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9 悪魔契約

上杉鏡子の挿絵はプロローグ4で掲載しております。

どんなキャラだったかなという方は、あわせてご覧いただきますと幸いです。

 児童養護施設の茶の間でテレビのニュースを見ている。

 女性キャスターが緊張した面持ちで口を開いた。


「最初のニュースです。クリスタル自動車の下請け2社に対して、敵対的買収、いわゆる乗っ取りが仕掛けられました。仕掛けたのはタイガーチャイルドという正体不明のファンドです。クリスタルの自動車生産に欠かせない部品を作っている2社の株を2倍の株価で買い集めることを表明しています」


 なんとまあ、トップニュースになっちゃったよ。

 まさかこのニュースの黒幕が僕だ、なんて誰も思わないよね。


 上杉さんが企業買収のスペシャリストというのは本当だった。

 瞬く間に、タイガーチャイルドファンドという組織を設立し、買収を仕掛けた。


 穂香ちゃんの救済は超巨大なブラック企業クリスタルとの戦いという新たな展開を迎えることになった。

 

 テレビでは、工場のベルトコンベヤーで自動車が組み立てられている様子が流れる。キャスターの声がかぶせられた。


「乗っ取りが成功した後は、クリスタルが下請けイジメを止めない限り部品を売ってやらないと主張しています。クリスタルの自動車生産がストップする恐れがあり、クリスタルの株価が大暴落しています。クリスタル社内外で、ヴォルフ社長のリスク管理の甘さを批判する声が高まっており、責任問題に発展することは避けられない見通しです」


 ククク、成功したら、ベルトコンベヤーがストップする。

 クリスタルの心臓の鼓動が止まるようじゃないか。

 早速、ヴォルフが叩かれているみたいだし、いい気味だ。


 僕が考えたのは、いわば兵糧攻めだ。

 クリスタルは巨獣。


 だが部品という食べ物がないと生きてはいけない。

 巨獣といえども弱点はあるものだ。

 クリスタルの食べ物を奪い取ることで、音を上げさせる。

  

 上杉さんが作戦会議のため、東京から児童養護施設の応接室にやって来てくれた。

 今日の服装はグレーのスーツだ。

 小学生女子のヒラヒラした服装の方が似合いそうだから、ひどく違和感がする。


「上杉さん、タイガーチャイルドファンドっていう名前はどうなんですかね」

 開口一番、僕は気になっていたことを打ち明ける。

 ファンド名を僕の名前から取られると、弱そうな気がするのだ。


「ロスチャイルドみたいでいいじゃない。世界を裏で支配してそうなくらい強そうだよー」

「え、そうなんですか!?」

 世間的には強そうなイメージを受けるのか。だったらいいか。


「ファンドの名前なんて適当でいいのよ」

 でもすぐ、上杉さんは僕の質問がウザそうに吐き捨てる。

 うう、やっぱり適当に付けられた名前だった……


 上杉さんは咳払いする。

「株券は会社の核にして根源。そして敵対的買収とは、狙う会社の了解を得ずに、勝手に株券を買い集めることでーす」


 2倍の値段で買うから、株券持ってる人は1か月以内に売ってくれーと上杉さんが発表している。

 狙った部品会社の社長どもはクリスタルの下僕だから、認めないとコメントしているらしい。


 下僕どもが何とほざこうが、株を過半数買い集めてしまえば、僕がオーナーだ。

 今の社長はクビにして、新しい社長に入れ替える。んでクリスタルに部品を売らないと決定する。


 ネットゲームでレアアイテムを課金でゲットするのと同じことだと理解した。

 世の中の仕組みって、案外単純だな。

 ビジネスって、おっさんが真面目な顔してやってるけど、ゲームに過ぎない。


 ネットゲームの課金が百円単位なのが、億円単位に変わっただけ。

 貧乏だった頃は、スマホゲームを無課金でやってただけだった。最近いくらでも課金できるから無双している。

  

「ふふ~ん、虎児郎君、敵対的買収を舐めたらいけないよー」

 上杉さんは立って、ソファーに座っている僕に、ちっちっちっと右のひとさし指を振る。


 僕が思っていることは、いつも上杉さんに見抜かれている。

 調子に乗った顔をしていたみたいだ。


「え、要は課金でしょ。株券を買うだけだから、金持ってる方が勝つんじゃ?」

 なにしろ僕は1兆円持っているからな。


 楽勝なんじゃないかと思ってしまう。

 でもそれだけじゃゲーム要素が乏しいクソゲーだよな。 


「ゲームは一筋縄ではいかないよー だって狙われた会社は必ず反撃してくるからねー」

「え……どんな」


「他の会社に助けを求めるホワイトナイト、会社の大事な財産を捨ててしまう自爆攻撃のクラウンジュエル、他にもゴールデンパラシュート、ポイズンビルとか打つ手は無数にある」


「は……魔法ですか……」


 僕には上杉さんの言ったことが本当に魔法の名前に聞こえた。

 いつの間に僕は異世界に転生してたん?


