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【完結】アイギスの歌姫  作者: 星輪 慧


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初めてのライブ、そして………

「……ヴァーグッ」


 雫さんがそう言うと三人の目の前に立ったのは巨大な四足歩行の虫のような甲殻を持った生命体だった。


「なに…あれ?」


 思わず後ずさる葵にその化け物は目もくれない。


「ふたりとも下がれッ!ここは私が対処する!」


 化け物の甲高い鳴き声が聞こえる。思わず葵は足がすくんでその場に立ち止まってしまった。


「気をつけろ神崎ッ!」


 雫の声が聞こえたときには時すでに遅し、怪物の起こした爆発により、大きな岩が葵に向けて飛来してきて──


「うわわ、うわわわぁっ」


 葵は避けようのない死を感じて目を瞑る。


「来いッマルコシアスッ!!」


 その言葉が耳に入り、葵は目を開いた。


「………雫さん??」


 葵の目に入り込んだのはかばうように立ちふさがる雫の背中だった。

 しかし雫の姿はさきほどまでの私服の雫とは異なり、アイドルの衣装のような格好をしていた。簡素で洗練されたデザイン、アイドルの時とはまた違った意匠が施されていた。

 

「来いヴァーグ!私が相手だッ!!」


 雫が化け物を煽ると葵とは逆方向に回り込んだ。

 戦っている雫の姿はまさに舞台でダンスをしているようだった。


「あ、葵……あれって……」


「わかんない、私もあんなのは初めてだよ……。でもなんだかすごくかっこいいっ!」


 化け物に一、二発と拳が叩き込まれる。


「すごい、たった一人であの巨体を押している……」


 葵の目に映る雫は光り輝いていた。ライブのスポットライトの反射光とは似ても似つかない。まるで自らが光り輝く、太陽のように輝いていた。


 化け物と雫の戦いは数分にわたり続いた。雫の攻撃が当たると、それに反応して化け物が反撃をする。そしてまたそれを避ける。こんな流れが続いて泥沼化していた。


 しかし状況は優勢。このままいけばいつかは倒せると言った状況まで持って行っていた。


 葵が勝利を感じた時だった。咄嗟の回避で姿勢の崩れたに雫めがけて化け物が酸のような物質を噴射した。姿勢の崩れた雫にその攻撃が避けられるはずもなく……


「……んなッ!?」


 雫は回避しきれずに酸をもろに食らってしまった。


「「雫さんっ!!」」


「大丈夫だ、…まだ…戦え……」


 雫は苦しそうに立ち上がろうとする──があと少しのとこで倒れてしまった。


「くっ……、こうなれば仕方あるまい……」


 そう言うと雫は胸ポケットから何かを取り出した。


「受け取れ!神崎ッ!!」


 雫が葵に向けて何かを投げる。

 葵はそれをなんとかキャッチした。


「これは……イヤリング?」


 葵が受け取ったのは一つの真っ赤な宝石の入ったイヤリングだった。


「これでどうすればいいんですか!?」


「付けろ!身につけて歌うんだ!」


 歌う、その意味を葵は理解できなかった。


「歌はお前の中にあるはずだッ!」


 葵は困惑しながらもそのイヤリングを耳に取り付ける。


(歌………。私の中にある歌を歌え!名前を…叫ぶんだっ!)


「アロケエェェェルッ」


 葵がその名前を叫ぶとまるで別世界に行ったかのように周りの景色が変化した。


「わわわわ、なにこれなにこれぇ!?」


 葵の体が宙に浮き、輝く。葵はまさかと思い周りを見渡し、自分の姿をよく見て思案する。

 間違いない。これはアニメとかでよく見る、俗に言う変身バンクというやつなのだろう。魔法陣のような物が葵の周りを回り、やがて葵はどんどん姿が変わっていった。


 変身が終わると葵の姿はさっきまでの雫のような衣装をまとっていた。


「どっひゃ〜、かっわいい〜〜!」


 こんな形とはいえ、アイドルの衣装を着るなんて初めての体験だ。少々動きにくそうだったが、不思議なことに動きづらさを感じることはなかった。


「神崎葵の初ライブ!!特等席で私の歌声を聴けぇ〜〜っ!!」


 葵は雫の姿を思い出して戦う。


(大丈夫だ。あの化け物の動きはさっきまでずっと見てきたはず…)


「──右っ!」


 葵は化け物の左腕の薙ぎ払いをなんとか回避する。

 

「すごい、こんな力がでるなんて、自分じゃないみたい!」


 この力なら、この力さえあれば…、目の前のやつだって叩き潰せるッ!!


「覚悟は決めた!雫さんの言う奴らがこの化け物ならば私は戦う……例え人生を捧げるとしてもっ!化け物が相手だろうとも!」


(そうだ私はこれを求めていたんだッ!今私は最高に楽しんでいる!)


