24 社畜最終奥義 それは無制限残業
ニュースキャスターの女性が神妙な顔で告げる。
「タイガーチャイルドファンドが敵対的買収を仕掛けている2社のうち1社に対して、クリスタルが対抗して買収することを正式に発表しました」
穂香ちゃんの家でテレビを見ている僕は、ついに来てしまったという気分だ。
隣に座る穂香ちゃんとお父さんも堅い表情だ。
画面は、工場の中の様子に切り替わる。
「クリスタルが買収することを決めた部品会社は、フル稼働で部品を生産する体制を整えています」
工員が意気揚々と作業をする姿が映る。
壁には『クリスタル万歳。グループに残れて良かった』とか『タイガーチャイルドファンドは早く滅びろ』と横断幕がある。
キャスターの説明の声が付け加えられる。
「これまで2社でクリスタルへの部品を作ってきた分を、1社で作れるようにします。社員が無制限の残業で対応し、新たに社員を増やす予定はないということです」
ベルトコンベヤーに大量の銀色のリングがものすごい勢いで流れていく。
クリスタルへの供給を断ち切りたかった重要部品だ。
兵糧攻め作戦は無残に打ち砕かれた……
無制限の残業を誰も問題にしないところが、日本的だよな。
ピンチは社員の頑張りで乗り切ろうとする。社員増やせよ。
「クリスタルの自動車生産に欠かせない重要部品の供給がストップする可能性はこれでなくなりました。クリスタルの自動車生産がストップする心配がなくなったことを好感して、クリスタルの大暴落していた株価が持ち直してきています。1社だけは死守するとクリスタルが決意を打ち出しただけに形勢はクリスタルに傾いているといえます」
クリスタル優勢どころか、こっちが詰んでいるようにしか見えない。
「一方で、クリスタルに選ばれなかった方の会社どうなっているかといいますと……」
急にキャスターの声が沈んだ感じになる。
画面が切り替わり、薄暗い工場の様子が映る。
「すでにクリスタルからの部品の注文が打ち切られ、工場の生産ラインはストップしました。仕事のなくなった社員は自宅待機をしています」
部品会社の社員という男性が、顔にモザイクを掛けられた状態でインタビューに応じる。
「会社からは、転職先を探すように言われていますが、この歳でアテなんて全くありません。家のローンと子供3人を抱えて失業するなんて。どうやって生きていけばいいんですか。タイガーチャイルドファンドのせいで突然こんなことになるなんて、ひどすぎますよっ」
怒りをぶちまける様子を見ていると、僕はつくづく居たたまれなくなる。
クリスタルに選ばれなかった会社の社員は、選ばれた会社に転職するから、失業しないだろうという淡い期待は無残に打ち砕かれた。
クリスタルは僕に対して当てつけるように、失業者が発生するようにしむけているとしか思えてならない。
再びスタジオの女性キャスターが映る。
「クリスタルに選ばれた方と選ばれなかった方で、はっきりと明暗が分かれました。タイガーチャイルドファンドのオーナーからは、今だに何の謝罪もなされておりません。ファンドにはもはや打つ手はなく、このまま倒産する会社の株を買い集めて大損するしかありません。大勢の人に迷惑をかけた愚かな出来事として記憶されることになるでしょう」
そう締めくくられて、次のニュースに変わった。
この展開になることはわかってはいたけど、実際に起きてみるとつらい。
当初クリスタルに奇襲攻撃を食らわせたのは良かったが、クリスタルは苛烈な反撃をしてきた。
このままでは僕はバカで極悪人ということになる。
「大丈夫かな」
穂香ちゃんが心配そうにする。
「信じるしかないよ、上杉さんを。どんだけ追い込まれてもも」
答えながら、むしろ自分に言い聞かせていた。
どうするつもりなんだろうな、上杉さんは……
もしかしてクリスタルが死守すると決めている方の会社を奪っちゃう作戦なのか。
するとクリスタルは作戦が裏目に出た形で、重要部品を全く手に入れられずに自動車生産はストップする。
でもどうやって?
クリスタルは青天井で買値を吊り上げてでも絶対に1社は取るつもりなのだ。
やるにはタイガーチャイルドファンドがクリスタル以上の金を積むしかない。
が、そこまでの金はない。どっかから借りてくる?
いろいろ考えるけど、わからない。
上杉さんはきっと、僕なんかが思いつく程度の愚策とはレベルが違う魔法を使ってくれる。
こうしている今も、タイガーチャイルドファンドの敵対的買収の期限が目前に迫る。
「泣いても笑ってもあと2日か」
このままでは大敗――と焦るけど、上杉さんを信じて、じっとしているしかないんだな。
働き方改革(社畜作者的には死語)と言っても、日本企業はいざとなれば無制限サービス残業なんだろうなと思います。
第一部は互いの奥義をくり出す佳境へと向かって参ります。




