最終話:誰もが知らない明日を守るために
「それでも私は……立ち上がらなくちゃ………」
葵は傷だらけになり身を守るアイギスさえも纏わずに立ち上がろうとしていた。
「もうやめて葵!」
琴音の声がこだまする
「これ以上戦ったら葵が持たないよ!!」
ここで葵が戦わなくてはどうなるかなんて琴音にも分かっていた。だがそれでも止めようとせずにはいられなかったのだった。
「愚かな、アイギスもまともに纏えん状態で何ができるッ!!……だがせめて最期だけは華々しく散らせてやろうッ!!!」
バエルは大量のメロフォージを束ねて一点に集中させる。凝縮されたメロフォージは今まで葵たちが見てきた何よりも強い光を放っていた。
「葵よけてっ!!」
琴音の呼び声もむなしくその光は着弾し、眩い光と轟音があたり一帯を包み込む。
「そんな……葵………」
「ハハハッこの我こそ頂点にして最強ッ!これでもう何人たりとも我を止めることはできぬッ!!さあ永遠の夜明けを歩もうぞッ」
そう高笑いした時だった。光の着弾点の土煙の中から突如一本の剣が飛来しバエルの腹部を貫いた。
「何だとッ!?」
驚くバエルをよそに土煙は晴れる……。
「……葵っ!!!」
土煙の中から出てきたのは紛れもない、アンチェインドを発動した神崎葵、本人だった。
「まだだ…まだ負けられない……起死回生の一手は残されているッ!」
「貴様ッなぜ生きているッ!!」
「……私を守ってくれたのは命を賭して戦った仲間たち、私を常に守ってくれたアイギス……そしてお前が無碍に扱ってきた彼女たちだッ」
その瞬間、葵の耳についていたイヤリングが光り輝いた。
「アイギス・デウスエクスマキナッ」
葵がそう叫ぶとアイギスは鎧のような見た目から、機械のような重厚なデザインが特徴の姿へと変貌した。
「機械仕掛けの神盾だとッ……なれどもう一度砕けばよい話ッ!!」
デウスエクスマキナ。機械仕掛けの神。葵の思いがアイギスや星座の乙女人形と共鳴することで変身することができた奇跡の変身だった。それだけではない、
「メロフォージは、他者と共鳴するッ」
それはライブラとの戦いで知ったアイギスの可能性。メロフォージを持つもの同士の共鳴。
──瞬間、空から二つの光が舞い降りる。
「待たせてすまないな神崎ッ!約束果たさせてもらおう」
「司令官としてなさけないかぎりだ……名誉挽回としゃれこむかな」
現れたのは葵と同じくデウスエクスマキナのアイギスを纏ったカナリアと雫だった。
「雫さんにカナリア司令!!生きてて良かったです」
「嗚呼、だが今は目の前に集中したほうがいいだろう」
「土壇場で奇跡など腹立たしいッいくら惨めに足掻こうが我には及ばぬと知れッ!」
そういうと再びバエルの手元に光が収束する。
「束ねて一つになる力……だけど私たちにだってできるッ」
「4000年の我が悲願、ここで砕けてなるものかッ」
光は一直線に放たれ、葵たちのもとへすさまじい速度でやってくる。
「この拳は誰かを守るために、亡き友の仇のために振るう拳だッ」
雫は光に向かって思い切り拳を叩き込む。しかしアイギスの許容量を大きく超えた破壊力はとどまることを知らず腕までも焼き尽くそうとする。
その時、雫の前に一人の影が現れた。影は雫とともに光に向かって拳を突き出す。
一本に束ねられた光は二人の拳を中心に拡散した。
「……ありがとう強敵よ」
「力を分散するか、ならばこれはどうだッ」
次は無数の光線が拡散して飛来してくる。やがて光線は流星のように降り注いだ。
「狩人は獲物を狩るだけではないと教えてやろう」
カナリアは黄金色に輝く光の矢を同時に弓に装填し、思い切り射った。やがて光の矢は無数の光線相殺する。だがうち漏らした数十発の光線がカナリアに向かって飛来する。
瞬間、次は背後から紫色の光が光線に向かって一直線に向かって進んだ。光同士は衝突し爆発とともに勢いを殺す。
「相殺しきったか、だが防戦一方では我を超えることはできんッ」
「こうなったら……行くよ二人ともッ!!」
「アレ……だな」
三人は一斉に構えを取る。再びあの時の高揚感が体を襲う。
「みんなのコンビネーション見せつけるよッ!!」
「「「六重奏:終楽章」」」
六人の力を束ねた必殺技。魔力とメロフォージの爆発が同時に起こる。爆風は大きく広がり、バエルを襲った。
