22 ああパワハラは楽しいなぁ
廊下を歩きながら、五味田はふと違和感を抱いた。
ケンは信用できる男なのか……
クリスタルに近づくふりをしているが、実はタイガーチャイルドファンドの回し者なのではないか……
クリスタル株25%を手に入れてから裏切ることはありえないのだろうか……
それだけの株を持って裏切られたら、クリスタルの敗北は確実だ。
上杉鏡子は敵の召喚獣を魅了する魔法を使えるのではないか……
全て上杉鏡子の手の平で踊っているのではないか……
一度でも世界の形を歪める超絶魔法を見せられると、何も信じられなくなりそうだ。
落ち着け――
五味田は自分に言い聞かせる。
これ以上の失態を演じないよう、冷静でいなければならない。
ヴォルフがケンに気を許しているから、信用できる男なのだ。
それに、ケンは上杉鏡子にコンプレックスを抱いている感じだ。
上杉鏡子の鼻を明かしてやりたいと思って、日本に来た。
ケンの正体が敵ということはやはりありえない。
ホワイトナイトの出現で、上杉鏡子ももはや打つ手なしだ。
別次元の戦いは、クリスタルの防衛成功で確定。
残るは目の前の戦い。自分にあてがわれた戦場だ。
タイガーチャイルドファンドを完膚なきまでに叩きつぶす。
そうすればクリスタル内で絶大な功績を上げたと認められ、さらなる出世は確実だ。
五味田は社長室では猛烈に緊張していたので感じなかったが、出た途端に尿意を覚えた。
重役用のトイレに行く。自分にはもうその資格があるのだ。
トイレの前には清掃中のサインが置かれている。
舌打ちして、別のトイレに行こうかと思うが、止めた。
今は一刻も早くタイガーチャイルドファンドへの対処をせねばならん。
清掃のおばちゃんに見られるのを気にしている時ではない。颯爽とトイレに入る。
大企業クリスタルの重役にふさわしい広くてゆったりとした空間、大理石の床、最新式の便器が設置されたトイレだ。
このトイレに入るたびに自分が勝ち組であるという優越感に浸れる。
グレーの制服姿の清掃員は、奥の大便器にかがみ込んで掃除している。おばちゃんにしては腰回りが太いような気がした。
小便器の前に立ち、ズボンのチャックを下ろす。
「五味田――」
いきなり話しかけてくる声がして驚く。トイレに他に人はいなかったはず。
振り向くと、よく知った顔の男が立っていた。
清掃のおばちゃんだと思ったのは前総務部長の西郷だった。
五味田は慌てて、取り出しかけた物を引っ込める。西郷に向き合った。
「まさかトイレ掃除をやっているとは思わなかった。辞めないなんてどういう神経しているんだ」
呆れた感じを隠さずに、ぞんざいな口の利き方をする。
西郷はもう上司でもなんでもなく、哀れな転落者だ。
クリスタルの部長から清掃員への異動命令に従うとはね。
普通恥ずかしくて辞めるだろう。
「私のことはどうだっていい。五味田、頼むから下請けの人たちを助けてやってくれ」
西郷は泣きそうな顔で懇願してくる。
「ふん」
五味田は鼻で笑って、小便器の方に向き直る。
いまさら西郷などに関わる必要はない。
さっさとトイレを済ませて出て行こう。
物を出したところでふと思いついた。
わざと尿を小便器からはみ出すように放つ。
じょばじょばじょば……尿が盛大に床に飛び散った。
振り返ると西郷が、じっと自分を見つめている。
「綺麗にしとけよ。重役様が使うんだ。舐めるように美しくな」
命令して、チャックを上げる。いい気味だ。
パワハラはいつも楽しいが、相手が元上司だとなおさらだな。
物言いたげな西郷の視線を感じて、機先を制することにする。
「いいか、西郷、ムカついて会社の不正を告発とかすんじゃねえぞ」
指さして言い聞かせる。
「……」
西郷は押し黙っている。
「あんただって、きれいな身じゃないんだ。ヴォルフ社長に付き合って、不正に手を染めていたのは知っている」
「下請けを守るために仕方がなかったんだ……私がいなければもっと悲惨なことになってしまう……」
西郷は言い訳がましい。
正義漢ヅラしたオッサンが大嫌いだった。しょせんは保身のためだろうが。
「クリスタルの不正を暴けば、あんたも逮捕される。家族が肩身の狭い思いをするぜ、わかってるよなぁ」
トドメに念押ししておく。
サラリーマンは家族のために嫌なことを我慢する。言いたいことを言えないものだ。
痛いところを突かれた西郷はうつむいてプルプル震えている。
「ふん」
五味田は踵を返す。
これからはトイレをするたびに西郷をイジメる楽しみがあるとほくそ笑んだ。
おっさんのマウンティングとか、見苦しいシーンが続いて申し訳ございません。
次回は息抜きに、先生とイケナイことをしようと思います。