「そう、敵対的買収は現実世界における魔法バトル。私はあまりゲームに詳しくないけどね。ホワイトナイトとかの呪文はルーン文字じゃなく、法律で書かれている。法律を知らなきゃ発動できないんだー」


 いや、上杉さんは十分ゲームに詳しいように思う。お堅い人かと思ったけど、意外に親しみやすそうだ。


「法律……あ」

「そ、だから弁護士の私の出番てわけー」

 ニヤリとする上杉さん。


「じゃあ、上杉さんも魔法が使えるんですね」

「もっちろん。攻める側でも守る側でも魔法を使って何十回と戦ってきたよー 勝率は100%でーす」


 胸を張る上杉さん。

 真っ平だ。


「マジですか? 上杉さんがいる方がいつも勝つってこと?」

「そう。だから私はいつの間にかこう呼ばれるようになった……少女の顔をした悪魔と」


 自分のことを少女と呼ぶのがちょっと恥ずかしいのか最後らへんは小声だった。

 僕はどうリアクションしたらいいのか、困った。


 実年齢は少女じゃないですよね、とツッコんだら、魔法で消されそうだから止めておこう。


「……かっこいいですね」

 せっかく上杉さんが二つ名を誇りに思っているようだから誉めておくことにする。


 本心では、上杉さんが超すごい魔法使いとは思えないんだよね。

「ふふん。だから、依頼主(クライアント)の虎児郎君は私に任せて、どっしり構えていてね」


「ぶっちゃけ僕にできることは何もないですけどねぇ」

 僕は自嘲する。


 敵対的買収なんて知らなかったし、魔法バトルだと言われたらなおさらだ。僕はメラも使えない。


「そうでもない。魔法を使うにはマジックポイントが必要でしょ。現実世界では、お金こそがマジックポイントだよー」

 上杉さんは僕を試すように見つめてくる。どこがゲームに詳しくないだよ……


「え……てことは、僕は金持っているから、マジックポイントをいっぱい持っているってことですか」

「そうでーす。私の魔力の根源は虎児郎君、あなたですからねー」


 なるほど……やはり本質は課金なのだな。

 上杉さんが極大魔法を習得しているとしても、詠唱には金が必要だということなのだろう。

 ゲームにたとえてもらえるとわかりやすいな。


「でも、お金があるだけじゃ足りない。幾多の魔法を使えること。そしてマジックポイントを効率的に変換する魔力が必要。私が唱えるメラはメラゾーマの威力になる」

 そういう大魔王がいたな。


「虎児郎君と私が力を合わせることによってのみ、勝機は見えてくる」

 上杉さんは緊張した顔で告げる。


 口ぶりからは、勝率がとても低そうだ。


「楽勝じゃないんですか……部品会社2社をたった400億円で買うだけでしょ。なんならもっと金を出しますよ」


 元々2社で200億だったのを、2倍の値段で買うことにしている。それでも僕の持ち金からすればどうということはない金額だ。


「金だけじゃ絶対勝てない。真の敵は、背後にいるクリスタル自動車、ヴォルフ」

「……ヴォルフが極大魔法を使ってくるってことなんですね」

 僕が確認すると、上杉さんはコクリとした。


 巨獣クリスタルが心臓がを止まるのを黙っているはずはないか……

 僕には想像もつかない方法で反撃してくると聞かされて、急に心配になってきた。


 上杉さんは右の手の平を差し出してくる。

 僕に手を重ねるよう求めている気がした。


 おずおずと右手を重ねる。

 上杉さんの手は小さく、ひんやりとした。


 さらに上杉さんは僕の右手を包むように左手の平を重ねる。僕も左手を置く。

「悪魔契約ですか」


 ドキドキしながら確認する。上杉さんを使役するには、僕の魂が必要なんじゃないだろうな。


「ふふ、虎児郎君から力を吸い上げているところ」

 上杉さんはいたずらっぽい微笑を浮かべる。


「何をするんですか……」

「小手調べからいくよ。チャームの魔法。私はクリスタル関係者に知り合いがいっぱいいるのでーす。この機に乗じてヴォルフに叛旗を翻すように工作してみるねー」


 上杉さんに本当に知り合いがいるんだろうか。

 いたとしても、もの珍しがられているだけじゃないかという気もする。


 僕は何もわかっていなかったし、ツインテール美少女の上杉さんを舐めていた。


 この後、現実世界における超絶魔法バトルに巻き込まれ、最強の魔法使いが僕の仲間になってくれていたことを知る。

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