「爆風程度でこの我にダメージが与えられるとでも──」
その瞬間、バエルの眼前には剣を振り上げた葵が迫る。
「一人……いや二人の影だとッ!?」
「呪いも因縁もここで断ち切るッ!」
葵がその剣を振り下ろそうとした、その瞬間……
「……助けて…葵ちゃんっ」
バエルの眼に光が宿る。紛れもない。葵が昔にみた母親の眼差しそのものだ。
「ッ!?」
葵は剣を振り下ろすのを躊躇った。
「鬱陶しい!ここで全員朽ち果てろッ」
バエルはメロフォージを一気に解き放ち、巨大な爆発を引き起こした。今度は半端な魔力の爆発ではない。凝縮された歌そのものの持つ力だった。
葵たちはその爆破に巻き込まれ、大きく吹き飛ばされて壁に体を打ち付ける。アイギスの変身も衝撃で解けてしまった。琴音も間一髪で直撃は免れたが爆風で倒れてしまった。
『今から琴音さんの救出に向かいます!一分ほど時間を稼いでください。終わり次第そっちに応援を呼びますっ!』
無線から鳴り響くのはウイングの情報部からだった。無線が終わるとウイングのマークが刻まれたヘリが飛んできた。
「ヘリ!?いったいどこからそんなものが……?」
葵は驚く。大きな組織ではあったがヘリを所有するほどの資金はなかったはずだ。
『現在この状況は中継されています!ヘリも政府が緊急で用意したものです』
「えぇい目触りよッ!ヘリなど撃ち落としてくれるッ!!」
バエルはヘリに向かって手を翳した。再びあの光が手元に収束する。
「まずいッ回避しろ!」
雫は叫ぶ、がその光はヘリに向かって高速で放たれた。
「これでチェックメイトだ」
バエルは天を仰ぐ、しかしヘリは爆煙の中から傷一つない状態で突き抜けた。
「リオが葵さんに託した魔術結晶ですっ!彼女はこれを想定していたのかもしれません!!」
魔術結晶。それには防御魔術の術式が焼き付いていた。発動に必要な魔力はライブラの遺した魔力の残滓によって成り立っていた。
「琴音さんの救出に成功しました!」
「みんな……葵………どうか死なないでねっ!!」
琴音がヘリから祈るポーズをとる。ヘリはそのまま遠くへ退却していった。起死回生の一手がある状況において、琴音は足手まといにしかなりえなかった。
『応援をそちらに送ります!』
「応援……?」
葵達は倒れこみながらも視界にとらえていた。その白銀色に眩く光るその姿を。やがてその光の主は葵のすぐそばに着地する。
「すみません!お待たせしました葵さんっ!!」
「奏ちゃん……?なんでアイギスを………ダメなんじゃ……」
「細かいことは後ですっ!今は目の前の敵を一緒に討ちましょう!!」
アイギスを身に纏った奏は葵に手を差し出す。色々理解ができない葵だったが、今はそれどころではなかった。葵がその手を握ると体にメロフォージがたまっていくのを感じた。
「雫さんもほらっ」
「すまない、中学生にこのような醜態をさらしてしまうとは……」
雫は少し恥ずかしそうにそう言った。
「カナリアさんも一緒に戦いますよっ!」
「ありがとう、君がいなければ危うかったよ」
カナリアも膝をつきながらも奏に手を引かれ立ち上がった。
「マルコシアスッ」「アロケルッ」「バルバトス!!」
三人はそれぞれのアイギスを身に纏う。今度こそ決着の時だ。
「「「「アイギス・デウスエクスマキナッ」」」」
四人は同時にデウスエクスマキナを発動する。再び重厚な仕掛けの鎧が激しく音を立てて体に装着されていく。
「何度も何度も……奇跡など絶対の前にはあり得ぬとその身に刻むがいいッ」
バエルは体に残った全ての魔力とメロフォージを使用し、凝縮する。紫色に光る魔力と純白に輝くメロフォージは渦を巻いて巨大な球体となる。
「みんな行くよッ!!」
葵の赤色に輝くメロフォージ、雫の青色に輝くメロフォージ、カナリアの黄金色に輝くメロフォージ、奏の白銀に輝くメロフォージ、四色の光が混ざり合い、巨大な球体になった。
「正真正銘最後の一撃……すべてをこの一撃に賭けるッ!!」
「我こそ生物の頂点、我こそ世界の覇者ッ!!超えられぬ壁というものを知るがいいッ」
瞬間、互いの光線が一直線に進み、衝突する。
「……重いッ」
葵たちは少し押されていた。あと数十秒もすればメロフォージは尽きてあたり一帯焼け野原になるだろう。そうなれば葵たちはただじゃすまない。
