18 超絶ブラック企業だったけどねー
「上杉さんは僕のじいちゃんの右腕だったんですよね」
「そーだよ」
上杉さんは腰を上げかけていたが、座り直す。
「じいちゃんとはどこで知り合ったんですか」
じいちゃんが上杉さんを信じて任せていたというなら僕もそうしたい。じいちゃんのことも上杉さんのことももっと知りたくなった。
「ええと……ニューヨーク……十年前……」
上杉さんは遠くの方を見つめてポツリポツリと単語を口にする。
懐かしい記憶を呼び覚ましているようで、顔つきがちょっと穏やかになった。
それにしても十年前から仕事していたなら、上杉さんは一体いくつなんだろうという謎が深まる。
「アメリカで出会ったんですか」
「うん。でもね、最初は敵だったんだよー おじいちゃんが緒方ホールディングスの社長だった時にアメリカの会社に敵対的買収を仕掛けたけど、私が木っ端微塵に返り討ちにしてやったんだー」
「……なのに、じいちゃんは上杉さんと仲良くなったんですか」
「おじいちゃんはねー あまりにひどい負けっぷりに感銘を受けたって、わざわざ私に会いに来たんだなー 着物姿の侍って感じで堂々としてた。で、日本で働いてくれないかって熱心に誘ったんだ」
「へえ……」
じいちゃんは度量の広い人だったようだ。
上杉さんみたいな少女?に負けたら悔しくて記憶を消し去りたいのが普通だと思う。
「私、日本には中学校の途中までしかいなかったけど……発育が遅れているってバカにされたし、女のくせに頭良すぎでムカつくってイジメられて嫌な思い出の方が多かった」
「ひどいな……じゃあ日本に行く気はなかったんですか」
「うん。そしたら、おじいちゃんは日本を代表して謝るって土下座したんだ。びっくりしたなー」
高齢の立派な身なりをした男性が、小学生のような小柄な女性に向かって、いきなり地面に頭をこすりつけるのは異様な光景だっただろう。
「周りにいたアメリカ人は、ジャパニーズドゲザってゲラゲラ笑ってたけど、私は嬉しかったなー」
「非常に意外ですね……母さんが家出したのは、じいちゃんが超厳しくて、頑固な人だったからだと思っていたんですけど」
「昔は相当な堅物だったみたいね。でも、お母さんの家出で反省したんだなー おじいちゃんは性格を丸くしようと頑張っていたよ」
「よっぽど母さんに戻ってきてほしかったんですね。上杉さんに頭下げるほど優しい人に変わっても、母さんは戻らなかったのは……」
「昔の緒方ホールディングスは超絶無双のブラック企業だったからねー」
いきなり衝撃の過去が明るみに出る。
「……そうだったん……ですか……」
「聞いた話では、おじいちゃんはヴォルフ以上に極悪な経営者だった。社員の給料は徹底的に安く、過労死するまで働かせる。社員が退職したら管理職の評価をめっちゃ下げちゃうから、管理職は退職願を破り捨てて絶対辞めさせないようにする」
「SUGEEEEEE」
「はは、昔は退職代行なんてなかったしねー でもって家に帰る間もないくらい会社に監禁。会社のビルから飛び降り自殺されないように窓は絶対に開かないようにして、屋上は立入禁止。社員たちはみんな、自分は地獄に送り込まれた哀れな転生者だと信じていたらしいねー ははは」
「笑いごとじゃないですよ」
「当然社員は会社のことが大嫌い。社員は緒方ホールディングス製品を買おうとはしなかった。ネットの掲示板に緒方は最悪の会社って社員が投稿しまくってたから、世間にもブラックぶりは知れ渡っててブラック企業オブザイヤーを毎年受賞してたなー おじいちゃんはむしろ誇りに思っていたみたいだけどね」
「ブラック企業って叩かれて喜んでいたんですか……じいちゃんはおかしすぎる」
「お母さんは社員に憎まれるのが嫌で、家を飛び出したの」
初めて経緯を聞いて納得する。
じいちゃんの会社がひどいブラック企業だったら、僕が母親でもそうしたように思う。貧乏は嫌だったけど、社員から搾り取った金で生きていたくない。
