17 おっさん、それはセクハラだよー
北陸新幹線に乗って、東京にやって来た。
東京に来るのは初めてだけど、スマホがあるから何とか目的地にたどり着けた。
某所の個室のある喫茶店で、上杉さんと打ち合わせをする。
目下、上杉さんは世間の注目を集めていて、マスゴミが付け回している。
タイガーチャイルドファンドのオーナーが誰なのか突き止めたくて、上杉さんと接触する瞬間を待ち構えているのだ。
電話で済ませてもいいのだが、できれば会って話をしたかった。
上杉さんはタクシーに乗って、尾行に気を付けながらやってきた。
店員さんは上杉さんだと気づいたかもしれないけど、僕がタイガーチャイルドファンドだとは思うはずないだろう。
4人掛けのテーブルがあるだけの狭い個室で向き合う。
ケーキとジュースが置かれているが、僕はどちらも口をつけず、単刀直入に切り出した。
「敵対的買収を諦めようと思います」
頭を下げる。
僕の思い付きで上杉さんを働かせたというのに中途半端で終わらせるのは悪いと思う。
とはいえ上杉さんは勝てると言ってたんだから、責任がないとも言えない。
上杉さんには怒らずに、同意してもらいたいところだ。
顔を上げると、上杉さんはオレンジジュースをストローで飲んでいる。
ずずず、と音を出す仕草は子供っぽい。
「僕は笑われても構いません。テレビ局に行って土下座をして謝ります」
悲痛な決意を述べる。
やりたいわけじゃないけど、部品会社の社員を雇い続けてもらうようクリスタルに頼み込むにはそうするよりない。
「人がいいんだねー 虎児郎君は」
上杉さんは薄笑いを浮かべる。
誉め言葉じゃなくて、目には軽蔑の色が浮かんでいるように感じる。
「……わかってませんでした、敵対的買収は魔法使いどうしのバトルで、こんなに熾烈なものだったなんて。僕なんかがバトルに付いていけるもんじゃなかったです」
結局クリスタルの精神攻撃で参ってしまった。
「私が関わった買収案件の依頼人はみーんな、社員が失業しようがおかまいなしー 社員は売り買いできる奴隷のように思っているよー」
「……うううぅ……そういう冷酷な人しかやっちゃいけないんですよね」
会社を売り買いするってことは、そこで働いている人も巻き込まれる。
人生を狂わせることもあるわけで、無神経じゃないとやっていけない。
僕ってイジメられっ子だから、虐げられる人間の気持ちの方にどうしても傾いちゃうんだよね。いくら大金持ちになっても、性格は永遠に変わる気がしない。
「本当にやめちゃうんですかー」
上杉さんが確認してくる。
「……すみませんが」
うなだれた。
「あはは、虎児郎君は大金を失って、全国に大恥をさらして、私は勝率100%を失うんだねー」
「笑い事じゃないですけど……上杉さんの経歴に傷をつけたお詫びはします。その分、報酬に上乗せさせてください」
上杉さんの報酬は安い金額ではないが、3倍は出すつもりだ。
敵対的買収に失敗することに加えると何百億円と損することになる。
まだ金はたくさん残るとはいえ眩暈がする。
僕はジュースを飲みながら、上杉さんが納得してくれるのを待つことにした。
「実はねー 100%にそんなにこだわりはないんだなー」
上杉さんは意外なことを言う。
100%だと、相手がびびる効果があるから、なんとしても100%を維持したいのだと思っていた。
「いいんですか……100%じゃなくなって」
「前に一度ね、途中で止めちゃったんだ」
「今回みたいに負けそうだったからですか」
僕の問いかけに上杉さんは首を振る。
「その時は、互角の情勢という感じで手を打ったの。引き分けだからノーカウント。数字上は100%のままでいいけど、でも私的には負けた気分だったなー」
「勝ちじゃなければ負けってことですか」
「ううん。戦いは続行ってことで、依頼人を説得できなかったんだから、私の失敗。負けー」
「なぜ……その依頼人は諦めたんですかね」
僕と同じで居たたまれなくなったのではないだろうか。
「単に私が女で、外見が子供……みたいだから、このまま続けたら負けちゃうんじゃないかって、不安になったんだってぇ」
拗ねた感じの上杉さんの答えに吹き出してしまう。
