残酷な真実
少女が目を覚ましてからおよそ二時間。いろいろ落ち着いてから葵達は少女と対話を試みていた。
「まずは名前から聞いてもいいかな?」
カナリアはお茶を差し出しながら質問した。
「……奏、です」
「奏というのか、苗字は何かな?」
「苗字は分かりません……覚えてないです」
少女、もとい奏は少し警戒した様子で話した。
「じゃあとりあえず覚えていることを全て教えてもらえないかな?今は君の身元が分からないんだ。ぜひ協力してもらいたい」
「名前は奏で歳は14歳。正直記憶があまりないのでこれ以上は……」
奏から出てきた情報はあまりに少なかった。この程度の情報では身元特定の役にも立たない。むしろ記憶の混濁があるとするのなら、現在出ている情報も確実化と言われればそうではない。……ただそれ以上にカナリアは気になっていることがあった。
「ねえ、さっきから気になっていたんだが……なぜ君は葵にそんなに引っ付いてるんだい??」
そう、奏は葵の腕にしがみついて離れなかった。さながら、よそ者に警戒して飼い主にべた付く猫のようだった。
「……私覚えているんです。暗闇の中で葵さんは手を差し伸べてくれたことを」
奏が言っているのはこの前のことだろう。
「あはははぁ~奏ちゃんもそういってますし、カナリア司令にはあげませんよっ!!」
葵は何故かそこで独占欲を押し出してきた。気づけば葵は奏の頭をスリスリと撫でている。
「いやぁ〜奏ちゃんは可愛いなぁ〜」
「まあ、葵のことは置いておいて、身元不明の未成年者となればうちで匿うほかない」
「それって……」
葵は期待混じりの声で聞き返す。
「奏は今日からウイングのメンバーの一員ということだな。めんどくさい手続きはこっちで済ませておこう」
「やったぁ〜〜」と、葵はまるで捨て犬を拾った子供のように喜んだ。
そんなこんなで意図しない形でウイングに新メンバーが入るのだった。
それから二週間。奏は八舞の呼び出しでラボに来ていた。
「う〜ん、やはり暴走の原因はまだ分かりませんね……」
八舞は定期検診の結果にかぶりつきながら眉を顰めていた。
「原因がわからないのであれば安易にアイギスの使用は避けた方がいいでしょう」
「そんな……」
奏は八舞のそんな言葉を聞いて肩を落としていた。
「私あの時の葵さんの姿を見て自分もあんなになりたいって思ったんです!!」
奏は何とかアイギスの使用を許可してもらえないかと精一杯くらいつく。
「とは言っても、こちらとしても中学生に戦わせるわけには……それにあなたの持っていたパイモンのアイギスも破損して使用できなくなってしまっているので……」
八舞は申し訳なさそうに大きなヒビの入ったピアスを奏に見せた。ピアスの宝石部分はヒビが入ってるだけでなく、若干だが、黒ずんでいるようにも見えた。
「仕方がないですね……わがまま言ってすみませんでした」
奏は急にしおらしくなったかと思うと、トボトボと出口に向かって歩いていった。
出口の扉を開くとそこには葵がいた。
「葵さん!!」
「奏ちゃん?あぁ、そういえば今日は定期検診の日だったね。なんか異常はあった?」
「それが確かに異常はなかったんですが……」
そこから奏はラボでのことを語り出した。奏はそのことを少し残念そうに言う奏の姿を見て、葵は諭すような声で「大丈夫だよ」と言った。
「アイギスで戦うのは私たちだけでいいんだよ。きっと皆奏ちゃんが危険な仕事で傷つくところなんて見たくないんだよ」
「それは分かりますけど……」
奏は納得しつつも腑に落ちないといった様子だった。
「奏ちゃんは何になりたいの?」
葵は突然そう問うた。奏はしばし悩んだ末にその答えを出す。
「私は記憶を取り戻したいです……でも、それよりも私は葵さんみたいにかっこよくなりたいですっ!!」
