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【完結】アイギスの歌姫  作者: 星輪 慧


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20/24

気高き歌は音を奏でる

『エリアN-18にて新型ヴァーグの波形を検知!!』


 ウイング本部の情報部から無線が送られてきた。エリアN-18中部地方の山間部に存在するエリア。葵は急いで駆け出した。ウイングにはヘリもなければアイギスを上回るほどの速度を乗り物は存在しない。


 葵は夜の街を駆けていた。ビルを越え、川を越え、山を越え、見えてきたのはこぢんまりとした村だった。村というのは少し語弊があったかもしれない。見えてきたものを正しく言うのであれば荒んだ廃村だ。


「新型ヴァーグ……あれほどのサイズならもう見えてなきゃおかしいんだけどなぁ……」


 葵はあたりを見回した。姿形もなければ音も痕跡もありやしない。


『雫、カナリア。ともに間もなく到着します!』


 無線から雫の声が聞こえると同時に二人の人影が月をバックに映り込んだ。


「ふむ、もっと暴れまわっているものかと思っていたが、これでは拍子抜けだな」


 雫は不思議そうにあたりを散策し始めた。


「葵、少し前にやっていた索敵するあの目を使えるかな?」


「分かりました!できるかわからないけど、やってみます!」


 葵は目に思いきり力を込めた。あの時とは違い、無意識下で発動した偶然の産物ではない。今度は意識して発動させる。


「あ、あれは……ッ」


 葵の目に映ったのは少し奥の谷に横たわっているヴァーグの姿だった。


『こちら情報部!いったいそっちで何が起こっているんですッ!?』


 情報部は慌てている様子で声を荒げていた。一方葵のほうは何故か倒れている新型ヴァーグのもとへ駆け寄り、調べているところだった。


「これは完全に死んでいるな。爆発の痕跡もないところを見るに尋常ではない何かが起こったんだろう」


 カナリアは憶測を立てる。


「でもどうして何にも音がしなかったんですか?」


 葵の言う通り、特段目立った音もなくその場に倒れている様子だった。


 そうこう考えているうちにヴァーグはチリのように粉々に分解されて消失した。


「どういうことだ……今までにないことの連続ではないか………」


 雫含め、その場にいた誰もが困惑していた、その時だった。


『まずいッ!三人共早く避難をッ!!』


 無線が激しく鳴ったその直後、周りの空気が一気にドッと重くなった。


 緊張が走る。ヴァーグや星座の乙女人形とは似ても似つかない、生物の本能を刺激するレベルの空気。鳥肌が立つ。身の毛のよだつほどの恐怖がその場にいる全員を襲った。


「な、なにこれ……」


『正体不明の波形を検知ッ!!解析しますッ!!!』


 無線がけたたましくなるも、その言葉は葵達には届かない。


 重圧がどんどん増していく。発信源を調べようにもあまりの圧にメロフォージの制御すらままならなかった。


 そしてついには三人とも膝をついてその場に座り込んでしまった。空気がまるで真夏かの歪んでいるようにすら見えた。


「か、神崎……お前のその目で場所は分からないのか……ッ」


「無理です…ッ!こんな状況じゃ集中なんてッ」


「落ち着くんだ、おそらく敵はヴァーグなどではない……」


 そう言うカナリアも額から汗が滴る。


『発生源はすぐ近くです!!とりあえずはいったん離れてくださいッ!!』


 無線に合わせて葵たちは地を思い切り蹴り大きく飛び上がった。


「な、何なのだこれは……ッ!?」


 雫は人一倍大きく飛び上がりその事実に気づいた。


「空間がえぐれている?……いや、高度な認識阻害かッ!!」


 雫が見たのは抉り取られたかのような空間の姿と、そこからあふれ出すエネルギーの奔流だった。


 幸いにも認識阻害の影響を受けている空間の大きさはさほどではなかった。


「司令!空間の中心に向かって矢を放ってください!!」


 雫がそう言うと、カナリアはまるで最初から計画していたかのようにすでに構えられていた光の矢を射る。光の矢は球体状の空間の中心へ真っすぐ飛来してゆく。しかし、矢は空間に触れた瞬間に粒子のようにバラバラに分解されて消えた。


「えぇ!?カナリア司令の矢が効かないなんてっ……」


 葵は愕然としていた。カナリアの光の矢は三人の中でもかなりの火力、貫通力を誇る代物だ。それが効かないということは、それだけ固いか、もしくはそれに値するほどの未知の力が働いたのか、どちらかであった。三人が如何にしてこの状況を打破すべきか考えていたその時だった。


