三人の幻想曲
ライブラは真夜中の闇に包まれた空を駆けていた。向かう先はあの女の元、ではない。ライブラは葵達の元へやってきた。
理由は一つ、確認のためである。リオを殺したであろう一つの風穴にはわずかながらに魔力の痕跡が残っていた。それも魔力生成リアクターから出るものとは違う練り上げられたものだ。
「向こうが魔術を手にしたのか、それとも……はぁ。どちらにしても私にとっていい状況ではないですね」
ライブラは大きな不安を抱えたままウイング本部めがけて飛び立った。
ウイング本部。奏をウイングに迎え入れてからというもの、本部はより一層にぎわっていた。
「奏ちゃ~んっ!一緒にご飯食べに行こうよぉ~!!」
放課後、葵はウイング本部に立ち寄ると雫、カナリア、琴音のイツメンで奏をご飯に誘っていた。
「葵さん!!………今は三時ですよ!?昼ごはんにしては遅いですし夕ご飯にしては早くないですか?」
「あぁ、私も昔はそう思っていたさ……だがどうだ、昼と夕の真ん中程の今。この時間に食べるものは昼でも夕でもない。新たな一食……まさに至高ッ」
「カナリア司令って優秀そうに見えて結構バカなんだよなぁ……最近は子供っぽさも減ってきたせいで余計にどうしようもない人感が……」
カナリアは何故か奏に間食の良さを力説しだした。その可笑しさに言い出しっぺであるはずの葵も少々呆れていた。
「仮にも葵達はアイドルなんでしょ?そんなに食べていいの??」
「琴音の言う通りだ。私たちはもっとアイドルという自覚を持たねばな……」
「とかいって雫さんもさっきまでノリノリだったくせにぃ~」
顔を赤くしてあわあわとする雫。それを見てニマニマとする葵。今日もウイングは平和である。
『緊急!!何者かがこちらへ高速でやってきています!!』
突如無線が鳴り響いた。ウイングは今日も平和ではなかった。
「急いで奏ちゃんと琴音を建物の中に!」
二人の避難が終わると同時に、反応の主は正体を現した。
「貴様はあの時のッ!!本部をつぶしに来たということか!!」
「来いマルコシアスッ!!」「来てッアロケル!!」「バルバトス!」
三人は同時にアイギスを纏った。
「ちょ、待ってください!今日は別に戦いに来たわけじゃ──」
ライブラの制止もむなしく真っ先に振り上げた雫の拳が脳天めがけて炸裂した。
「い、いったぁ……」
ライブラは衝撃で抉れた地面から傷ひとつない状態で現れた。
「まったく、これだから野蛮人は……」
ぽりぽりと頭をかきながら呆れたようにそういった。
「それで??そっちの目的とやらは何なんだ?」
「聞きたいことがあります。あなた達は既に魔術を扱うことができるのですか?」
ライブラの問いに三人は首を傾げた。
「……魔術だと?我々は人間でありセイレンだ。魔術など到底手の届かない代物だろう?」
「なるほど、そういう主張ですか。しかし私達は敵同士、嘘を吐いていないとは言えませんね」
そういうとライブラの眼が紫色に光った。ライブラはよく目を凝らし三人に隅々まで目を通す。
「……これは」
ライブラは何かに気づいたのか懐から魔導書を取り出し、戦闘態勢を取った。
「やはり貴方達がリオを殺していたんですねっ」
「リオちゃんがッ!?」
葵が驚いたのも束の間、大量の光弾が発射される。三人は訳も分からず混乱していたが、何とか身をひるがえして回避する。
「ねえリオちゃんが死んだってどういうことなの!?」
「うるさいッ!そうやってとぼけても無駄ですッ!!」
葵の言葉はライブラの耳を右から左に抜けていった。とうとう聞く耳を持たなくなったライブラは感情に任せて魔術を放つ。飛来する光弾は葵達だけでなく、周囲のあらゆる場所に着弾した。
「待って話を──」
「神崎、対話はあきらめろ」
「でも……」という葵の肩に雫はそっと手を置いた。
「神崎の考えはよくわかる。だが相手をよく見ることだ」
雫に言われ、葵はライブラのほうを見る。見ると既にライブラの理性はなくなってるように見えた。
「あれは……?」
「一種の暴走状態だろう。人形ということなら本物の感情なんてものは持っていないはずだ。つまりは感情に似た何かで体のリミッターか何かが外れているんだろうな」
「でも星座の乙女人形はもともと人間なんじゃ??」
「さあね。そこらへんは私にはわからないとしか言えないね」
二人の会話をよそにライブラは手に光を集めていた。
「技術を捨てた物量攻撃を仕掛けるつもりか、行くぞ神崎ッ!!」
「はいっ」
雫の掛け声を合図に葵は剣を大きく構えた。ライブラの手からはすさまじい太さのレーザービームが放たれる。レーザーは収束するどころかどんどん太さを増していく。
「太さはあれど密度はさほどだ、断ち切れ神崎ッ!!」
「うおおぉぉぉぉぉおおっ」
葵の振り下ろした剣はレーザーをマップ達に断ち美しい部位時の破壊痕をその地面に描いた。葵の後ろに隠れていた二人も何とか踏みとどまった。
「……何とかやり過ごせたようだな」
何とかその一撃を耐えきった三人だったが、以前防戦一方で反撃のキッカケはなかった。
「どうにかしてライブラちゃんを止める方法を探さなきゃ」
葵は考えた。この盤面をひっくり返す、大逆転の一手を。やがて考えていくうちに葵はいい案を思いついたのか、手をポンとたたいた。
「歌ですッ!!」
「どういうことか教えてくれるか?」
カナリアは問い返す。
「歌うんですよ。今ここで!確かに体への負荷はあるかもしれませんがこの場で倒れるよりもよっぽどマシなはずです」
「しかしいくらアイドルといえど歌いながら戦うなど不可能だ……」
雫のその心配に葵は首を横に振った。やがて葵は自信満々に言う。
「動かなきゃいいんですよ!三人で分担してコンビネーション技を決めるんです!!」
葵のその案に二人は「なるほど」と返す。そして物量特化の葵と雫が攻撃、技量特化のカナリアが防御担当になった。
三人がコンビネーションの体制を取ると、ライブラは再び手に光を集め始めた。葵達は見て即座に感じた。さっきの攻撃とは一線を画すほどのオーラ。それはつまり威力も格が違うといっても過言じゃない。
「歌うよっ!!!」
三人は一斉に同じ曲を歌う。すると途端にそれぞれの体が輝きだした。やがて空もあふれ出るメロフォージの影響か幻想的な星の降る夜空に変化した。
「なにこれ!?」
「分からんがメロフォージが今までにないほどにあふれ出るのを感じるぞッ」
何が何だかは分からなかったが、とにかく三人は絶好調だということだけは分かっていた。三人に自信とメロフォージが満ち溢れる。あふれんばかりの力を放出しろ、と体が言っているような感覚に陥った。
「来るッ!」
ライブラの手からさっきの攻撃の何倍もの太さを持つ光線が放たれる。それに合わせるように三人は胸に浮かんだ言葉を紡いだ。
「「「幻想曲:XXX」」」
三人の力を束ねた至高の一撃。いわゆる必殺技だ。
ライブラから放たれた光線はカナリアが作ったバリアフィールドに受け止められ、そこをかき分けるように衝撃波と斬撃がライブラに向かう。そして瞬きする間もなくライブラに着弾した。
土煙が晴れると、そこに横たわっているライブラの姿があった。