「目に入れても痛くないって娘を溺愛してたからねー おじいちゃんはものすごいショックを受けて、変わったよー 緒方ホールディングスは見違えるようなホワイト企業になった」
「おお」
「おじいちゃんは社員が自社製品を買ってくれるようにならないといけないって言いだして、残業を無くして給料をどんどん上げて、下請けイジメも止めた」
「すごい変りぶりですね!」
人間って急に変われるんだと知って驚く。
「正社員だけじゃないよ。非正規の人たちも給料上げて、ボーナス出したり、有休が取れるようにして、大幅に待遇改善。みんな信じられないって喜んでた」
「いい話やー」
じいちゃん偉い。
「不思議なのはかえって会社の業績がよくなったことねー でも社員が死んだ魚の目で仕事してるふりするのと、大事にされているのとじゃあ、やる気が全然違ってくるんだなー あとバイトテロも起きまくりだったのが、なくなったし」
一体何が起きていたんだ……聞くのが怖いので止めておく。
僕はじいちゃんの遺産を何も考えずに受け取っていた。
一瞬、汚れたお金だと思いかけたけど、そうじゃなかった。
他人から搾り取らなくてもお金は手に入る。
じいちゃんが良いお手本になったのだ。
「でも母さんはじいちゃんを許さなかったんですね」
母さんは家出をしたまま、ガンで入院した。
僕の世話ができくなったから児童養護施設に預けた。
心を入れ替えたじいちゃんの家に戻れば良かったのにそうしなかったのはなぜなんだろう。
「私の想像だけどねー お母さんはおじいちゃんを許していたと思う」
「じゃあなぜ意地張ってたんですか」
母さんがじいちゃんの世話になっていたら最先端の治療を受けて、ガンを克服できてたんじゃないかと思えてならない。
そうしたら僕は母さんと今も一緒に暮らせていたんだ。
「罪滅ぼしだよー ホワイト企業に変わったってブラック企業だった過去は消せない。何十人も過労死してるんだから」
じいちゃんはよく逮捕されなかったな……
「じいちゃんは謝罪してないんですか、過労死した人の遺族に」
「してるよー すごい額の賠償金も払ってる」
「母さんは知ってたんですよね、じいちゃんが変わったってこと」
「知ってたねー でも、いくら謝罪しても失われた命は戻らないからねー お母さんはおじいちゃんの罪を背負って犠牲になったんだと思う」
上杉さんの話を聞いて愕然とする。
じいちゃんが死んでお詫びをしないといけないところ、母さんが代わりに死んでいったのか。
もしかして……僕に悲惨な生い立ちを味わわせたのは、僕にも罪滅ぼしの一端を担わせていたのかもしれない?
母さんは罪のほとんど全部を背負い込んで逝ってしまった。
だから僕に与えられた罰はちょっとで済まされて、じいちゃんの遺産を受け取ることを許された。
僕の生い立ちの謎が次々と解き明かされていく気がする。
母さんは、じいちゃんと僕のために……命を捨てることにした……
涙が落ちる。
上杉さんの前で泣くのは二度目だ。
男が泣いてばかりいるのは恥ずかしいのに涙が止まらない。
「すみません、上杉さん、忙しい……のに。先に行って下さい」
袖で拭いながら嗚咽する。
上杉さんに昔のことを聞けてよかった。
母さんは僕を大事にしない母親失格だと思っていた自分は、何もわかっていなかったのだ。
「私も懐かしいよ」
上杉さんは僕に「男の子は泣くな」とか言わずに、泣かせてくれる。
僕に対して引いている感じでもない。
大らかな人だな。体は小ちゃいのに。
上杉さんは時々冷たくて、口調がキツい時があるけれど、根はやさしい人だ。
10分くらい泣かせてもらった。
これぐらいで超絶ブラック企業とは言わないだろうというお叱りをいただきそうですので恐縮しております。上には上がいる日本は本当に怖いところです。
今後も、生暖かい目でご覧いただきますとありがたく存じます。