げほっげほっ
むせまくった。
そんな理由で止めたのか。
確かに上杉さんの見た目は弱そうだけど。
「私みたいな初潮も来てない小娘に任せとけないとか、男に乗れるようになってから来いとか、おっさんたちからひどいことを言われたなあー セクハラだよー」
上杉さんは遠い目をしながらジュースをすする。上杉さんの口調はいつもと変わらないが、すごく嫌な気分だったんだろうと思う。
「……言っておきますが、僕は上杉さんの外見で判断したってことはありませんから」
なんとか呼吸を整えて、言い添えておく。上杉さんの年齢を不思議には思っているが、童顔だから失格と思ったことは微塵もない。
上杉さんに聞く耳持たなかったおっさんたちはアホかと思う。
外見で実力を判断しちゃいかんでしょう。
「本当ですかー」
「はい」
深く頷いておく。
「じゃあ、私を信じて引き続き任せてもらえないかなー」
「む……」
すんなり上杉さんが諦めるとは思っていないが、やはりまだ続けたいか。
「でも……失業する人や自殺する人が出ちゃうから……」
「そうならずにすむ作戦がありまーす」
「ええっ!? そうなんですか!?」
身を乗り出す。それなら話は違ってくる。
「私の作戦が上手くいけばねー 上手くいくと思うんだけど……」
上杉さんの歯切れが悪い。
どんな作戦かは聞いても、秘密とはぐらかされるだけだろう。
「上手くいかないこともあるってことですか」
「物事に絶対ってことはないからねー」
一瞬期待が高まったけど、やはり厳しい状況だ。
椅子に座り直して空咳をした。
「……形勢は不利じゃないですか。クリスタルに勝てるような気が僕はしなくなってきているんですけど……勝てるんですかね」
「勝てるよー」
やはり強がりなんじゃないかと感じる。
上杉さんの説明を詳しく聞いて納得したいところだが、敵対的買収で使われる魔法はレベルが高すぎて、成功するのか判断する能力が僕にはない。
困った。上杉さんを信じて、戦い続行すべきか否か。
上手くいけば、ヴォルフに仕返しをした上に、失業者や自殺者が出ることもなく、金を失うこともなく、恥をかくこともなく、いいことづくめだ。
だが失敗すれば、時間が経つほど大損して、苦しむ人が増える。
「僕はどうしたらいいんですかね」
決めかねて、答えを上杉さんに求める。
上杉さんは「続行に決まっているでしょー」と諭してくれるものだと思った。
「私をねー 信じてくれればいいんだよー」
上杉さんの目は問いかけてくる。
こんな外見の私を本当に本当に信じますか、と。
先ほど、僕は上杉さんを外見で判断しないと言った。
だが、僕が勝手に止めちゃうってことはつまり上杉さんを心の底では信じていないことになるんじゃないだろうか。
絶対に上手くいく保証がないことをやるには、上杉さんを信じるかどうかに尽きるのだと、ようやく事の本質を理解した。
上杉さんと同じことを、男の、ベテランの、実績のある弁護士が自信たっぷりに言ったら、どうするだろう。きっと信じて任せるだろう。
なのに上杉さんだったら、止めるというのは結局、上杉さんを外見で判断するってことだ。
上杉さんの言うことを聞かなかったおっさんたちと同じだ。
覚悟を決めた。
僕はなんの取り柄もない人間だけど、人を外見で判断するおっさんたちとは違うってことを示してやる。
「信じます、上杉さんを」
そう告げると、上杉さんは、ぱあっと明るいを顔をする。
「うんうん、虎児郎君にできることは、私を信じることしかないんだよー やることをやってえらい、えらい」
なんか褒めているようだが、他に何もできないと言われているようにしか聞こえない。
「前に、僕は黙っているように言われてたのに、狼狽えてすみませんでした。今度こそ、もう上杉さんの邪魔はしないようにします」
「うんうん。まっかせてー」
上杉さんはケーキをパクパクと食べて、ジュースを飲み干した。気合が入っているように見えるが気のせいだろうか。
早く仕事に戻りたそうな上杉さんに僕は聞きたいことが一つあった。
お読みいただきありがとうございました。
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