『解析が終わりました!この特異的エネルギー波の発生源は……人間?それもアイギス!?』


 その無線を聞いて三人は息をのんだ。よくよく耳をすませば今にも途絶えそうなか弱い歌声が聞こえてくる。


「あれほどの力を持つアイギス……おそらくは暴走か何かが起こっているだろうが、にしても異質だ……」


 カナリアは頭を抱えた。目の前にいるのは圧倒的脅威のはずだというのに、そのか細い歌声を聞いてどうすべきか判断に苦しんでいる。


「……助けましょう!!」


 そう切り出したのは葵だった。


「誰かは分かりません……でもあの子は苦しんでいるってことは分かるんですッ!」


 葵はそういうと、再びそこへ飛び込んでいった。


「神崎ッ!?」


「……ぁあああぁあぁッ」


 先ほどよりも発生源に近づいていく。近づけば近づくほど、葵を襲っていた曖昧な恐怖や不安感は明確に苦痛へと変わっていた。


「それでも…私はこの力で守るって決めたからッ!!」


 少女の姿が見えた。歌の勢いが増すたびに葵にも、その少女にも大きな負荷がかかっていた。


「あと少し……あと少しでっ!!」


 葵はその少女に手を伸ばした。少女もおぼろげな意識の中で必死に助けを求めようとその手を差し出した。


「取った!!」


 葵がその手を握った瞬間、あたりのおどろおどろしい空気は消失し、もとの田舎の澄んだ空気へと戻っていた。


 どっと葵に疲れが押し寄せる。カナリアと雫が駆け寄った時にはもうその少女の意識は完全に途絶えていた。



「どこを見てもアイギスを纏っていた形跡は見当たりませんね……おそらくはアイギスがそのまま形を変えずにメロフォージをその場に放出していたんでしょう……」


 ウイング本部のラボで八舞は研究資料片手に語っていた。


「現在彼女は医療室で安静にしています。おそらくはこのままであれば暴走はしないでしょう」


「あの子の身元は取れたのか?」


 カナリアのその質問に八舞は首を横に振った。


「情報部主導のもと徹底的に調べ上げましたが、めぼしい情報はなく……今は彼女が目覚めるのを待つほかないでしょうね」


 その場にいた全員が納得のいかない情況にまごまごしていた。


「本題はここからです。彼女の使用していた…いえ、正しく言うなら"彼女の歌と共鳴していた"アイギスの正体についてのことです」


 八舞が使用していたといわないのは力の制御が彼女でも、アイギスでもなかったからだ。


「あの力は明らかにバルバトスをはるかに凌駕していたぞ、私が思うにバエルやアガレスのような最上位の悪魔だとい思うのだが……」


 カナリアはその身に感じたことをもとに推測した。


「解析の結果、あれはパイモンだと判明しました。序列でいえば司令のバルバトスより少し劣る序列9位。つまりはアイギスそのものの力ではなく、彼女自身の力があそこまでの驚異的なエネルギーを産み出したものと考えられます」


「信じられんな……」


 ざわざわと辺りが騒がしくなる。それもそうだ。今までにない例外のオンパレード。誰しもその疑問を誰かと共有したくなるのは当然のことである。


 一方、葵と琴音は話の内容を理解できずちんぷんかんぷんであった。


「とにかく今は時間がたつのを待つしかないでしょう……」



 それから数日が経過した。幾ら待っても死んでしまったかのように意識の回復しないその少女にウイングの誰しもが心配していた。


「アイギスやヴァーグについては我らがウイングの本分だからな、何かがあれば溜まったものではない」


 カナリアはそう言う割に心配そうな眼差しでそわそわと少女の様子を覗いては声をかけてを繰り返していた。


「カナリア司令って割と常に熱いところありますよね」


 そばに居た琴音がそっとコーヒーを差し出した。


「おいおい琴音、何を言っているんだ?それに私がコーヒー飲めないの知っていて言ってるよな??」


 カナリアは差し出されたコーヒーをそっと琴音に返した。


「冗談ですよ、はい麦茶」


 琴音は笑いながら麦茶をポケットから取り出すと、カナリアに向かってポイッと投げた。


「彼女はいったい何者何なんでしょうね……」


「わからないな。ウイング情報部の力を持ってしても特定が難しいと言うことは、巧妙に隠されている……若しくはすでに死んだとされている人間かだ……」


 琴音はその言葉に首を傾げた。


「隠されているのは分かりますけど、死んでいるってのは……?」


「死んだとされている、そのまんまの意味だよ。昔死んだと思われた人間が実は生きていたってことさ」


 しかしカナリアの推論には不可解な点があった。それは年齢である。


「カナリア司令のその話だと、行方不明の場合は少なくとも数年は経過していることになりますよね?この子は見た感じ中学生くらいに見えます。行方不明になったタイミングを考えると小学生以下になると思うんです。そう考えるとさすがに今の今まで生き延びられるとは思えないんですが……」


「……ふむ。いわれてみればその点はなかなか考える余地がありそうだ」


 カナリアは腕を組んでくるくるとその場を回っていた。


「とりあえずは意識が回復するのを待つしか──」


 カナリアがそう言った瞬間だった。


「カナリア司令!よく見てください!!あの子の目が開いていますっ!!」


 琴音の指さす先にはうっすらとではあるが目を開いた少女がいた。日本人らしい茶髪と碧眼を併せ持つ容姿端麗な少女だった。


「………ここは??」


 やがて少女は自力で起き上がり、あたりを不思議そうに見渡していた。

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