 代わり映えのしない毎日、クラスメイトにバカにされる趣味、それもこれもうんざりだった。


「私は今日から、変わって見せる!」


 葵は腰辺りにあった剣を手にして、更に声量を上げながら突撃する。


「喰らええええぇぇぇぇッ!!」


 流れに身を任せた大雑把な一撃。だがその一撃は目の前の化け物に致命的な一撃を与えるには十分だった。


 化け物はよろめきながらまるで最後の力を振り絞るかのように口からレーザービームのような光線を照射した。


 瞬間、背筋が凍る。光線の着弾点を見るとそこは今も人で溢れかえっている夏祭り会場だった。


「んなっ!?」


 化け物は甲高い鳴き声を発した後、次第に力なく倒れた。


「行くぞ神崎!状況確認だッ!」


「は、はいッ!琴音、歩ける?」


 琴音は呆気にとられたような体勢から一気に立ち上がろうしていた。


「いたっ」


 急激に立ち上がろうとしたせいか、琴音は足をくじいてしまった。


「よし琴音!おんぶするからねっ!」


「え、え!?ちょっとまって葵!」


 葵は琴音静止も聞かずによいしょ、と担ぎ上げる。

 

「大丈夫、重くなんてないよ」


 それだけ言うと葵達は夏祭り会場へと急行した。



 夏祭り会場。そこはさっきまでとは打って変わって地獄絵図と化していた。


「な、なにこれ……」


「ヴァーグの最後の一撃の影響だろう…。随分と派手にやってくれたものだ」


 光線の着弾地点は辺り一帯がクレーターのように凹んでいた。葵は唖然とする。さっきまでここで花火を見ていた人も、屋台で焼きそばを出していたあの人も今や見る影もない。文字通り跡形もなくなっている。


「そ、そんな……私、私は……何を……」


 目眩がする。

 

(私のせいだ、私が楽しんでしまっていたから。私がもっと早く、確実にとどめを刺していたら……)


「葵?大丈夫??」


「ごめん琴音、雫さん。ちょっと向こうに行ってくる」


 葵はそう言い残すと、フラフラと今にも倒れそうな様子でその場を離れた。




 葵が場を離れて数分後、琴音と雫の間には気まずい空気が流れていた。


「雫さん、あの化け物って一体何だったんですか?」


 琴音の質問に雫は渋々答えた。


「あれはヴァーグといってな、地球外特異生命体という、いわば宇宙人だ」


「宇宙人?てことは人間なんですか?」


 琴音は不思議そうに首を傾げた。


「あ、あぁ。もちろん私達ホモサピエンスと遺伝的つながりはないが、私達はヴァーグのような社会性を持った地球外生命体を、ある種の人間として呼称している」


 なるほど、といった様子で琴音は頷く。


「もう一つ質問してもいいですか?」


 琴音の問いに雫はかまわない、と答える。


「雫さんのその姿って……それに葵も……。その衣装って一体何なんですか?」


 雫はしばらく押し黙ったあと、その重い口を開いた。


「アイギスシリーズ」


「アイ…ギス??」


「一部のセイレンと呼ばれる人間のみが持つエネルギーのメロファージ。アイギスシリーズはこれを増幅させることのできる隕石から作られた、メロファージを兵器として実体化させるものだ」


 あまりにも難しい説明に琴音は目をくるくる回して困惑していた。


「すまない、難しかったか?」


「……はい。……でもなんとなくわかりました。つまり葵はそのセイレンってやつであの化け物と戦うことができるってことですよね」


「まあ、そうだな。もっとも私は神崎の意思を尊重したいからな、無理強いするつもりはない」


「葵を……葵を戦わせてください!」


「それは、どういうわけだ?」


 雫は困惑していた。それは本人でもない琴音が葵を修羅の道に進ませようとしているからだった。


「葵は今、きっと罪悪感でいっぱいなんだと思います」


 琴音は空を見上げながら話し出す。


「自分があの時〜〜とか、自分さえ〜〜とか。でも私は見たんです。戦っているときの葵は十数年間一緒の私ですら見たことない、今までで一番輝いていたんです」


「戦いを楽しんでいたというわけか?てっきり渋々戦っているものかと思っていたのだが……」


「きっと葵にとっては戦場が居場所だったんだと思います。今日始めて戦った人に言うのもおかしいですけどね」


 琴音は苦笑いを浮かべながら胸に手を当てる。


「葵のことを任せてもいいですか?」


「もちろんだ………と言いたいところだが」


 雫はため息を吐いて……


「今の神崎を励ませるのは長年付き添ってきたお前だけだ。居場所は私達が提供する。本来だったら私達の組織にいれるわけには行かないが……神崎は命の恩人だからな、ふたりとも特別に入れてもらえるように上に掛け合ってみるとしよう」


「ありがとうございます!」




 葵は今ホタルのいる川辺に居た。

 この場所は思い出の場所だ。葵と琴音が昔出会った思い出の……


──こんなところで何しているの?


