間ほどかければたどり着ける。
僕の児童養護施設の子供はたくましい。親が車でどこかに連れて行ってくれないので、行きたいところには共有の自転車をひたすら漕いでいく。
休みの日に3時間かけて遠くの海や山に行くから、刑務所の方向にかなり行ったことはある。
僕は行ける自信がある。
問題は……美沙は自転車に乗れるんだろうか。
乗れなければ歩いてでも行く。
行くことは不可能ではないが、行く意味はあるのか。
子供の育児を放棄して死なせた最悪の母親。
悪いのは母親なのに、美沙のせいにし続けそうだ。
そうなると美沙を母親と会わせても何も変わらない。
どうしよう。どうしたらいいんだ。他に美沙の問題を解決する方法は思いつかないし、困った。
食堂で晩御飯。
心は美沙のことでいっぱいだったが、他の人間に悟られないようにいつもどおり腹いっぱいになるまで掻っ込む。
「美沙ちゃん、もっと食べないと。本当に病気になっちゃうよ」
「食べられないんです」
美沙と職員さんの会話が耳に入ってきた。
このまま何もしなければ美沙は死んでしまう……
計画が失敗するのと結果は大して変わらない。
今思い返せば、実に子供らしい単純な思考であった。
普通の子供なら、美沙の元気が出るようなイベントを催すというのがせいぜいのところだろう。
問題を根本的に解決したいという僕の性分は、幼い頃からのものらしい。
美沙が短い食事を終えて、食堂から出て行く。
僕は廊下で美沙を呼び止めた。周りに人はいない。
「なあ美沙」
「なに……」
「美沙のお母さんがどこにいるか知っているか」
僕は美沙の目をじっと見ていた。
「知らない」
答えた美沙は、なぜそんなことを訊くのかという戸惑いを浮かべている。
嘘はついていないように見えた。母親が刑務所にいるのを美沙は知らない。
「お母さんに会いたくないか」
「え――」
美沙は大きく目と口を開けた。
「僕は美沙のお母さんの居場所を知っている。会いたければ会わせてやる」
「なんで君が?」
「どうやって知ったかは秘密だ。さあ、どうする? お母さんに会いたいか」
「会いたい。お母さんに会いたいよ。どこにいるの」
美沙は僕の肩を両手でつかんでせがむ。美沙が初めて自分の欲求を見せてくれて嬉しくなった。
「よし。じゃあ明日、会いに行こう」
「あ、明日なんだ」
美沙はいきなりがっくりとうなだれる。
「焦るな。明日は土曜日だから時間がある。けっこう遠くに行くからな。美沙は自転車に乗れるか」
「乗れるよ」
美沙の答えはかなり意外だった。美沙は母親に育児放棄されて、親戚をたらいまわしにされた。
「いつ、誰が乗り方教えてくれたんだ」
気になるから美沙に聞いてみる。
「5歳の時。お母さんが教えてくれた」
「そうなんだ……」
「お母さんは弟が産まれるまでは優しかったから」
美沙は呟いて、うつむいてしまう。悲しみのツボを突いてしまったようだ。
言われてみれば納得する。
美沙の弟は亡くなったが、美沙は生きている。
ということは母親は美沙を一応育てていたのだ。
母親は美沙にちょっとは愛情を注いでいたから、美沙は母親に会いたいと思うのだろう。
「自転車で片道4時間かかるところに行くからな。体力が必要だ。美沙、もっかい食堂行って食いまくっとけ」
行先は刑務所だとはまだ言わない。
「わかった」
美沙は素直に食堂に踵を返そうとする。
「明日9時に出発だ。自転車置き場に集合。朝飯もしっかり食っとけよ」
「うん」
うなずく美沙。目には光がある。
これならたどり着くことはできるかもしれない。
母親に会えるのかわからない。会えたとして、美沙の慰めになるのか全く保証はない。
だけど美沙が元気を出しているんだから、行くしかないと思った。
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