舞台に輝く神の盾と星座の人形たち
アイギス、それは神の盾と呼ばれるものだと八舞は言う。盾は誰かを守るもの、それはおそらくアイギスは装者だけじゃなく世の民も守り続けるものだろう、と葵はそう考える。
葵は舞台裏で考え事をしていた。
「ライブ前だと言うのに余計なことを考えているようだな神崎。果たしてお前にそんな余裕はあるのか?」
今日はTriangleの初ライブだ。Triangle Projectが始まっておよそ二週間でユニット結成を発表、さらにそこから10日程でライブを開催することになった。
「いやぁ、緊張を解すために……」
「私もなんだか緊張してきたぞ」
カナリアも葵と同じく緊張しているようだった。確かに司令官であるが故に人前でなにかする経験は少ないのも納得できることだ。
「さあ、後五分でライブスタートだ。派手にカマしてろうじゃないかッ!」
雫が葵とカナリアに活を入れた。暇なときの五分は長く感じるのにこういう時に限って早く感じるものだ。
時は一週間前まで巻き戻る。
「えぇ!?1週間後にライブを開く!?」
葵はカナリアから驚くべき事実を聞かされた。今本部には葵一人がカナリアに呼び出されていた。雫にはもう伝えてあるのだろう。
「どど、どういうことですかぁ?私歌とかダンスとか全然できませんよ!?」
「できないなら練習すればいいじゃないか!歌はもともと悪くないしダンスはアイギスの力を少し借りれば万事解決ってわけ」
「でも普通こういうのってもっと一ヶ月とか練習するものですよねぇ!?」
普通は一週間でやるものじゃないだろう。いくらアイギスの力があるからと言っても、限度がある。ましてや完全に纏うわけではないのだろう、戦闘するわけでもない。
「まあまあ、そう言うな。葵にはいいキャラを用意してやるから」
キャラ?用意?どゆこと?などと葵が思っているとカナリアは自慢げに言い出した。
「私の考えた天才的なアイディアを聞き給え!」
カナリアはホワイトボードの前に立った。
「葵は新人だからドジっ子キャラ……とまでは言わないけど、新人らしい初々しい反応をしてもらいたいんだ。そうすれば期待の新人という肩書をもたせることができる。それに最悪下手でも新人だから、とかそれもかわいいとか言ってくれるだろう」
「なるほどぉ……」
相変わらず葵のことを舐めてるとしか思えない発言ではあったが、葵は妙に納得できた。なんか悔しい。
「まあだとしても最低限アイドルとしての魅力はつけてもらわないと話にならないからね。今日から毎日トレーニングだ!」
その時、背後にあるドアが開いた。
「やあ葵さん。元気してたかな?」
その落ち着きのある爽やかな声を聞いて葵は八舞だと気付いた。
「八舞さん?司令室に来るなんて珍しいですね」
「えぇ、今日は司令に用があるんです」
八舞はそう言ってカナリアの側にある椅子に腰掛けた。
「秀治くんか、用途はなんだい?」
「新型ヴァーグについて研究結果が出ました」
そうして八舞は自前のパソコンを司令室の大きなディスプレイに接続する。
「これを見てください。最近のヴァーグの発生箇所です」
「ほう、ぱっと見は何も問題はないが……?」
葵も特に違和感を感じることはできていなかった。強いて言うなら発生件数が増えているくらいだろうか。
「ええ、このままだと不規則なんですが……ここから新型ヴァーグのみに絞ると……」
そう言いながら八舞はパソコンを操作する。八舞が勢いよくエンターキーを押すと、モニターに衝撃的な画像が映し出された。
「これは……!?」
カナリア司令はかなり驚いていた。
それもその筈、画面に映し出された赤い点は明らかになにかの模様を映し出していた。
「まだ欠けていますがこの模様はおそらく黄道十二星座でしょう」
見ると、ところどころかけているものの、日本のあちこちに星座が浮かび上がっていた。
「星座……ヴァーグは宇宙由来だから、星関連の力を制御しようとしているということか」
「えぇ、おそらくそうでしょうね。まさかヴァーグに目的があるなんて思いもしませんでした」
そこで葵はふと違和感に気づく。
「う〜ん、なんか変な話じゃないですか?」
「……葵さん?どこが変なのですか?」
葵は中学校で習った天体の授業を思い出しながら話す。
「星座のこの形ってあくまで地球から見たやつですよね?それに黄道十二星座だって太陽系目線の話だし。仮にヴァーグが地球もしくは太陽系外から来ていると言うならそれっておかしくないですか?」
もちろん単なる葵の杞憂の可能性だってあるわけだが……。
「確かに、葵はたまに鋭いこと言うよな。普段はあんななのにな」
「あんなってなんですか、まったく」
相変わらず悪意はなくとも意地悪な人である。
「そうですね。これについてはまだまだ疑問はあるのでラボに行ってよく研究しましょうか」
そう言い残して八舞は去っていった。
「なんだか八舞さんって真面目で優しくていいですね」
