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29 我が人生に一片の悔いなし

 15年くらいお世話になった児童養護施設を退所した日、施設には大量の宅急便が届いた。


 中身は、プレステ、スイッチなどのゲーム機、ラジコンやドローンなどの高価な玩具、英語や算数の勉強ができるタブレット教材などなど。いずれも児童養護施設では、買えないものばかりだ。


 施設の子供たちは箱を開けて、目を輝かせている。学校の同級生たちは普通に持っている物を手にすることができなかった。ゲームの話題に混じることができず肩身の狭い思いをしていた。

 

 院長のおばあちゃんは施設の銀行口座の通帳を驚愕して見つめている。十億円の振り込み。


 こんなにもの大金の寄付があれば、ボロボロの施設を建て替えることができるし、大学進学を諦めていた子が大学に行けるようになる。

 安い給料で子供のために尽くしてくれている職員の給料も上げられる。


 ◆◇◆

 

 夕方、僕は高台から施設を見下ろす。

 隣には穂香ちゃんが立つ。


「宅急便に詰め込むのを手伝ってくれてありがとう、穂香ちゃん。きっとみんなめちゃくちゃ喜んでいるよ」

「どういたしまして」


「児童養護施設の中には、子供を殴ったり、女の子をレイプしたりするひどい所があるからね。僕のいたところはまともなところで助かったよ」


 施設の職員さんにはよく怒られたけど、それは僕がやんちゃをしたからだ。理不尽な仕打ちは受けなかった。


「おかげで虎児郎君がやさしい子に育ったんだね。ありがたや」

 穂香ちゃんは施設を拝んでいる。


「僕は施設に預けた母さんを恨んだこともあるけれど……きっと母さんは、いい施設を探して、ここなら僕を預けられるって選んだんだって思うんだ」


 僕は母さんの姿を思い出して、目に涙が浮かんできた。

 2歳くらいの時、僕を抱いてくれている姿を覚えている。


「お母さんの愛情だったんだね」

「そう。ひどい母親だと思っていたけど、本当は僕を……愛してくれて……いたんだ」


 涙が止まらなくなってきて、声にならない。


 施設の仲間たちとわいわいやるのは楽しかったのに、これでお別れか。

 夏は山にキャンプに行ったり、海水浴に行ったり、クリスマス会や節分の豆まきもあった。


 僕たちに家族はいなかったけど、施設の仲間が家族だった。

 世間の奴らからイジメられて、慰め合ったな。


 施設から出るのがこんなに寂しいなんて……

 こんなとこ早く出て行ってやりたいと思ってたはずなのに……


 母親と別れるくらい、悲しい。


 ぎゅっ


 穂香ちゃんが後ろから僕を抱きしめてくれている。


「虎児郎君、私が一緒にいますからね」

 穂香ちゃんと手を重ねる。


「うん、ありがとう」

 僕は鼻をすする。


「さよなら」

 施設のみんなに別れを告げた。


 美沙とは学校で会えるし、完全に別れたわけじゃないけどね。

 人生に一つの区切りが付いたんだ。


 ◆◇◆


 新居は県庁所在地の海岸沿いに建てられたばかりのタワマンにした。

 最上階の30階に、2億円する部屋があるので、即金で購入。


 カス高へは電車通学になる。

 穂香ちゃんと一緒に登校するわけにはいかないので、穂香ちゃんには車を買ってあげて車通勤してもらう。


 僕も穂香ちゃんも大して物を持っていないので引っ越しは簡単に終わった。


 新居のリビングはホテルのロビーのように広い。

 壁全体がガラスで、眺望は最高だ。


 水平線の彼方に沈む夕陽はじっと見ていても飽きない。

 

 家具は穂香ちゃんとデパートで選んだ物が運び込まれている。

 穂香ちゃんは虎児郎と結婚したみたいと嬉しそうだった。


「生徒と同居だなんて、学校にバレてクビになったらどうしよう。虎児郎君に責任取ってもらわなくちゃ。うふふ」

 全然困っている様子がない。わざとバラすんじゃないかと心配になる。


 寝室は別々。穂香ちゃんは残念そうだがこれは譲れない。

 まだ高校生だから結婚相手選びはもうちょっと先にしたい。


 穂香ちゃんとはあくまでルームメイトということで満足願いたい。


 対面式のキッチンでは穂香ちゃんが包丁を使う音がする。

 時々鼻歌も聞こえてくるから、いかにご機嫌かがわかる。


 僕はリビングで、でっかいテレビに向かって、ゲームに興じる。

 スイッチもプレステもやりたかったけど、児童養護施設にはなかった。友達の家でやらせてもらっていはいたけれど、歓迎されてはいなかった。


 これから今までの欠落を埋めるためにゲームをしまくる。

 バイトもしなくていいし、カス高には最低限の出席日数さえ出ればいい。


 自由だ。金があるっていいな。


 引っ越し初日の晩御飯は僕の希望でトンカツにお味噌汁。

 揚げ物って、母親が家で作ってくれるのはスーパーで買うやつとは次元の違う美味しさだと聞いている。


 僕は一生経験することのない味だと悲しく思っていたから、穂香ちゃんがトンカツを揚げてくれて夢が叶いそうだ。


 穂香ちゃんとテーブルに向かう。

 グラスにはノンアルコールのカクテルが注がれているという。


「かんぱーい」

 初めて飲むけど美味しいや。


「はあ、幸せ」

 穂香ちゃんが嘆息する。


「私、ちょっと前まで苦しい人生だったから、今は現実と思えないよ」

「美人で人気の先生が、お金に困ってるなんてわかんなかったよ」


 学校では明るく振る舞う穂香ちゃんの裏側で、お父さんの会社が多大な借金を抱えているなんて誰も知らない。


 危うく穂香ちゃんが体を売らないといけないところを、まさに間一髪で救えたのは運命を感じてしまうくらいだ。


「美人て……虎児郎君は口が上手だな」

「え、事実だけど」


「やーもうダメだよー」

 穂香ちゃんが恥ずかしかって体を捻っている。


「ではいただきます」

 ゴクリと唾を呑んでから切り分けられたトンカツを口に運ぶ。


「う」

 うまいぞおおおおおおおおおおおー


 脳内でパレードが展開される。

 揚げたてだが、熱過ぎない。


 最高に美味しく感じられるタイミングで食べられるのは偶然なのか。

 違う。穂香ちゃんは笑顔だが、僕の反応を見ている。


 穂香ちゃんが時間を計算して配膳してくれた。

 揚げたてのトンカツ。


 これは本当に母親の愛情を感じられる代物だね。

 僕には母親がいないけど、穂香ちゃんが揚げてくれたから、我が人生に一片の悔いもない。


「穂香ちゃんは料理が上手だよね。どっかで習ったの?」

 ほおばりながら尋ねる。


「お金がないからね。ずっと自炊してたんだ。日曜日に安い材料をたくさん買ってきて作りおき。おんなじ物ばかり毎日食べてたよ」


「そっかぁ大変だったんだねえ」

「……貧乏はつらいなあって思ってたけど、虎児郎君に褒めてもらえたから、良かったよ」


 穂香ちゃんが涙を指で押さえている。借金の重圧が本当にしんどかったんだなあ。

おかげさまで投稿開始から10日ほどで2万PVを超えました。

こんなにもお読みいただけるとは思っておりませんでしたので、ありがたいことでございます。


もうじき第1巻も終わりですので、第2巻の推敲を行っております。

今後もお読みいただきますと幸いです。

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