結成、 Triangle!
ラボのことがあってから葵は考えていた。
アイギス……。葵のアロケルとやらは序列52位らしいがまだ葵にもチャンスはある。自らを鍛えることがアイギスを上手に扱う上での最短の道ということだ。
「アイギスかぁ……まだ実感がわかないなあ〜」
葵は自室で音楽を聞きながら考える。
「おっ雫さんの新曲出てる〜!」
あんなに忙しいのに新曲の更新を欠かさない雫はとんでもない人だと葵は改めて思った。
私だったら絶対両立なんてできない。戦闘とアイドルなんていう真逆の仕事を同時にこなす……いや、アイギスを使っている以上同じ系統の職種なのだろうか?と葵は思った。
「……にしてもかっこいいなぁ〜。私もいつかこんな感じのアイドルになれれば……」
葵がそう思っていたときだった。
プルルルルっとスマホから着信音がけたたましく鳴り響く。
「はいもしもし、神崎です」
『神崎か、明日の6時から司令から話があるそうだ』
電話越しに聞こえたのは雫の声だった。
「え!?ちょっと待ってくださいよ!」
『どうした?なにか問題でもあるのか?』
「ありますよ!」
問題ありありである。それはそう……、
「時間ですよ時間!家からあそこまで何時間かかると思っているんですか!朝六時に行くなんて無理ですよ!寝るなって言うつもりですか!?」
時間がない。葵にとってただただそれだけが問題だった。家からあの本部までは片道およそ五時間くらいかかる。今がだいたい12時だから今から向かったらロクに睡眠できないのだ。
『なるほど、そうか……そうだったな』
なぜか雫は何かをこらえるような声で言ってきた。なんか解決方法があるんだろうか?少なくとも電車はもう終電の時間はとうに過ぎてるし、もちろん葵はまだ高校生だから車の免許なんて持ってない。
『前に神崎にも言っただろう、私達は普段小さな事務所で活動している、と。今回はそこに集合というわけだ』
「なるほど……そういうことですか。びっくりさせないでくださいよ〜」
「別に驚かしたわけではないのだが……?」
つまりは雫が前に言っていたここの近くの小さな事務所(当社比)に行けばいいと言うことだ。わざわざ司令官が出向いてくれるなんて珍しい組織だと思った。
『それじゃあ今日は早く寝ると良い』
「おやすみなさい、雫さん」
「あぁ、おやすみ神崎」
(つ、ついに雫さんにおやすみって言ってもらえた!!)
少し前では想像もできなかっただろう。
次の日。
葵は集合時間の一時間ほど遅れてやってきていた。
「すみません!遅れましたっ!!」
怒られること覚悟で部屋の扉を開くとそこにはカナリア司令が勝ち誇った顔で葵を見ていた。
「ほら見たことか!やっぱり私の予想通りだったじゃないか!」
カナリア司令は「はっはっは」と笑いながら手を叩いていた。いや、おじさんかよ……。
「ぐぬぬ……やはり司令の頭の良さには叶いません……」
雫はカナリアとは真逆に悔しそうな顔をしていた。
「二人共なにか勝負でもしてたんですか?」
「言い出したのは司令でしょう。ここは司令が説明をしてください」
カナリア司令は言葉を濁す。「雫から言ってよ〜」と雫さんの腕にしがみつく。さながらそれは年相応の甘えん坊のようだった。
カナリアは少し駄々をこねた後「仕方ない……」と言いながら雫さんの腕から離れた。葵はカナリアがなんだか言いづらそうにしているのが分かった。
「言いにくいのだが、まあ正直に言おう」
そう言うとカナリアは葵にとって、なんとも腹立たしい話をした。
「実は葵で遊んでたんだ。琴音の事前情報で待ち合わせの時間に間に合わないやつだと聞いていたから」
「えぇ!?もしかしなくてもそれで予想してたんですか?」
なかなかにひどい話だ。カナリアは葵の遅刻を予測していた事になる。というか、琴音も琴音である。いあまでの葵だって七割くらいしか遅刻しないというのに。
そこまで考えて葵は気づいた。
「……ってことは雫さんは私を信じてくれたってことですか!?」
嬉しさが込み上がってくる。なんていい人なんだろうか。
「あぁ、まさか神崎がこんな大事な場面で遅刻してくるやつだとは微塵も思っていなかったからな」
「雫さんの信頼を裏切るなんて何たる失態……」
「まあいい、雫には今度ジュースでも奢ってもらうとして、本題に入ろうか」
カナリアが先程までと打って変わって真面目な顔になった。
「まず質問がある。時に葵、君はアイドルに興味はあるかい?」
カナリアは突然そんな事を言いだした。
「アイドルに興味……ですか?そりゃあ雫さんのファンですから、興味はありますけど?」
「あぁ〜違う違う、そうじゃないんだ」
(そうじゃない?つまりどういうことだろうか。アイドルに興味?それって……)
「アイドルをやらないかいって聞いてるんだよ」
「へ?アイドルになる!?」
アイドルになる?私が??葵は困惑した。
たしかにそれは願ってもないことだが、なぜ葵が急に?オーディションなんて受けてないし、まさかこれはスカウトというやつなのだろうか?葵は考えた。
「神崎は顔がいいからな」
「雫さんまで!?一体どうして私がアイドルになるんですか!」
「ふむ、葵は嫌なのか?そんなにアイドルになりたくないのなら考えるが……」
葵はそう言われて慌てて答えた。
「なります!!」
葵は慌てていて冷静ではなかった。だけど冷静だったとしても同じ回答をしていただろう。
