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30 先生との距離感

 バスルームは檜風呂。しかも十畳くらいの広さだ。

 温泉旅館のような豪華な設備が自宅にあるなんて、タワマンの最上階はさすがである。


 湯煙に満ちた風呂場は檜の香りが心地よい。

 温泉じゃないけど、かぽーん、という音が聞こえてきそうだ。


 湯舟に体を沈める。


 おおおおおおおお


 体の芯まで温まるから、思わずうめいてしまう。


 窓ガラスは曇っているけど、手で拭けば、海の方が見える。

 今は真っ暗で、月しか見えないが、朝風呂をしたらさぞや眺めがいいだろう。


 天下を取ったような気分になりそうだ。

 引っ越して良かったな。


 美沙の胸をチラ見できないのは寂しいけど、穂香ちゃんと一緒だしな。

 お風呂のお湯で顔を洗う。その時、入口のドアが開いた。


「お背中お流しします」

「え、えええ」


 穂香ちゃんが裸で入ってくる。

 と、思ったらバスタオルを巻き付けている。


 穂香ちゃんは顔を真っ赤にして、おずおずと湯舟の方に歩み寄る。

 僕は恥ずかしくて、股間を手で隠した。


「いいよ、自分で洗うから」

 首を激しく振って拒否する。


 バスタオルを剥ぎ取れば穂香ちゃんのたわわに実った胸が露わになると思うと正視できない。

「か、体で洗うからね」


 穂香ちゃんはどこでそんなこと覚えたんだ。

「先生がそんなことをしてはいけません」


「で、でも、男の人って女性に洗ってもらうのが好きなんでしょう」

 それは特別なお風呂屋さんの話。


「デリの仕事をした時にそういうオプションもやりなさいって指導されたんだけど」

 そうだった。穂香ちゃんはすぐに辞めたけどデリヘル嬢だったんだ。不純な知識を身につけてしまって嘆かわしい。


「とにかく、なし。穂香ちゃんと僕はルームメイトなんだから、エッチなのはなし」

「しょぼーん」


 全否定されたみたいに穂香ちゃんが肩を落とす。


「私って魅力ないんだ。ただの家政婦なんだ」

 呟きながら振り返って風呂場から出て行こうとする。


「私なんておばちゃんだから。きっと美沙ちゃんみたいな若くて可愛い子がやって来て、虎児郎君とイチャイチャするんだ。私はそのお片付けをするだけ。しくしく」

「違うよー」


 叫んだけど、穂香ちゃんはドアを閉めてしまった。


「ふう、困った」

 穂香ちゃんは妻になったつもりで、色々としようというのだろう。


 それはわかるのだが、先走っている。

 同居してしばらくはお互いの距離感をつかむのに苦労しそうだ。


 生活のルールを書いておいた方がいいのかなあ。

 堅苦しいのも嫌だし、どうしたもんかな。


 考えようとしてすぐ中断する。

 とりあえずは早く風呂から出て、穂香ちゃんを慰める必要がある。


 穂香ちゃんと僕は8歳差。

 美沙のことを口にしてたけど、同じ施設だった美沙のことは穂香ちゃんも気にしてるんだね。美沙には劣等感を持っているのかも。


 女性の心理はややこしい。

 憧れの美人教師と同居。


 夢のようなシチュエーションのはずだが、実際やってみると意外に大変だな。

 ともかく言葉を尽くして仲直りしないと。


 パジャマに着替えて風呂場から出る。

 廊下を走っていこうとしたら――


 なんと廊下で穂香ちゃんが正座をしていた。

 急停止した僕を見るなり、三つ指をついて頭を下げる。


「虎児郎君、ごめんなさい」

 えー、なにこれ。


 僕が謝るつもりだったのに、穂香ちゃんが土下座している。


「出過ぎたことをして申し訳ございませんでした。虎児郎君にこの家に置いてもらっているのに」

「やめてよ、穂香ちゃん」


 しゃがんで穂香ちゃんを抱き起す。


「ううう、虎児郎君に嫌われた。もう生きていけない」

 穂香ちゃんはダメージを受け過ぎだ。


「悪いのは僕の方だよ。穂香ちゃんが僕のために、その……してくれようとしたことを拒否してさ」

「私のこと嫌いじゃない?」


「嫌いなわけない」

 一緒に暮らすことにしているのに、どうしてそう思うんだ。


「……ふうう、良かったよ。これからは虎児郎に嫌がられないように気をつけるから、許してね」


「だから嫌がったんじゃないから。ちょっと、びっくりしたというか、穂香ちゃんとはまだそういった関係になる気持ちの整理ができてないというか」

 上手く言えない。


「で、では、夜のお勤めは……」

「え」


 夜のお勤めって何? 確認しなくてもわかりきっているよな。


「……せっかくだけど、遠慮しておきます」


「もしかして虎児郎君はデリヘルで私に似た人ってことで女性を選んだから、私みたいなのがタイプなのかもと思っていたんだけど」

 図星だ。恥ずかしくて赤面してそうだ。


「そ、それはその」

「私の思い違いで、虎児郎君は私に興味なんか無いのね。ホテルにいた時も、私には指一本触れなかったし、私本人が来たらおばさんが来たってがっかりしてやる気がなくなったのよね」


 ネガティブなことを一方的に口ずさんでいる。


 女性と同居して、体を求めないっていうのは非常に失礼なんだな、と悟った。

 穂香ちゃんが自信喪失したのをどうすればいいのだろうか。


 夜のお勤めをしてもらうしかないのか。

 ………………


 そうしたい誘惑に負けそうになるが、やはりもうしばらく穂香ちゃんは擬似的な母親でいてほしい。


 母親がいる人には分からないだろうけど、僕の心の欠落を埋めるには他に方法がないのだ。


「穂香ちゃんのことは大好き。大好きだから、大事にしたいんだよ」

「ほんと?」


「うん。だからお互いの仲はゆっくりと深めていこうよ」

 要は先送りだが、愛しているっぽく言ってみる。


「私は虎児郎君が大好き大好き大好き大好きすぎるんだよぅ」

 穂香ちゃんが抱き着いてきて耳元でささやく。


 そんなに好かれているなんて、照れるな。


「ありがとう。穂香ちゃんの初めては絶対に僕がもらうからね」

 穂香ちゃんの顔が真っ赤になる。


「わ、わかりましたぁ」

 モジモジと答える穂香ちゃん。可愛いなあ。


 ほっとする。

「じゃ、じゃあ、別々に寝るってことでいいよね。夜中にこっそり入って来るのは、なしね。びっくりするから」


 釘を刺しておく。

 僕は穂香ちゃんから身を離す。


「虎児郎君がしたくなったら、私の方はいつでも心の準備ができてますからね」

 穂香ちゃんは笑顔で胸を張った。


 ふう、よかった。

 これでしばらくは穂香ちゃんに母親になってもらえる。


 それに、いつでも美女とエッチなことをしようと思えばできるって心にゆとりができそうだな。

 でも我慢できなくなったら押し倒しちゃおう。何しても許してもらえそうだからな。にひひ。

これで10万字を超えました。単行本一冊に相当する量をお読みいただき、感謝の言葉が見つかりません。


たくさんのブックマーク、ご評価もありがとうございます。

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