夏祭りの出会い
雫と出会ってから数か月が経過した。
あれから葵に特に変化はない。雫に出会うこともなければ、あの日のことを誰かに公言もしてない。なんとなく誰かに言わないほうがいいと思ったからだ。
それはそうと、今日は夏祭りの日である。もちろん一緒に来ている相手は恋人………などではなくいつも通り琴音だ。彼氏なんているわけがない。
「いや~今日はいっぱい食べるぞ~!!」
「まったく葵ったら……太らないようにね~。アイドル目指してるなら体重とか気にするでしょ普通?」
「チートデーだよチートデー!!こんな時に楽しめなくていつ楽しめるのさ」
「いっつも楽しんでるくせに」
そんなことを話しながら夏祭りをエンジョイしていた。チョコバナナを食べたり、パフェを買ったり、射的をしたり、ジュースを飲んだり、よくあるJKの楽しみ方というやつだ。………すっごく太りそうだと葵は思った。
「いや~楽しんだ楽しんだ、花火まであと一時間もあるよ、残り時間何する?」
「ちょっと焼きそばでも食べようかな?琴音も焼きそばほしい?」
「えぇ!?まだ食べるの??流石に私はもういらないかなぁ…ここで待ってるから買ってきなよ」
「おっけー。じゃあいってくる!」
焼きそば屋に向かう。ここの焼きそば屋は毎年食べている葵のお気に入りの店だ。
濃い味付けに硬めの麺。家では食べられないような祭り特有の美味しさがある。
「あれ?神崎じゃないか?」
焼きそば屋の行列に並んでいるときのことだった。
「雫様!?どうしてこんなところに?」
「別に今日はお忍びで来ただけだ。あと前々から思ってたんだがその雫様ってやつやめてもらえないだろうか?ここじゃあ人目もあるのだからな」
何故か葵の後ろに雫がたっていた。しかし今回は前回とは打って変わってガッツリ変装している。
「う~ん、いきなり呼び捨てじゃあ悪いですし、雫さんでいいですか?」
「ああもちろんかまわない。そっちの方が自然だ。……そういえば話が変わるがこの前のことで話したいことがあるのだが……」
「この前のことって路地裏でのことですか?」
「ああ、もしよかったらこのあと暇か?」
葵は少し考えた。雫と夏祭り一緒に過ごす、それはすごく魅力的なことだった。でも琴音は?流石に約束を蹴るのは申し訳ない。そこで葵はいいことを思いつく。
「あの、今日は友達と一緒に来ているんですけど、よし雫さんさえ良ければ一緒に来てくれませんか?心配しないでください友達はあんまり言いふらしたりしないタイプなので!!」
「そうだな、神崎とは話したいことがあるのだが、友達と居ては話せないな」
「そうですか、じゃあ今回は──」
言いかけたときだった。
「話はできないが……今日はせっかくオフだからな、一緒に行かせてもらうとしよう」
「本当ですか!?琴音も喜ぶと思います!」
本当に夢のようだった。憧れのアイドルと祭りで遊べるのだ、ファンとして、一人の人間としてこれほど嬉しいことはないだろう。
そうしてまとめて焼きそばを買った葵と雫は琴音のところに向かった。
「おかえりあお──って天音雫!?」
流石世界的アイドル、変装しているというのに琴音にも一瞬で気づかれるオーラだ。
「やはは、さっきそこで会っちゃったから連れてきちゃった」
「神崎の友達の……確か名前は琴音だったか、今日は世話になる」
「いやいやいや!?おかしいおかしいよ!??」
「ふむ、名前は琴音ではなかったか?ならば名前を教えてくれないか?」
「そうじゃないですっ!私は白川琴音で会ってますが……どうして葵が天音雫と!?」
祭りで焼きそばを買いに行った友人がアイドルを連れて帰ってきたらそうなるは妥当な反応である。葵は少々めんどくさいが事情を説明することにした。
「この前路地裏で───」
葵がいいかけたとき、急いで雫が割って入った。
「神崎とあったのはこの前の握手会だ、そこでアイドルの素質を感じたから声をかけたということだ」
何故か雫は嘘をついた。多分それは雫さんの言う”奴ら”に関わっているんだろうと察せた。奴らについては葵からもなるべく触れない方がいいのは一目瞭然である。
「えぇ!?ホントなの!良かったじゃん葵あの世界的アイドル天音雫に認めてもらえるなんて!!」
「あはは、ほんっと信じれないよ〜、あははは〜」
葵は我ながらかなり下手くそな芝居だと思った。葵は意外にアイドル向いてない性格なのだろう、
「まあ御託はいい、一緒に祭りを楽しもうじゃないか」
「あいあいさー!」
私が大きく掛け声を出すと二人はふふっと笑った。
「な、何がおかしいのさ?」
「いや、神崎は元気なやつだなと思っただけだ」
まだまだ雫とは壁を感じていた、しかしそれはきっとアイドルとファンの関係だからというわけでなく単に天音雫という人間がそういう性格なんだろう。
それから三人は祭りを思いっきり楽しんだ。遊んで遊んで遊びきった。もしかしたら葵の人生の中で一番楽しい時間だったかもしれない。今までの雫は推しのアイドルで遠い存在だったが、今日の雫は違って見えた。なんと言えばいいのだろうか、近所のお姉さんのような、学校の先輩のような、尊敬できる近しい存在の用に感じていた。
「いや〜楽しんだ楽しんだ」