なぜならばアイドルになるのは葵の夢だったからだ。
それは葵がまだ小さい頃のことだ。
アイドルが好きな両親に連れられて来たアイドルのライブ。そこで葵は運命の出会いをした。
確かそのアイドルの名前は"チカ"という名前でやっていた。ステージの上で歌い踊る彼女の姿はまだ子どもだった葵の心をガッチリ掴んだ。しかし葵がアイドルを好きになった理由はそれだけじゃない。きっと両親二人共アイドル好きだったのも関係していたのだろう。
葵はそれからアイドルになると決めた。
案外夢の始まりはこんなちっぽけなことだった。けどそれは人生を左右するのに大きな影響を与えていたのだろう。
葵がアイドルを目指すと言った時、親戚の人たちは「馬鹿げた話だ」と、止めようとしたが両親は反対するどころか応援してくれた。それから葵は自分磨きをすると決意した。
だけどそう事はうまくいかなかった。小学校の頃、葵はいじめに遭っていた。理由はいたってくだらないものだった。容姿に嫉妬したものや、自分の好きな人が葵のことを好きになったなどと言う人間たちが集まり、寄って集って葵をいじめた。
なかば夢を諦めていた時、葵は琴音に出会った。
中学生になってすぐの頃、いじめから逃げていた葵は他の人の居ない遠くの学校に入学した。でもいじめはどこにでもあるもので、そこでは琴音がいじめられていた。
琴音は可愛げのある娘で元気が取り柄なだけの私とは真逆の存在だった。
周りの目を気にしてはすぐにミスをしてしまう。きっといい環境にいればそれはドジっ子として人気が出ていたんだろう。でも哀しいことに集団生活というのはそう甘くなかった。
ドジっ子属性は一部の人から反感を買った。そしてその人達はクラスカーストでも上位の人達だった。立場が上の人に周りの人も逆らえず、長いものには巻かれろという言葉のように流されるままいじめを見逃してた。
葵はそんな琴音のことが放っておけなかった。きっと昔の自分に重ねてしまっていたんだろう。葵は琴音に声をかけて仲良くなるようにした。最初こそ警戒されていたが、何度も話しかけるうちにみるみると2人の仲は縮まっていった。
しかし次は葵がいじめっ子の標的にされてしまった。その時葵は後悔しかけてしまった。こんなことになるなら助けなければよかった、と。傍観者の気持ちが何となくわかってしまった。
ちょうどその頃になって雫がデビューした。彼女の姿はまるでチカのように輝いて、いじめによって陰っていた心を照らしてくれた。
それから葵は雫を、いじめを受けても耐えられるように心の拠り所にした。そうすると自然と生きるのが幾分か辛くなくなった。そして琴音とも良好な関係を続けることができた。
こうして今の葵がいるのである。
「私アイドルになりたいです!」
葵がそういうと雫はまるで待ってたかのような顔をして見たあと、カナリアと顔を合わせた。
「じゃあ決定でいいかな」
そういうとカナリアはタブレットを取り出して画面を全員に見せつけた。
そこにはTriangle Projectと書かれていた。
「これより天音雫、神崎葵、カナリア・アルバドルの三人によるユニット化計画Triangle Projectを開始する!」
三人…?ユニット??葵は理解が追いつかなかった。
「えぇぇえぇえぇ〜!?」
「わ、私が三人でユニットを組むってことですか!?」
「ああ、司令の言葉通りだ。これからウイングだけでなくアイドルとしてもよろしく頼む」
様子を見るに雫は既に知っていたのだろう。
「説明してやるからとりあえず落ち着くんだ」
カナリアの言葉で葵はなんとか冷静になる。
葵はてっきりアイドルって言ったってソロでやるものかと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。
「ヴァーグに対抗するためには歌うことで発生するメロファージが必要だろう、それをライブで貯めるんだ」
「でもそれってひとりでも変わらないんじゃ?」
「葵は分かってないな。私達はウイングとつながっているとはいえ一応は会社だ。金を稼がねばいかんだろう。今や世界的なアイドルになった雫がユニットを組むとなれば話題性があるだろう。葵の歌がうまいのは分かっている。それだけでアイドルになるには十分だろう。もちろん雫と同じラインに立つにはまだまだだが、期待の新人として売り出せば行けるだろう」
なるほど、一度何ってるんだと思ってしまったのを謝罪したいくらいにはちゃんとした計画だ。
「けどそれならどうしてカナリア司令がやる必要あるんです?」
そういうとカナリアは頬を膨らませて葵の肩をつつきながら言った。
「私がセイレンだというのは聞いただろう。神崎は私だけハブるつもりなのか?」
いじけてるカナリアは葵から見て、正直可愛かった。
でも確かにそう言われればそうだ。なんだったら実質カナリアは最強のアイギス装者なのだ。メロファージを貯める必要性は葵以上である。
そんな感じでTriangle Projectについて話しているときだった。
「……っ!?情報部より通信!エリアD-1にて例の新型ヴァーグを確認!」
突然雫がそういった。
「ふむ、D-1か。ここからは少し遠いが急行するぞ二人共。私の力を存分に見せてやろう」
カナリアがそう高らかに宣言し、葵達はエリアD-1に向かった。