「亡き友のためにッ!」
「皆の帰る場所を守るためにッ!!」
「なりたい自分になるために!」
皆の想いが一つになり、出力は増す。この土壇場でメロフォージは再び共鳴し、増幅していた。
「それでも私たちは誰かの明日を守るためにッ!」
「小賢しくそして実に愚かッ惨めに足掻こうが我が4000年の呪いには届くことなどありえんわッ!!」
互いの光線が出力を増し、ついには相殺し合った。
「……まだ届かないッ」
もう一押し、もう一押しあれば。葵がそう思っていた時だった。
『葵ぃいいいっ!!負けないで!!!また一緒にあの川辺で蛍が見たいよ!!だから……お願いっ』
無線から響く琴音の精一杯の叫び、それは四つのアイギスには遠く及ばないその力だが、葵のもう一押しになり得るにはあまりにも、あまりにも十分すぎるほどの力だった。
「これが最後の一撃だぁぁあああッ!!」
葵は雫やカナリア、奏の力で高く飛び上がる。気づけばそこはバエルよりも高いところまで飛び上がっていた。
メロフォージなどとうに尽きている……筈だというのに葵の持つその剣は光り輝き、今もなおその刀身は巨大化し続けていた。
「……これが人の想いの引き起こす奇跡………嗚呼、我には到底かなわぬ代物であったか」
バエルは敗北を悟り、手を広げ天を仰いだ。
……やがてその剣は振り下ろされ、バエルの体を焼いた。
「ごめんなさい、お母さん……」
葵は力なく倒れている澄音の体を抱きかかえる。澄音に罪はない、だがおそらく”神崎澄音”の名は悪として語り継がれ、葵の名は英雄として語り継がれるだろう。
「どうして……呪いなんてなければ私たちは楽しく暮らせたのに……」
葵は澄音の胸で泣き崩れた。母がもう帰らないこと、何もできない自分の無力さを痛感し、ただ泣いていることしかできなかった。
「………ぁ」
一瞬。ほんの一瞬だったが確かに葵の眼には澄音の口元がかすかに動いたのを感じた。
「お母さん!?」
驚き、慌てて胸に耳をあてる。微かにだが鼓動を感じた。
「……葵ちゃん……そんな悲しい顔をしないで………」
喋れる余裕などないはずなのに澄音は途切れ途切れでも言葉を紡いだ。
「……葵ちゃ…んだけでも生きてくれた。私は……それだけ…でもうれしい……わ」
「駄目だよ!お母さんも一緒じゃなきゃ!!」
「……葵ちゃんの歌………確かに…届いたわ……、うまく…なった……わね」
「……ありがとうお母さん」
「沢山の人に……聞かせて……あげなさい…。私からは……もう…言うことはな…いわ」
そこまで言うと再び澄音は、がくんと力なく倒れた。
「お母さん………」
葵は今すぐにでもまた泣き出したいほどだった。だけどそれを母が望んでいないことは分かっていた。
「神崎……立ち上がれるか?」
近寄ってきたのは雫だった。
「ははっ、力の使い過ぎで立ち上がれないや……」
戦いで限界値を超えるような力を引き出した葵は肉体の損傷が激しく、立ち上がることもままならなかった。
「どれ、私がおぶってやろう」
近寄ってきたカナリアはそういうと葵を担ぎ上げた。
「さあ帰ろうじゃないか。私たちの帰るべき場所にな……」
全て終わった。もう呪いも因縁もすべて無くなった。四人は互いに肩を貸したりしながら歩みを進める。ヘリの留まっている近場の平原につくまでの間、皆は笑い合っていた。
「葵ぃ~~~!!」
ウイング本部につくと琴音が真っ先に葵に抱き着いてきた。葵だけではない。ウイングの皆が出迎えていた。
「よかった……本当に死んじゃうかと………」
琴音の頭には遠慮なんて微塵もなく、あるのはただの安堵と興奮だけだった。
「……母親の件もあるだろうが、今は祝杯をあげようじゃないか!」
カナリアがそういうと、ウイングの皆が一斉に隠し持っていたクラッカーを鳴らした。
「こんなものを用意するとは……司令も随分粋じゃないか」
まだまだ分からないことだらけだ。失ったものも多い。
バエルの言う呪いの存在も結局は何だったかは判明していない。母はいなくなってしまった。だが今だけは宴を楽しむとしよう。いなくなった母のためにも、みんなの明るい未来のためにも……。
ここまでのご愛読誠にありがとうございます。「アイギスの歌姫2」もありますので是非ご覧になってください。