奏は目を輝かせてそう言った。葵は困惑と喜びが同時にやってきたからか、口元が歪み、ぷるぷると震えていた。そんな中で葵は如何にして奏を説得するかを考える。極力……否、何が何でも奏を戦わせるわけにはいかない。葵はそう考えていた。
思考をめぐらす葵に天才的なアイデアが舞い降りてきたのだった。
「私みたいになりたいんだったら奏ちゃんもアイドルを目指そうよ!!」
「アイドル??」
名案を口にしてドヤっている葵とは反対に奏は首をかしげていた。
「アイドルだよアイドル!!楽しいよぉ~最高だよぉ~~!!」
葵はなけなしの語彙で何とかアイドルの良さを力説する。
「……アイドルですか、たしかになれるのならなってみたさはあるかもしれません!」
奏のそんな言葉に葵は大はしゃぎした。奏の両手をつかみぶんぶんと縦に振る。
「分かった!カナリア司令に今度聞いてみるね!」
葵はそういうと来た道のほうへ素早く駆け出して行った。取り残された奏は困惑していた。彼女が何をしにラボに向かっていたのか、それを知るものはいない……。
「……てことで奏ちゃんもTriangle!のメンバーにしてください!!!」
奏の件から数日後、早速葵はカナリア司令に打診していた。内容はもちろん奏のユニット参戦。葵は今日この日のために精一杯言葉を考えてきたのだった。
「……いや無理に決まっているだろう」
隣にいた雫に冷静にそんな突っ込みを入れられる。
「ど、どうして…!?」
「神崎、お前は何というか……無鉄砲な奴だよな」と雫は少し嘲るかのように笑った。そこにどんな意図があるのか、葵には一切伝わることはない。
「うむ。ライブの目的はあくまでメロフォージをためるためのものだ。無暗に奏に歌わせたらまたいつ暴走を起こすかわからない情況だ。変なことはしないのがいいと考えられる。それに奏はまだ年齢でいえば中学生だからな。アイギスの件なしにしても普通に無理だぞ」
カナリアのそんな当たり前の説明に葵は面食らった。
「ぐぬぬぬ、じゃあ奏ちゃんが16になって、メロフォージの危険性もなくなったら参加してもいいんですよね!!」
それにカナリアは静かに首を縦に振った。それを見た葵はぱあっと明るい笑顔を浮かべる。
「よかったな神崎、これは四人になった時の新しいユニット名を考えておかなくては……だな」
そんなこんなでなんやかんや奏には甘い三人なのであった。
──東京都某所。
「スコーピアスもリオもやられてしまった今、あと頼れるのはライブラ。あなたしかいないわ」
薄暗い建物の中。女はリオの遺体を抱き留め、ライブラと会話をしていた。ライブラはリオの亡骸を見て思わず目を覆った。残酷な真実にライブラは目を背けることしかできなかった。
「なんてむごたらしい。やはりアイギスを纏うものは野蛮で下劣な人間ということですか……」
ライブラは悔しそうに下唇を噛んだ。よく見ると若干ではあるが目も潤っていた。滴るほどではないものの、確かにそれはライブラの頬を伝って流れていた。
「私たちは彼女らを決して許してはいけないわ。死んでいった仲間の想いを胸に抱いて復讐を果たすのです」
そう言った女の顔には涙と……不気味な笑みが浮かんでいた。女は暫く経つとリオの遺体をベッドに寝かせ、部屋を後にした。
誰もいなくなった部屋でライブラは一人静かにうつむいていた。所詮は人形、本来は感情なんてなければ、ましてや涙なんてものを流す機能などあるはずもないのに、とめどない悔しさや悲しさが押し寄せていた。それは星座の乙女人形たちが元人間だったということに他ならない。
「ああ、リオ。あなたはどうしてそんなに悔しそうな顔をしているんですか……」
ライブラはリオの亡骸に近づき、そっと頬を指でなぞった。
「……これは!?」
ライブラは何かに気づくとすぐさま部屋を出て駆け出した。