葵は素直な感想を言った。別に他意があったわけではない。ただ単純に葵は自分の思ったことを言っただけだった。
「だろう、流石はあの雫が惚れた男だ」
「やっぱり、前にここに来た時も思いましたけど雫さんって八舞さんのことが好きなんですね」
葵は前の雫を思い出す。照れてる雫さんが可愛かったなぁ……、とどうでもよいことを考えていた。
そこから葵は毎日、何時間も歌とダンスの練習をした。練習には雫が手伝ってくれることもあった。雫の指導はとても丁寧で、アイギスの戦闘訓練のときのようにすぐに身についた。……もちろん雫に並んだなんて思っていなかった。
そして今、葵はライブのステージに立っている。
「みんな〜見ているか〜!」
ステージに立った雫は慣れた様子で喋り始める。
「今日はTriangle結成ライブに来てくれてありがとう!早速まずはみんなが気になっている、メンバー紹介からしよう!」
雫の言葉に合わせて三色のスポットライトがそれぞれに向けて照射される。雫には青色、葵には赤色、カナリアには黄色のライトが照らされている。これがTriangle!のメンバーカラーだ。
「まずはリーダーの私だ!」
そこから雫の自己紹介が始まった。雫の姿は凛々しく堂々としている。私もあんなふうに自己紹介できるかな……、なんて葵が思っていると時間の流れは早いもので、気付いたらすぐに葵の番が来ていた。
「次はTriangleの赤色メンバー!」
「ど、どうもっ、神崎葵ですっ!」
緊張のせいで声が震える。
「好きなものはきれいな蛍!趣味は歌うこと……ですっ」
緊張と恥ずかしさが限界突破しそうだった。声は震え、次何を話せばいいのかもどこかに飛んでしまう。
「色々話したいけど、まずはこの曲から!」
(しまった!思わず話すこと全部飛ばして歌に入ってしまった!?)
葵は何故か緊張でセリフ全部吹っ飛ばして歌に入ろうとしていた。
(やっぱ私って才能ないのかな……)
そんなことを思っていても、時間の流れは進み続ける。もう既に曲のイントロが始まっていた。音響係は気づいていないのだろうか、カナリアの番が何もなかったことに……。
「曲名は〜トライアングル!」
曲が始まってからライトの光はさらに増していった。三色に交互に光るライトがステージを縦横無尽に舞う。
「君と〜笑い合える日を」
「もう一度みたいから〜」
「必ず〜取りもど──ってうわぁっ!?」
葵は歌の途中でつまずいて転んでしまった。
「ほら、大丈夫か神崎?」
すぐさま雫が駆け寄って手を差し伸べ、小声で声をかけてくれた。本当に雫という人間はなんて優しいのだろうか。
「だから〜まっすぐに飛んで〜♪」
「「「友に〜奏でよう〜♪」」」
──同時刻、東京都某所。
「はぁ〜やってらんね、全く……何が好きでこんなことをやっているんだか……」
円卓を囲んだ3人の女の中のひとりが気だるそうに言葉を吐いた。
「まあそう言うな、最近アイギス装者が新たに見つかったそうじゃねえか」
気の強い女は卓上に足を上げて手をコキコキと鳴らしていた。
「そろそろ影からコソコソしてるのは飽きたんだ、いい加減ひと暴れしてえよ」
「はあ……これだから筋肉バカは困ります。少しは冷静になったらどうですか?」
メガネを掛けたいかにもインテリ系といった様子の女が煽るように角砂糖を渡す。
「砂糖を取ると脳が活性化するんですよ。あなたにはぴったりですね。アリのように脳が小さいあなたには意味がないかもしれせんが……」
「いちいちそんなことで喧嘩しないでよ……はあ、ダルいったらありゃしない……」
気だるげな女がそんな事を言うと、部屋のドアが開いた。
「三人とも仲が良いようで何よりだわ」
紫色の髪をした、大人の雰囲気を漂わせる女性がニコニコとしながら円卓の空いていた席に腰を掛ける。
「さて、暴れ足りないスコーピアスに朗報よ」
スコーピアスと呼ばれた気の強い女は「なんだなんだ」と子どものように食いついた。
「ウイングの新人アイギス装者が今ライブを行っているわ。今すぐそこに行って台無しにしてきなさい」
「なんでわざわざライブを台無しにする理由があるんです?それに今まではアイギス装者には手を出さないって言っていたではありませんか」
「まあ、こっちにも事情があるのよ。とにかうもう準備は整ったから後は装者を潰すだけってわけ」
「良かったですねスコーピアス。大好きな戦闘ができますよ。私はここでカメラ越しに高みの見物をしてますよ」
「何言ってるのかしら?今回の作戦はライブラとリオにも行ってもらうわよ」
女の言葉に気だるげな女、もといリオが嫌そうな顔をした。
「だるい……なんで私がいかなきゃいけないの……」
「向こうは新人もいるとはいえ油断のならない相手よ。こっちも万全の準備で行ってもらうわ」
大人な女性の言葉に三分の二が嫌そうな顔をしながら扉を抜けていった。
「さて、見せてもらいましょうかね。アイギスの力とやらを……」
女は不敵に笑った。




