黄金色の狩人
例のヴァーグが現れたというエリアD-1でのこと。
実際にエリアD-1に来るとそこはたまに休日に琴音と来るショッピングモール周りだった。しかし普段見てきた様相とはかなり異なっていた。
ショッピングモールは数か所から炎が出ている。沢山の車が止まっていた駐車場には我が物顔であの時と同じ姿をしたヴァーグが居座っていた。
「これは……夏祭りの事件の被害ほどじゃないけどなかなか酷い……」
「神崎、油断するなよ。今見えているヴァーグで全てとは限らない。戦場では全方向に注意をはらい続けるんだ」
「は、はい!」
葵は雫のアドバイスを聞いて周りによく注意を払う。すると、何故か視界に壁越しにいるはずのヴァーグの姿が見えた。
「例のヴァーグを除いて前方向に三体。他には見えません」
葵がその情報を伝えると雫は驚いたような目で葵を見る。
「神崎?お前は見えるのか?」
「あれ?雫さんも見えてるんじゃ……?」
てっきりあんな事を言うものだから見えているのだと思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。これもアイギス関係の力なのだろうか?しかし葵はまだアイギスを身に纏ってない。
「なるほど、私は例のヴァーグを相手する。二人は他の三体を相手にしてくれ」
「はいっ!」
カナリア司令の指示の元、葵達は三体の小さめのヴァーグを引きつけた。
小さめのヴァーグは例のヴァーグに比べれば全然脅威に感じない。けれど油断大敵、一切の油断も許してはいけないのが戦場だと葵はあの事件で学んだ。
「来いッマルコシアスッ!」「お願いアロケルッ!!!」
再び葵の耳元に光が宿る。メロフォージの輝きが辺り一帯を包み、やがて収まると葵達はアイギスを身に纏ってそこにいた。
「神崎、ここは素早く仕留めるぞ」
「はいっ」
葵はその剣にエネルギーを集中させる。エネルギーを集中させた部分は赤く輝いた。雫さんも同じように脚に力を込めているのが青い輝きから分かった。
「行くぞ神崎ッ!」
そう叫び、雫は高速で二体のヴァーグを蹴りで粉砕した。砕けたヴァーグは灰のようにチリとなって消えていく。
(雫さんが頑張っているんだ。私も頑張らなきゃ!)
葵はその剣を高く掲げてから横向きに薙ぐ。
「喰らえぇぇぇっ!」
葵の流れるような一撃はヴァーグを一刀両断した。雫の指導だろうか、前回よりも素早くそして華麗にヴァーグを葬り去ることができていた。
しかし、葵はあのときのような高揚感は感じることはできなかった。それは簡単に決着が着いたのもそうだろうが、ただ……それだけではないのだろう。葵の何かが満足していなかった。
刹那、葵達の背後から大きな音が聞こえた。
「始まったみたいだな」
雫と同じタイミングで振り返ると葵は驚愕した。
「おいおい、新型さんよ。君はその程度なのかい?」
葵の目に映る金髪の少女、カナリア・アルバドルは飄々とした態度でヴァーグの猛攻を避け続けた。無論、それがすごいのは当たり前だが、問題はそこではなかった。
「司令?一体どうしてそんなことをして!?」
なんとカナリアはアイギスを身に纏っていなかったのだ。
「おっ、どうやら向こうは終わったようだね。さて、そろそろ飽きてきたし決着をつけようか」
そういうとカナリアは一歩だけ後退り何かの準備をしだした。
「バルバトスッ!」
カナリアがアイギスの名前を叫び変身をした。黄金の輝きが辺りいったを包む。
葵はバルバトスのアイギスを見て違和感を持った。葵と雫のアイギスは多少の差はあれどデザインがほぼ同じの色違いの見た目だった。なのになぜかカナリアのアイギスはデザインが二人以上に豪華だった。
「金ピカのゴージャスなアイギス……?」
「あぁ、なにやら司令としての威厳を示すためだとか言っていたな」
(ってこんな事考えてる場合じゃない!急いで加勢しなきゃ!)