一通り祭りを回った葵達はそれぞれりんご飴を舐めながら歩いていた。
「結局雫さんには綿あめ食べてもらえなかったのだけ惜しいよまったく」
「おいおい神崎、随分図々しくなったじゃないか、最初はあんなに緊張してたというのに」
「いやぁ〜ごめんなさい〜慣れてくるとついいつものテンションで話しちゃうんですよね〜」
本当に仲良くなれたものである。今や雫も親しみを込めていじってきたりもするようにもなった。
「なあ神崎、よければ連絡先を交換してくれないか?神崎とはまだ話したいことがあるからな……それに今日は楽しかった」
刹那、後ろから炸裂音とともにまばゆい閃光が夜空を照らした。
「うわぁっ!?びっくりしたぁ…なんだ花火か…」
「きれいだなぁ〜雫さんといっしょに見れてよかったです」
琴音がそんな事を言う。葵はふと雫さんの方を見た。
「雫さん?」
見ると雫はただひたすらにぼーっと花火を見ていた。
「あ、あぁすまない。少し感極まってしまってな」
「雫さんはこの祭りに来るの何回目なんですか?」
琴音の言葉に雫さんはうつむく。
「なにかあったんですか?もしそうなら無理しないでください……」
「いや、いいんだ。少しつまらない話かもしれないが聞いてくれるとうれしい」
……長い沈黙の後、雫はその思い口を開いた。
「この祭りには一度だけ来たことがあるんだ。その時は友人と来ていてな、とてもいいヤツだった。私が本音で語り合える数少ない友人だったんだ。あの頃はまだこんな硬い感じの喋り方ではなかったんだがな、アイツが居なくなって変わってしまったんだ」
「……居なくなったって」
「死んだんだ、6年前に今日に……」
死んだ?祭りの日に?一体何があってそんな事になったんだろうか。
「花火の破片が頭に直撃したと、そう聞かされた」
「そんな事があるんですか?」
琴音の言うとおりだ。実際あるのだろうか、花火の破片がきれいに直撃するなんて。
「その時、私は近くに居なかった……。もしかしたら本当に花火の破片があたったってこともある。けど私はそう思えなかった、思いたくなかったんだ。……おかしいとは思わないか?ちょうど私が居なくなったタイミングで死んでしまうなんて──」
「おかしい!絶対におかしい!」
雫さんの言葉を遮って発言する。
「ああ、私もそう思う。まだ詳しくは話せないが何となく原因はわかっているんだ。アイツもまた私と同じアイドルだったからな」
雫と同じアイドル。雫の言うアイドルとはなんなのか、葵には理解できなかった。
しかし葵にはそのアイドルに心当たりがあった。
「もしかしてその人ってメルムって名前でやっているアイドルのことですか?」
「あ、あぁ……。よく知っているな神崎、あんまり有名じゃなかったはずなんだが……」
メルムというアイドル、厳密に言うとバーチャルアイドルは”歌で世界を一つに”をキャッチコピーに活動していたアイドルだ。彼女は大した人気こそなかったが、普段の愛嬌のあるふるまいと時折見せる真面目さとのギャップが一部の人間から指示を受けていた。
しかし彼女はアイドルとして道半ばで倒れてしまった。死因は不慮の事故としか明かされなかったが6年前の今日。
「まあなんだ、ふたりともすまないな、せっかくの祭りの日にこんな重い話をしてしまって」
雫は申し訳無さそうに俯いた。
「いやいや全然!むしろこっちが申し訳ないというか……」
一瞬の気まずい雰囲気のあと、琴音が立ち上がった。
「雫さん、気分転換にどこか行きませんか?私達のおすすめの場所に案内しますよ」
「気分転換ですよ気分転換!あそこならホタルがいっぱい見れるんです!」
「ホタルか……、そうだな気分転換につれてってはくれないか」
そうして葵達は雫を連れてホタルの見える川辺につれてった。
「わぁ〜相変わらずきれいな景色だな〜」
「ああそうだな。心が洗われるようだ」
「ねえねえ雫さん見てくださいよ!!」
葵は捕まえたホタルを雫さんに近づけた。すると──
「うわぁぁぁっ!?何をするッ!」
雫はめちゃくちゃビビる。
「ありゃ?あんなにホタルに見とれていたのにどうして?」
「いや、なんというかだな………」
「ちょっと葵!!何やってるの!?」
「葵さぁ、よく見てみなよ」
「う〜ん?」
葵は手に持ったホタルをよく見る。
思っていたよりもキモい。細長いフォルムに赤い頭、光っている姿とは大違いのザ・昆虫って感じだ。
「うわぁぁっキモッ!?なにこれよく見たらめっちゃキモいじゃん!!」
「私は虫は苦手なのだ……昔までは大丈夫だったのだが、あの足を見るとどうしてもいやなことを想像してしまってな………」
子供の頃は大丈夫でも大きくなると苦手になるなんてことはざらにある。きっといやなこととやらも顔に虫でも引っ付いたんだろう、と葵は考えた。
──刹那、とてつもない轟音とともにホタルの光は見えなくなってしまった。あたり一面が光で真っ白に染め上げられたのだ。
「なになになに!??」
どう考えても花火ではない。もっと近くで…そして大きい、そんな爆発だ。
「なんだと………」
雫さんの顔が険しく変化する。その顔にはさっきまでの悲しさは消え覚悟の表情に変わった。
「……ヴァーグッ」