 ふと昔の記憶がフラッシュバックする。この記憶は琴音と初めて会ったときのあの記憶だ。


──ヒック……。


 初めてあった時、琴音は泣いていた。


──泣いてちゃわからないよ?


── ………。


 今振り返ると、葵は我ながらこの時は本当に無神経だったと思う。


──見てみて!ホタル!!


 葵はホタルを捕まえて見せた。


──っ!?


 琴音はビクリと飛び上がった。琴音は理解ができないと、そういった様子で葵見つめる。


──やっとこっち向いた!………みんな何故かこうすると驚いちゃうんだよね〜なんでだろ?


── …きもい。


──きもい!?私が?ひっど〜い!


 葵がそう言うと琴音はくすくすと笑っていた。


──ちょっと!笑わないでよ!そんなに私きもい?


 今になって気付いた。あの時、琴音がきもいと言っていたのはホタルのことだったのか、と。



 そこで葵は現実に引き戻される。なんてくだらない会話なのだろう。さすがは子どもといった、拙い内容だ。


(……だけどこの出来事が私達二人を引き合わせてくれた、この出来事がこの街の人とも出会えた。何気ないと思えるくだらない出来事でも今の私を作ってくれた尊い過去なんだ……)


「はあ、私ってなんて馬鹿なんだろう」


 今も昔も変わらない。後先考えられない刹那主義の大馬鹿者だ。


「葵は馬鹿なぐらいがちょうどいいよ」


 背後から声がした。


「ほら、ホタル」


「うわぁ!きもっ!?」


 葵の目の前にホタルの裏側が大きく映し出された。


「あはははっ仕返しだよ仕返し」


「なんだ琴音か〜びっくりした〜心臓に悪いことしないでよ」


 葵背後から声をかけてきたのは琴音だった。葵たちは今、あの時と逆の状況になっていた。


「……そろそろ落ち着いた?」


「全然……」


「だと思ったよ。だから励ましに来た。辛いこと全部言って。泣いてるだけじゃわからないよ、葵」


 葵は驚いて目元を擦る。たしかに葵の指は涙で濡れていた。


「あはは、ごめん。泣くつもりなんてなかったんだけどね」


「無理しないでいいんだよ。辛い時は自分のペースでいればいい。中学生の頃私にそう言ってくれたのは葵でしょ?」


「そうだね……」


 その言葉を聞くと葵の口は自然と開いた。


「私、正直楽しんでたの。戦ってて気持ちいいって、そう思っちゃってた」


「知ってる」


「知ってるって…」


「葵の考えてることなんてお見通しだよ」


 お見通し、か。やっぱり琴音には敵わないな……。


「私があの時急いで化け物を倒せば……楽しんでいなければ祭りの人たちは!」


「葵のせいじゃない」


「私のせいだっ!私が雫さんからあのピアスを受け取った時から私に責任が生まれたんだ」


 そうだ。あの時、あのピアスがトリガーだったのだ。


「違う!葵に悪いところなんてない!」


「……じゃああそこでどうすればあの人達が助かったの?私がなんとかしなければいけなかったんじゃないの!?」


 全ては私があの怪物にとどめを刺さなかったのが原因……、葵がそう思った時だった。


「えいっ」


「うわわわ!?ちょっと琴音?何してるの!??」


 突然琴音に抱きつかれてしまった。


「確かに葵の言っていることは正しいのかもしれない……でもいいじゃん」


「いいじゃんって何が?」


「もう起こっちゃったことは変えられないんだから、ここからどう巻き返していくかが大切でしょ?少なくとも私の知ってる葵はそういうと思ってる」


 そうなのかもしれない。失ってしまったものは大きい。だけど…いや、だからこそ私は立ち上がらなければいけない。


「そうかもしれない……」


(私は刹那主義者だ!いつだって前を向き続けてきたんだ!こんなところでへこたれてちゃいけないっ!!)


「決心はできたね、葵!」


「うんっ!おかげさまでね!」


 私がそう言うと琴音はスマホを取り出した。見るとそこには通話中と書かれていて……


『…というわけでだ。上からの承諾も得られたことだ。今日から神崎葵と白川琴音を正式に我が部隊ウイングに加えるとしよう』


「雫さん!?」


 スマホから聞こえてきた声は雫のものだった。


「よかったな神崎。お前はまた戦うことができるぞ、それに神崎の罪とやらは私の落ち度でもある。一緒に償おう」


「はいっ!!」

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