そう思って葵が走り出そうとした、その時だった。
「……待て」
雫にガシッと肩を掴まれる。
「待てって、どうしてですか?」
「とにかくここで見守っているのが私達の仕事だ。神崎はパワフルさは私と同格程にはあるがいかんせん技術力に乏しいと伺える、司令の戦いを見て学ぶと良い」
そう言われて葵は仕方なくその場に座り込んだ。
そこから葵は衝撃の場面を見た。あの時雫ですら叶わなかったあのヴァーグをカナリアは一方的に押し続けていた。
懐から出てくる火縄銃のような兵器に、短いナイフのようなもの。多彩な武装を駆使して戦う姿はまさに狩人のようだった。
ヴァーグの腕を薙ぎ払う攻撃もその短い刃で完璧にずらしてみせていた。
葵は勘違いをしていたのだ。あのヴァーグの強さとアイギスの可能性の差を。今の葵では敵わない相手かもしれない。だがそれはカナリアにとっては赤子をひねるようなものだったのだろう。
カナリアは「こんなものか」と残念がりながら銃を構えた。
「──終わりだッ」
その言葉とともに引き金は引かれる。その銃口からはエネルギー弾が発射され、ヴァーグの頭部をいともたやすく貫いた。
「まずい、あのレーザービームが!」
葵は慌てて立ち上がった。脳裏に浮かぶのはあの事件の時にヴァーグが見せた苦し紛れの一撃。あれが再び放たれれば今度こそ途轍もない被害がでることは容易に考えられる。しかし、ヴァーグは最後の一撃を放つことなく力なく倒れた。
「いっただろう神崎、司令の技術は凄まじいと。あれが我らがウイングのエース。通称"黄金色の狩人"だ」
ヴァーグを倒した後、葵達は帰路についていた。
といっても今日は家には帰らない。どうやらカナリアから話があるらしかった。幸い事務所にはこんな時のために常に寝袋が3つ用意されてある。寝る場所には困らないだろう。……と葵はそう考えていた。
「……にしてもなんでカナリア司令はアイギスを纏わずに戦ってたんですか?」
葵はあのときの疑問をぶつけた。
「あぁ、アイギスはメロファージを一定の形に実体化させる装置であるとともにメロファージの増幅装置だからね、体内に蓄積されたメロファージをダイレクトに出力してしまえばあんな芸当をできるってわけだ」
「なるほど……ってことはもしかしてあの現象も?」
葵はあの時の何故か肉眼では見れないヴァーグを見つけれたことを思い出す。
「そういうことだろう、葵がアイギスとリンクした今、その力の一端を使うことができる……葵のあの瞳もきっとアロケルの能力だろうね」
ということはまだ葵が把握していないアロケルの能力があるということだ。葵は天井の知れないアイギスの可能性に心をときめかされる。
「どうだ?私の実力を見て何か思うところはあったか?」
カナリアの戦いぶりを見て葵が思ったことはたくさんあった。葵はその中でも特に思ったことを言った。
「カナリア司令のバルバトスってすごく強いんですね!」
「私が、ではなくバルバトスがか?」
「あっいえ、そういうことじゃないですけど……」
慌てて言葉を撤回する。己の失言にあたふたと取り乱す葵を見て雫は思わず、フッと笑った。
「そう神崎をいじめてやらないでください、司令」
「はっはっは、それはすまんかったな。実際私の実力じゃあ神崎に劣るからな。アイギスとその扱い方がいいだけだよ」
それがどういうつもりで行ったのか、葵は分からなかった。本当にカナリアは葵よりも弱いのか、それとも謙遜なのか、実際のところどうなのかは本人でさえ知らないのだろう。
三人で談笑しながら帰る最中、葵は考え事をしていた。
ヴァーグとは何でなんのために地球を襲うのだろうか、それに宇宙人と言うけれど葵は宇宙から飛来してくるそれを見たことがない。そもそもヴァーグは大気圏突入の高温に耐えれるのだろうか?そのようなことに思考をめぐらすが一向に答えが返ってくることはない。
様々な疑問が浮かび上がったがそれもこれも、ヴァーグのような葵達の想像もできない力があると考えればそこで終わってしまうレベルだ。
「う〜ん…難しいなぁ……」
「どうした神崎?お前が考え事なんてらしくないぞ?」
「雫さん、それはどういう意味で言ってます??」
そんな二人のやり取りを見て、カナリアは微笑む。
事務所に到着し早々に葵は眠りについた。
部屋にはまだ起きていたカナリアと雫の声が響いていた。
「どうです司令、紅茶でもいります??」
「ああ、頼もう」
雫は店からティーバッグを取り出し紅茶を淹れる。
「神崎以外に候補者は見つかったんですか?」
「いや?セイレンもそうそう居ないもんだね」
カナリアは雫から渡された紅茶を片手に持ち、もう片手でタブレット端末を操作する。
タブレット端末にはレーダーが映し出されていた。
「まあ葵だけでも十分戦力になるのは雫でもわかるだろう」
レーダーにはすぐ近くに3つの点が写っていた。
「神崎はメロファージの総量では私達にも引けを足らない……むしろ私達を上回っている可能性がだってあるでしょう」
「能力特化の私に技術特化の雫、そして物量特化の葵。バランスが取れているじゃないか」
「そうですけど、はぁ……。私だって神崎に教育するのも大変なんですからね」
「まあ才能のある葵のことだ。放置してても勝手に成長していくだろうさ」
そう言うとカナリアは大きくあくびをして立ち上がった。
「そろそろ私達も寝ようか」
そこで雫は妙な表情をした。そして「申し訳ないのですが」と前置いて、「実は寝袋を一つクリーニングに出していまして……」といった。
「はあ?何をやっているんだ雫……自ら寝る環境を悪くするなんて随分と修行熱心なものだな」
「いえ、違いますが?寝袋は私が使わせていただきますが……」
「はあ〜っ!?ここは司令官である私が使うべきだろう!」
カナリアは声を荒げて主張した。
「いえ、ここは部下である私に譲るのが上に立つものというものでしょう!?」
その後しばらく二人は争った末に、結局じゃんけんで勝利した雫が寝袋で寝るのだった。




